津波を食い止めろ
――ラインレピア都市郊外 運河コントロール用水門。
破壊された溜池にほど近いこの場所には、すでに大量の水が押し寄せていた。
今はまだなんとか水門によって大半の水が抑えられているが、それもいつまで耐えられるか判らぬ状況。
水門の上限を突破した水は、すでにラインレピアへと流れ込んでいる。
もし水門が本格的に崩壊したならば、この水が全てラインレピアを襲うことになる。
未曽有の大水害となるのは火を見るよりも明らかであった。
それに今ここに流れて来た水は、溜池の水のほんの一部に過ぎない。
むしろこれからが本番。第二波は洪水を超え、津波クラスの水となって押し寄せてくるだろう。
津波の轟音は、すでにフレスの目前にまで迫っていた。
「絶対にここから先へは行かせないよ!!」
水門の上に立つフレス。
視線の先にあるのは、氾濫した水の本流だ。
あれが水門に直撃したなら、もうこの水門は耐えられない。
「曲がりくねって暴れる津波……。なんだかまるで龍みたい」
どんどんと大きくなり、のたうつ津波。
誰もが腰を抜かしてしまいそうな恐怖の光景であったが、フレスは冷静沈着であった。
「これくらいの水なら、ボクの許容範囲内!!」
なんて豪語しつつも「だ、大丈夫だよね……」と、冷や汗のフレス。
迫りくる津波の勢いに、気合ですら飲みこまれるわけにはいかないと、フレスは自分を奮い立たせた。
「この水門ごと、全部凍らせて止めてやる!!」
水門に溜まった水を利用し、巨大な氷の壁を作る。
最終的には津波ごと凍らせる。それがフレスの狙いだ。
「……ふぅ」
一度深呼吸すると、津波に向かって手のひらを向けた。
フレスの手のひらから、氷点下の冷気が一気に噴出していく。
「全部、凍っちゃえええええええ!! はああああああああっ!!」
フレスは咆哮しながら、凍りついた手のひらを水面につけた。
その瞬間、この場は一瞬にして氷河期を迎える。
寒波が水門を凍らせ、大地からは氷柱が現れ、風は吹雪となって、津波に襲い掛かる。
「――うらああああああああああああっ!!」
津波の先端が凍っていく。
ただ水量があまりにも多いため、全てが凍り付くには時間が掛かる。
その間、フレスは押し寄せる水の破壊力に耐えなければならない。
例え氷になろうとも、その質量は同じである。
全てを凍らせ、受け止めねばならない。
――ラインレピアの命運を背負っているのは、この小さな少女であった。
氷の壁を維持するフレスへ凄まじい圧力が掛かるが、歯を食いしばり水が凍るのを待った。
これだけの冷気が充満しているのにも関わらず、その額には大粒の汗が浮かぶ。
「ボクがここで負けちゃったら、師匠に会わせる顔がないんだから!!」
フレスはさらに壁を大きくし、冷気で周囲の温度を下げた。
水は音を立てて凍っていき、明らかに動きが鈍くなっていった。
「うりゃりゃああああああああああああああッ!!」
歯が砕けるほど食いしばり、足の裏がズルむけるほど踏ん張り、フレスは津波に立ち向かった。
そしてフレスの努力は報われていく。
氷の津波が、勢いを大きく落としてきたのだ。
「もう一押しだあああああああっ!!」
少女の姿で出せる限界の魔力を放ち、荒れ狂う津波を鎮圧する。
「うらああああああああああッ!!」
――そしてフレスが全ての魔力を放ち終わった瞬間。
「……はぁ、はぁ……、と、止まった……!!」
――津波は、完全に動きを止めたのだ。
溜池のあった山まで、氷の山脈がそこに出来上がっていた。
「はあ、はあ……」
思わず膝が折れる。
立っていることが出来ないほど、フレスは魔力を使い果たしていた。
「や、やった……!! ウェイル、ボク、やったよ……!!」
自分がラインレピアの危機を救ったという事実に、嬉しさが込み上げてくる。
だがいつまでも嬉しさを味わってはいられない。
次のことを考えると、焦りが生まれてきた。
「無事に、終わったけど……、でも、まだ終わっては無いんだよなぁ……!!」
寝転がったままの状態で、フレスはラインレピアを見た。
既に光の時計塔と水の時計塔は発動しているのか、時計塔は異常に輝いている。
そして中央にそびえる時の時計塔。
「はやく、あそこに、行かないと……!! でも、身体が動かないや……」
龍の生命力は無限だ。
だからほんの20分程度休憩すれば、身体は癒えるだろう。
だが今はその20分が惜しい時。
身体が動かないことがあまりにももどかしい。
「はあ、はあ……ウェイル……!!」
無意識に師匠の名前を口にする。
今すぐにでも駆けつけて、彼を助けたい。
だが焦りは禁物。
幸い今の自分の功績のおかげか、残りの音と火の時計塔は、まだ発動してはいない。
だから少しだけ時間がある。
「体調を万全にしておかないと、ウェイルに迷惑が掛かっちゃう……!!」
全魔力を使い果たしたフレスに、激しい睡魔が襲ってくる。
今は絶対に睡魔に負けるわけにはいかない。
だから頬っぺたをつねりながら、フレスは身体の回復に努めた。
「待っててね、ウェイル……!! ボク、すぐに行くから……!!」
フレスが再び空へ舞い上がることが出来たのは、この10分後であった。




