輝く光の時計塔
「ティア、もしその槍を投げるつもりなら、ボクは君を殺してでも阻止するよ」
「フレスがティアを殺す? 阻止する? あははは! ムリムリ!!」
「むぅ、失礼な言い方だなぁ」
(……事実なのが悔しいんだけどさ)
正直なところ、あの槍は今のフレスの魔力では、到底受け止めることは出来ない。
龍の姿であれば可能かも知れないが、少女の姿では魔力の放出に限界があるからだ。
だからフレスは少し違う方法を取ることに。
「フレス、そこ退いて。ティア、本当に投げるよ?」
「ボクは止めてって言ってる」
「……ティアは今、フレスに顔を傷つけられて少し怒ってるから、多分フレス殺しちゃうよ?」
「それもさせない」
「ワガママだよ? フレス」
「そうかもなぁ」
フレスはもう一度周囲の温度を下げていく。
「判った。ティア、フレスを殺すよ」
ティアは光の槍とは別に、大量の小さな光の刃を出現させていく。
まるで光のクナイ。
そんな刃が舞い踊りながら、フレス目がけて一斉に飛んできた。
「フレス、もう死んじゃえ」
「そうもいかないよ! だってそれは光で出来ているんだよね! なら――!」
「死んじゃえええええ!!」
光のクナイがフレスを串刺しにしたかのように、ティアには見えたことだろう。
だが現実はそうじゃなかった。
「――――えっ……!?」
全身に走るズキリとした重い痛み。
ティアが自分の身体を確認すると、光のクナイがお腹に深々と突き刺さっていた。
吹き出す血を抑えながら、ティアはフレスの身体を見る。
フレスの身体には、傷一つついてはいなかった。
「どうして……?」
「どうしてもなにも、光だもん。当然だよ」
時計塔を包んでいた水蒸気が晴れていく。
視界が鮮明となったティアが見たのは、ピカピカと輝く――ピカピカし過ぎて、まるで鏡のようになった氷の壁であった。
「光は鏡で反射すればいい。君の唯一の弱点だよ」
「……へ、へぇ、そっか。光は、跳ね返せるんだ……」
「判ったでしょ、ティア。君がその槍を投げたところで、結局は自分に返ってくる。だからもう止めようよ」
この時こそが説得するのに一番効果的なタイミング。
自分の技が通じないと知ったティアは、もしかしたら説得に応じてくれるかも知れない。
フレスは少しばかりそんな期待をしていたのかも知れない。
だが無情な現実は、ヒステリックに笑うティアの声によって叩きつけられる。
「ヒャハハハハハハハハッ!! その鏡、いいよ! フレス! ティアの神除きと勝負しようよ!」
「…………っ!!」
光のクナイがお腹を貫いているという状況にも関わらず、ティアは楽しそうに光の槍を掲げた。
やはりティアは壊れている。
壊れすぎて彼女の心には、もう誰の言葉も入り込む隙間はないのだ。
「フレス、ティアを殺すつもりで止めてね! ヒャハハハッ!!」
「クッ……!! ティア……!!」
「そーれ!! ラインレピアを、ぶっ壊しちゃえええええ!!」
――そしてティアは、光り輝く巨大な槍を、目的の溜池に向かって打ち放った。
「――くっそおおおおっ!!」
フレスは槍に対抗するため、新たな氷の壁を精製する。
激しい衝突音と水蒸気爆発、そして稲妻を発生させながら、光の槍は氷の壁を破ろうと突き進む。
フレスは幾重にも氷を重ねて、槍を跳ね返そうと試みた。
しかし、やはりというべきか、この槍の威力は今までの攻撃とは桁外れであった。
(くっそおおっ!! ボクに残されている魔力を全部使っても、この槍は跳ね返せない……!!)
「フレス~、どう? なんとかなりそう?」
「今、話しかけないで……!!」
余裕しゃくしゃくなティアの顔は、なんと憎たらしいことか。
「…………クッ!! 容赦ないなぁ……!!」
そんなティアの顔を見ると同時に、フレスの視界には新たな懸念材料が写り込んでいた。
今受け止めている光の槍よりは随分と小規模だが、新たな光の槍がもう一本用意され、その矛先をフレスに向いていた。
「これもプレゼント。フレス、受け止めてくれるよね?」
「……ティアッ!!」
「さよなら、フレス!」
言うが早いか、光の槍はフレスへ打ち放たれた。
巨大な光の槍だけで精一杯のところへ放たれた追撃。
跳ね返すどころか避けることすら敵わず、その槍はフレスの翼を貫いた。
「うぐぐ……!! ――――!?」
翼に走る痛みに、フレスは一瞬だが気を取られてしまう。
それが致命傷となった。
氷の壁はギリギリのラインで均衡状態を保っていたのに、一瞬ではあるがフレスの魔力が切れた。
たちまちフレスの氷の壁は強度を失い、一気に破壊された。
それと同時に水蒸気爆発が発生、フレスもそれに巻き込まれ、空中で体勢を保っていられず、重力に任せて落下した。
そして次の瞬間には、光の槍はもう遙か彼方にあり、そして――
――とてつもない光と爆音が、フレスの鼓膜に轟いた。
溜池が破壊され、轟々と水の音が聞こえる。
「あはは! フレスも倒したし、お仕事一つ完了~! 次はここの起動だね~!」
のんきに鼻歌も歌いながら、ティアは光を集めていく。
その光は時計塔を神々しく輝かせて、神器の発動を決定付けた。
緑色の魔力光が、時計塔に満ち溢れていき、そして。
「光の時計塔、スタンバイおっけー! お仕事終わり~! リーダーのとこに戻ろっかな!」
――光の時計塔は、ついに発動を始めたのであった。
残る時計塔は後三つ。
運河の氾濫は津波のようになって、このラインレピアを飲み込まんと迫りくる。
それはもう、目と鼻の先まで押し寄せているのであった。
ティアは遠くに見える溜池の洪水を見て満足そうに笑みを浮かべると、光の時計塔から飛び去ったのであった。




