表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
龍と鑑定士 ~ 絵から出てきた美少女は実はドラゴンで、鑑定士の弟子にしてくれと頼んでくるんだが ~  作者: ふっしー
最終部 第十二章 運河都市ラインレピア編 後編『沈む都市と聖なる剣』
566/763

たとえ影であろうとも

 壮絶な運河都市(ラインレピア)での事件から、すでに二日経った。

 力尽きたウェイル達三人は、すぐさまフロリアやイルアリルマによってプロ鑑定士協会へと運ばれ、治療を受けることになった。

 といっても、通常の治療を受けたのはウェイルだけ。

 傷は急所までは達していなかったものの、大きな怪我には変わりなく、何針も縫うほどの重症であった。

 出血による意識の混濁もあったりはしたが、プロ鑑定士協会の熱心な治療のおかげで、まだダメージは残るものの、動くことが出来るまでになっていた。


 アムステリアに関しては、少し時間を置いただけで自己回復した。

 元々彼女の生命力は、胸に埋め込まれた神器(ドラゴン・ハート)の影響で果てしないものになっている。

 今回はその能力が、敵の持つ神器によって弱体化させられたせいで動けなくなっただけであり、大きな傷も負ってはいない。

 故にウェイルよりも先に目を覚まし、彼の介抱に当たっていたほどだ。


 残る問題はフレスであった。


 事件から二日も経ったというのに、未だに目を覚まさない。

 龍であるフレスの身体の治療法など、誰も知る由もない。

 だからウェイルは彼女に付き添うしか出来なかった。

 フレスが目覚めぬまま朝を迎える度に、不安はどんどん募り、後悔が心を蝕んでいく。

 己の心はこんなに弱かったのかと、これほど痛感した時間は他に無い。

 手を握ると、暖かさを感じることが出来たのは唯一の救いであったが、彼女の身に起こったことを考えるだけで、悔しさと不甲斐なさに押し潰されそうになる。


 三種の神器『心破剣ケルキューレ』によって身体を貫かれたフレスは、心を一つ失ってしまった。


 ――心を二つ持っていたフレス。


 少女の人格とは違う、龍としての人格であるフレスベルグが、フレスとウェイルの身代わりとなって、その心に剣を突き立てられた。

 消え行くフレスベルグの表情を思い出すだけで、胸が張り裂ける思いだった。

 ウェイルの部屋で眠るフレスの姿は、とても静かで、普段の騒々しさが恋しい。


「フレス……!!」


 情けない。

 本当に情けない。

 自分の弱さを露呈し、弟子の身を犠牲にさせたばかりか、傷つき倒れた我が弟子の目覚めを、ただ待つことしか出来ない自分自身が、情けなくて堪らない。


「馬鹿だな、俺は…………!!」


 そして情けなさは、腹立たしさへと変わっていく。

 そんなウェイルの後姿を、アムステリアは腕を組んで見守っていた。

 影だ、贋作だと、たかがその程度のことで、全てを失っても構わないとさえ思ってしまった自分の弱さのせいで、大切な弟子を一人失ってしまった。


「フレスベルグ……!!」


 失ったものは、あまりにも大きすぎる。それに気づくのはいつも、失った後だ。


「見てられないわね……!!」


 泣き言ばかりのウェイルの肩を、アムステリアは力強く掴んだ。

 毎日ここでウェイルの姿を見ていた彼女にとって、それはもう我慢の限界であった。


「ウェイル!! いい加減にしなさい!! いつまで泣き言並べてんの!!」


 アムステリアはグイッとウェイルの胸倉を掴むと、思い切り壁に叩きつけた。


「貴方がそんな調子で、フレスが目覚めた時どう思う!? 素直なフレスのことよ、自分がまたウェイルを傷つけたと、そんな勘違いをしてしまいかねないわ!! 貴方はそんな酷い勘違いを、フレスにさせるつもりなの!?」


「…………」


 ウェイルは何も言えない。 

 ただ黙って話を聞いていた。


「今回の事は、別に貴方の責任じゃない! でも、今のウェイルを見てフレスが悲しんだのなら、それは貴方の責任よ! しょうもないことでウジウジして、全く情けないわ! 別に影だろうとなんだろうと、関係ないじゃない!」

「お、お前、話を聞いていたのか……?」

「ええ。あの時、私は気絶していたわけじゃないの。ただ身体が動かなかっただけ。話は全部聞いていたわ」

「そう、か……聞いていたのか……。笑える話だよな。あれだけ贋作を嫌っていた俺自身が、贋作だったんだ。情けないよ」

「まだそんなこと言ってんの!? だから言ってるでしょう!? そんなことどうでもいいって! フレスだって、そう思ってたはずよ!」

「フレスは、メルフィナがこの話をしようとしたとき、止めようとしたんだ。俺に正体を知らせまいと。フレスは、俺が影であることを知っていて、それを俺が知るのを嫌がった。それはフレスの優しさだとは思う。だけどその行動は、余計俺が影なのだという証拠にもなった。正直俺は、これから自分自身をどう扱っていけばいいか判らない。……判らないんだ……!」


「このバカッ!」


 ――バゴンッ……!!


 強烈な痛みが頬に走り、ウェイルの身体は本棚に叩きつけられていた。

 殴られたというのは理解出来ていたが、その殴り方に驚いた。

 アムステリアは、平手ではなく拳を叩きつけていたのだ。


「……こんな男に惚れていたなんて、心底がっかりだわ……!!」


 アムステリアは本気で怒っている。

 容赦のない一撃が、それを物語っていた。


「アンタは確かにあの仮面の男の影武者かも知れない! 自分自身の存在を真っ向から否定された。確かにアンタは傷ついたでしょうよ! だけどね、アンタは今、奴の影であると同時に、一人の少女の師匠でもあるのよ! 師匠としてのアンタは影!? 違うでしょ!? 師匠としてのアンタは、弟子を立派にプロとして育て上げた、本物の師匠でしょう!? 弟子に恥をかかす様な行動を、師匠であるアンタがするの!?」


「……師匠、か」


 ――師匠と弟子。

 幾度となく、この関係性の暖かさを理解してきた。

 元は赤の他人、それも偶然絵画から出てきた少女を拾っただけの関係から始まったもの。


 ……しかし、今はどうだろう。


 師匠と弟子という関係は、あの出会いの時と同じままだろうか。


「……本当は黙っておいておこうかと思っていたんだけど、教えといてあげる。以前フレスが、龍の人格になっていた時に何かを考えていたと、そう言ってたわよね」

「……ああ」

「フレスに人格が戻った後、ウェイルはこう尋ねていた。『あの時、お前は何を考えていたんだ?』って」

「……確かに、訊いた」

「あの時、フレスは別に何でもないと誤魔化したけど、私にはしっかりフレスの声が聞こえていた。思えば、フレスは今回のことを考えていたのよね」

「……フレスは、なんて言ったんだ?」

「『ボク、ウェイルが誰であっても、ウェイルが好きだから。もうちょっとこのままがいいな』って、そう言ったのよ!」

「フレスが……?」

「あー、もう! こんなこと、私から話す話じゃないのに!!」

「誰であっても……俺のことが、好き……?」


 フレスはウェイルが影であることを知っていた。

 つまりこの言葉の意味は。


 ――たとえ影であっても、ウェイルのことが好きだ。


 そう言う意味であるわけだ。


「何で私がこんなことを言わないといけないのよ……! もう、しっかりしてよ、ウェイル……!」


 へなへなと腰を落とすアムステリア。

 そんな彼女の肩を、ウェイルはさっと支えた。


「ありがとう、アムステリア。伝えてくれて」

「……フン、知らない、ウェイルなんて」

「そう言うなよ。俺とお前の仲じゃないか」

「その台詞、私に言ったらフレスに怒られるのではなくて?」

「かもな」


 不思議だった。

 フレスが呟いたというその一言を聞いただけで、自分が影であるという劣等感が、一気に消え去った、そんな気がしたのだ。


「フレスベルグ、最後に言ってたわよね。気づいてる?」

「……ああ、今しっかり気づかされたよ」


 そう、まだウェイルには気付かなければならないことがある。

 フレスベルグは最後にこの言葉。


 ――「フレスを頼む」と。


「思い出したよ。フレスを任されたことを。俺としたことが、馬鹿だった。悩んでる暇なんて、これっぽっちもなかったな」


 そう、俺は誓ったはずだ。

 フレスを何が何でも守る。それこそこの命に代えても、と。


「無駄に元気になりやがって。ちょっと腹立たしいけど。でもそれでこそ私のウェイルよ」

「お前のじゃないがな。でも礼を言うよ。ありがとう、テリア」

「フフ、そう呼んでくれて嬉しいわ」


 そう、俺はもう影じゃない。


 フレスの師匠で、そして鑑定士だ。


 『不完全』への復讐心は消え去ったわけではない。

 だが復讐する事ばかり考えて生きてきたウェイルを変えてくれたのは、この愛弟子のおかげだ。

 だから自分を変えて、支えてくれた弟子に、今度は自分が全てを捧げる番だ。


「フレスを元に戻す。そのためなら何だってするさ」

「おはよう、ウェイル。ようやく目を覚ましたわね」

「ああ。早速で悪いがテリア、手伝ってくれ」

「ええ、手伝うわよ」


 思い立ったら吉日だ。

 早速ウェイルはとある人物を呼び出すために電信を打ちに外へ出たのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ