神除き(ゴッド・エグザイル)
「――はああぁぁぁぁっ!!」
フレスの咆哮と共に練り出された青い光は、白き雪を漂わせて、温度を一気に氷点下へと引き下げる。
「――うりゃあっ!!」
フレスはその青い光を床に叩きつけると、部屋全体に振動が走った。
次の瞬間、床から巨大なツララが何本も突き出して、ティアに向かって一直線に伸びていった。
「あはは! なんだか楽しそう~!! それにこうしてると、なんだか懐かしい気がする~!」
迫り来るツララをひょいひょいと器用に避けながら、ティアはなんだか楽しそうにそんな感想を述べた。
フレスの遊ぶという台詞を真に受けてか、もしくは冗談だと知ってからかうつもりでいるのか、それは判らない。
「これなら……!!」
ツララを全て避けたティアの身体は、身動きの取れない宙にある。
好機とばかりにフレスは魔力を溜めていく。
「凍てつけ!」
そしてフレスは、その魔力を一気に打ち放った。
青い光は、一気に拡散していく。
「これはちょっと痛いよ! 覚悟してね!」
拡散した光から、氷の塊が大量に出現し、花火の様にはじけ飛んでいく。
「うわぁ! 綺麗~!」
そう笑いながら、ティアは光の盾を作り上げる。
「これなら痛くないよね~!」
「光の盾……!!」
隕石の如く時計塔を貫き破壊し尽くす氷の塊だが、彼女の光の盾はびくともしない。
「……あの光、凄い熱だ……!!」
氷の塊が一瞬にして蒸発するほどの熱量を誇る盾。
フレス渾身の攻撃も、これではティアに通じない。
「だけど、ボクだって負けてらんないもんね……!!」
打ち放った氷は次々と光の盾に溶かされてしまう。
氷が一気に蒸発したせいで発生した水蒸気が、時計塔全体を包んでいく。
「フレス~、それ、意味あるの? もう飽きたんだけど」
「大丈夫だって。もう少しだからさ」
ティアが欠伸を一つしてからかってくる。
それでもフレスは平然と笑みを浮かべて、氷を放ち続けることを止めなかった。
先に変化に気が付いたのはフレス。
ティアの光の盾が、少しずつではあるが縮小してきているのを確認していた。
(どれだけ高温でも、これだけ氷を当て続ければ、温度が下がるのは当然だよね!)
そしてフレスは、少しばかり大きめの塊を精製し、力いっぱいティアに向かって放った。
ティアは当然光の盾でガードする。
「……痛っ……!?」
鋭い氷の破片が掠ったのか、ティアの頬から鮮血が上がる。
「……どうして……?」
「どうしても何も、盾に限界が来て壊れたってだけでしょ?」
トドメとばかりに、フレスは氷の数を増やして打ち放つ。
氷を溶かし続けてきた光の盾は、見る見る小さくなっていき、そして最後には消え去った。
「この根競べ、ボクの勝ちだよ」
勝ち誇るフレスに対し、ティアは少し身体を震わせていた。
「…………」
――無言。
ただフレスは判っていた。
遊びはこれで、終わりだということを。
「…………ヒャハハハハハハハハハッ!! フレス、いいよ!! ティア、なんだかテンションが上がってきたよ!!」
狂ったように笑い、ティアは天を仰ぐ。
その狂喜乱舞する姿は異様で戦慄ものだ。
だが本当に怖いのは、彼女の背後にある存在だった。
「ついに出してきたね……!!」
ティアの背後には、巨大な光の槍を出現していた。
「これ、すごい技なんだよ! 何体もの神様を貫いてきた槍なんだからさ!」
「知ってるよ。ティアの得意技だもんね、それ」
「あれれー? そっかー、フレス知ってるんだー。つまんないのー」
バチバチと稲光を発生させながら、光の槍は輝きを増していく。
「神除き。カッコいい名前でしょー? ティア、頑張って名前付けたんだー。カッコいい名前でしょ?」
「どうかな。ボクの趣味じゃないけどね」
凄まじい光と大気を揺らす稲妻。
それらが集中するこの槍の矛先は、フレスへと向けられている。
「……龍の姿じゃないのに、これほどの魔力を出せるなんて……!!」
光の龍、ティマイア。
その魔力は、全ての龍族の頂点に立つとされている。
つまりティマイアは、フレスよりも格上の存在であるわけだ。
いくらフレスといえども、あの光の槍を少女の姿で受ければ致命傷になりかねない。
「……ほんと、厄介な相手だなぁ……!!」
自分を凌駕する魔力を持っておきながら、心が壊れている敵。
これ以上に危うい存在なんて、この大陸には存在しない。
「ティア、そろそろお仕事しないといけないんだ。フレス、もう遊びは終わり。バイバイ」
「勝手に話を終わらせないでよね……!!」
飽きたと欠伸すらしているティアは、フレスを見下しながら光の槍を掲げ持つ。
「その槍、どうするつもりなの?」
「これ? えっとね、これはあっちの山に向かって投げればいいんだってさ!」
(……やっぱり……!)
事前に仕入れていた情報通りだ。
ティアはあの光の槍を使って、この都市の近くにある運河用の溜池を破壊するつもりなのだ。
もし溜池が破壊されたら、間違いなくこの都市は大洪水に飲み込まれるだろう。
『異端児』達は、運河を氾濫させ、都市自体を水で沈めてしまおうと考えていたわけだ。
正しく言えば、この洪水から逃げる人々を時計塔へと誘い込むための方法である。
人という魔力の糧を集め、水の時計塔の発動条件も満たす『異端児』達の必勝法だ。
「そんなことしたら、この都市の住人達はどうなっちゃうんだよ!」
「知らないよ。ティアには関係ないも~ん!」
そんなことをケロっと言い放つティア。
やはりフレスの知っている優しいティアは、もうこの世にはいないのだと痛感した。
ティアは心を破壊され、今みたいな狂人となっている。
――もう、彼女を止めるのはここしかない。




