男泣き
「どう? ミル。治せそうかな?」
「うむ……。どうやらケルキューレの悪しき魔力がフレスの身体の中に留まっているようじゃ。ケルキューレの魔力を打ち消すことが出来れば、フレスは目覚めるじゃろうな。なぁに、レイアの力ならば問題なかろうて」
アムステリアの喝を受け、フレスの気持ちを知った次の日。
電信を送った目的の人物は、すぐにやってきてくれた。
「すまないな、レイア。突然呼びつけてしまって」
「なに、ウェイルに頼ってもらえるだなんて光栄さ。それに丁度マリアステルへ帰ろうと思ってたところでね。タイミングが良かったのさ」
ウェイルが電信を送った相手とは、同じく龍のパートナーであるテメレイアだった。
龍を治療するためには、同じく龍であるミルの知識に頼るべきだとの考えに至ったからだ。
「さて、フレスちゃんを目覚めさせよう。ミル、お願い」
「任せるのじゃ。レイア、詩を」
「判った」
ミルがフレスの身体の上に手をかざすと、一歩下がったところでテメレイアは本を広げ、詩を歌い始めた。
『 』
意味も言葉も判らぬ、神の詩。
『三種の神器』の魔力を打ち消すには、同じ『三種の神器』の魔力をぶつけて相殺するしかない。
『三種の神器』の一つ『創世楽器アテナ』の奏でる魔力を帯びた聖なる詩は、テメレイアの声を借りて、女神の歌を奏でていく。
ミルの手が、翠色に輝いていく。
その光は、真っ直ぐにフレスの身体へ落ちていった。
「レイア! まだ魔力が足りぬ! もっと強く歌え!」
『 』
ミルの指示で、テメレイアはさらに声の出力を上げた。
相当しんどいのか、額に浮かぶ汗の量は尋常ではない。
――そして歌が始まって三分後。
「お、終わったのじゃ……!」
手から光が消えると同時に、ミルはヘナヘナと腰を落とした。
「……ふう、疲れた。結構ハードだったね……」
「当たり前じゃ。相手は『三種の神器』じゃぞ」
テメレイアも本を閉じて椅子に腰を掛ける。
「ミル、レイア! フレスはどうなったんだ!?」
「安心せい、ウェイル。フレスの中に留まっていた魔力は全て打ち消した。じきに目覚めるじゃろうて」
「『アテナ』が魔力制御能力によって、魔力を相殺したからね。もう大丈夫さ」
「本当か!? すまない、二人とも。恩に着るよ!」
感極まったウェイルは、二人の肩をぎゅっと抱く。
「うわっ!? ウェイルがこれほどまでに感情を表に出したのは初めてかも!? ……うん、結構グっとくるね。しばらくこのままでいいかな?」
「わらわにとっては迷惑なだけじゃ! 離せ!」
「おっと、すまない。本当に嬉しくてな」
自分でも似合わないことをしたとは思うが、嬉しかったのは本当だ。
「フレス、目を覚ましてくれよ……!!」
ウェイルがベッドに駆け寄る。
――すると。
「……うみゅ……」
間の抜けたな声と共に、もぞもぞとフレスの身体が動いていた。
「フレス!?」
願いが通じたのだろうか。フレスの瞼が、ゆっくりと開いていく。
「フレス! 起きろ!」
「…………ウェイル……?」
宝石の如く蒼き瞳を、数日振りに見せてくれた。
嬉さのあまり、ウェイルの目尻には涙が光る。
「フレス!」
「……ふぎゅッ!?」
この暖かみを離さまいと、思いっきり抱きしめてやった。
「心配掛けやがって! ……いや、心配かけたのは俺の方か! とにかく良かった!」
「ふぎゅーっ!! ウェイル! 苦しいーー!!」
ウェイルに強く抱きしめられたフレスは、空気を求めて悶え苦しんでいた。
「ウェイル!? このままじゃ死んじゃうよ!?」
「す、すまん、ついな」
「い、いや、とっても嬉しいんだけどさ。……一応人前だし、少しは遠慮しないと」
「お前にそれを指摘される日が来るとは……」
兎にも角にも、フレスは無事目を覚ました
「あれ? レイアさんにミルも!? どうして!? ……そういえばここはどこ……!?」
時計塔で気を失って以降のことを、フレスは知らない。
だから状況の把握が出来ずに混乱していた。
「ね、ねぇ、ウェイル。ボク達、一体どうなっちゃったの……?」
「負けたのよ。『異端児』の奴らにね」
ウェイルより先に答えたのは、テメレイアらの後ろで手を組み、壁にもたれかかっていたアムステリアであった。
「私達は完敗したってわけ。貴方も光の龍にやられたことは記憶にあるでしょ?」
「……うん」
「貴方、自分の中のもう一人のことは判る?」
「……うん。でも声を掛けても返事がないんだよ。……なんとなく何があったかは理解してるけどさ」
フレスが「ウェイルを守らないと」と、そう思った瞬間から、フレスの記憶はない。
あの時、身を挺してウェイルを守ろうとしたところに、横からフレスベルグが割り込んできたことは覚えている。
そして今のこの状況。
フレスは本当に賢い。
だから何が起こったのかも想像がついていた。
「……そっか。フレスベルグは、ボクの大切な人を守ってくれたんだね」
ポツリと、そうフレスが呟いたのを聞いて、ウェイルはいてもたってもいられなくなり、改めてフレスを抱きしめていた。
「すまない、フレス……! 俺が弱かったばっかりに……!!」
「ううん。謝らないでよ。だって、ボクは何もしてないんだもん。フレスベルグがウェイルを守ってくれたんだよね?」
「ああ……!!」
「そっか。ウェイルが無事だったんだ。あの子だって、悔いはなかったと思う。だってウェイルとあの子の仲じゃない?」
「……ありがとう……!! ありがとう……!!」
「よしよし。ウェイル、ボクの方こそありがとう。ずっとボク達を守ってくれて」
フレスが頭を撫でてくれる。ウェイルは涙が止まらなかった。
そんなウェイルとフレスの姿を見て、アムステリア達はそっと部屋を出た。
ウェイルは彼女らの気遣いに感謝し、扉がぴしゃりと閉まったところで、声を上げて泣いた。
師匠というプライド、男としてのメンツなど、そこには何もなく。
自分の弱さを弟子の前で素直に晒しながら。
ただひたすらに、フレスを抱きながら泣いたのだった。




