氷の龍 VS 光の龍
「あはは! 楽しいな! もっともっと、壊せるよ!!」
ティアにとっては、シュトレームの躯は、ただのおもちゃに過ぎない。
壊れたおもちゃを、自らのストレス発散の為に利用する。
血飛沫の上がる音、肉の裂ける音、骨が砕ける音。
無垢に、無邪気に、ティアは何度も躯で遊んだ。
この世でもっともおぞましい音のオーケストラが、そこにあったのだ。
この過激な歌劇に、氷を司るフレスですら全身が凍りつく思いで、言葉は口から封印されていた。
――絶句。
――同時に戦慄。
――しばらくして――憤怒。
「止めなよ……!!」
「何を?」
「その行為だよ……! もしこれ以上続けるなら、ボクはもう君を許せそうにないよ……!!」
自分には任務がある。
この都市を救うには、彼女の龍の力を止め、その後に来る予定の大災害を防がねばならない。
だから何が起ころうと冷静に、物事を対処せねばならない。
それは師匠と約束したことだし、ようやく自分を認めてくれた大切な仲間との誓いでもある。
だがティアの奇行は、そんなフレスの決心すらも揺るがしかねないほど、心を震撼させる破壊力を秘めていた。
「嫌! だってこれ、ティアのおもちゃなんだもん! ティアのおもちゃをどうしようと、フレスに関係ないもん!」
ムッと、ティアの顔が不愉快そうに歪む。
それと同時に、躯で遊ぶ勢いも増していた。
砕ける骨の音は、その内しなくなっていく。
何せ砕けるところはもう全て、どこもかしこも砕いてしまっていたのだから。
もうティアがこれ以上出来ることは、それをすり潰すくらいしかない。
もう犠牲者は助からないと知って、フレスは落ち着けと自分に言い聞かせる。
「ティア、君は騙されているんだよ。変な連中と付き合っちゃダメ。きっと楽しくなれないよ?」
戦闘になることは覚悟はしているし、フレスもその気でここへやってきている。
今の惨劇を見せつけられて、話し合いなどで解決できる余地はない。
そうは思ってはいるのだが、これも仕事の一つ。
とにかくこちらの魔力と体力は、少しでも温存しておきたい。
ならば説得することも選択肢には入れておかなければならない。
「君が今一緒にいる人達は、とっても悪い人達なんだ。このアレクアテナ大陸を滅ぼすつもりなんだよ。ティアはこの大陸のこと、好きだったじゃない? 楽しいことが一杯あるからってさ」
フレスは慎重に言葉を選んだ。
ティアの心がすでに壊れていることを、フレスはよく知っている。
神々が世界を支配していた時代から、彼女は壊れていたのだから。
だがフレスは慎重さを見誤った。
「ティアが、この大陸のこと、好き? フレス、それはどこで聞いたの?」
ティアの反応は、露骨に嫌悪感を示していた。
「……そう昔言っていたじゃない」
「ううん、言ってないよ。ティア、楽しいことは好きって言った。でもこの大陸のことは、そうでもないよ」
見誤ったと、とっさにフレスは理解した。
だからこそ、背中の翼に力を集中していく。
「ティアね。今イドゥやリーダーと一緒に遊んでるんだ。この大陸を滅ぼすんだって。楽しそーでしょ! だから、フレスのお願いは聞けないかな。それとも何? フレスがティアと遊んでくれるの?」
ブワッと、ティアを中心に、とてつもない魔力が一気に放たれた。
光り輝く魔力が、ティアの周りに渦巻き始める。
――その時である。
――ゴーン、ゴーンと、時計塔の鐘が鳴り響いた。
光に包まれた時計塔が、鐘の音を響かせるのは、さぞ絶景であるだろう。
出来れば自分も、そんな美しい光景を楽しみたかった。
だけどこうなってしまった以上、最悪の事態を止めるべく、すぐさま行動を始めなければ――
――この都市が壊滅してしまう可能性だってある。
「ティア、遊んであげるよ。ボク、久しぶりに本気でやるよ」
フレスは覚悟を決め、そう告げた。
「遊んでくれるの? でも、ティア、ちょっと忙しい。合図、鳴ったから」
「いいや、残念だけど、ボクのワガママを聞いてもらうよ。君にお仕事はさせない。君にお仕事なんて似合わないよ。君はいつも遊んでいる方が似合ってる」
「えー、フレス、ワガママ~! ティアだって、たまにはお仕事したいも~ん!」
そうは言いつつも、ティアの目は笑ってはいない。
無表情で、ティアは翼をはためかせ、宙を舞った。
「ごめんね、ワガママで。でも、お互い様だからね!」
フレスもふわりと宙を舞う。
全てを消滅させる光と、全てを凍てつかせる冷気が、空中にてぶつかり合う。
「さ、ティア、ボクに付き合ってもらうからね」
「……いいよ。フレスのワガママに、付き合ってあげる!」
二人は互いに魔力を溜めると、力比べをするかのように、龍の誇る凶暴な魔力をぶつけ合った。
――光の龍と、氷の龍。
その戦いの余波は振動となりて、周囲の地区を震わせていた。




