ジョーカーにはジョーカーを
「――――っ!?」
確実にダンケルクの首元を捉えた。
そうウェイルが確信して放った渾身の一振りは、あまりにもあっけない手応えであった。
そしてこの感覚は、以前感じたものと全く同じもの。
「これは……ッ!?」
目の前にいたはずのダンケルクを、切り裂いたと思った瞬間、姿が消えた。
空を切る空虚感は、肉を割く生々しい感触よりも、さらに気持ちが悪い。
「……またもしてやられていたってことか……!!」
『相思相愛剣』ばかりに気を取られて失念していた。
思い出してみれば、アレクアテナ・コイン・ヒストリーの時も、同じことがあったではないか。
ダンケルクはそこにはおらず、真の彼の姿は遠く離れた別の所にあった。
「……なるほどな」
ダンケルクの台詞にも納得がいく。
ウェイルはダンケルクを殺せないと言ったのは非常に正しい。
何せそれは精神論云々の問題ではなく、物理的に殺すことが出来ないというものだったからだ。
同じ手を二度も喰らうとは、冷静さを欠いていたと言わざるを得ない。
時間制限があると言うことを鑑みても、これは明らかに自分の失敗だ。
カラクリに気が付いて周囲を見渡すと……――いた。
大ホール二階の椅子に、堂々と腰を掛けているダンケルクの姿が。
ようやく気付いたかと、ニヤリと笑うダンケルク。
「お前は甘いよ。同じ手が二度も通じるくらいにな」
「……またお前の手のひらで踊ってしまったってか。全く……!!」
ダンケルクの持つ神器の性質が判らぬ以上、どこで入れ替わっていたのか見極めるのは難しいとはいえ、やはり悔しい。
「ここは歌劇用のホールでもあるんだぞ。踊るのは決しておかしいことじゃない。俺には最高の演劇だったからな」
ダンケルクはパチパチと立ち上がり拍手。
安い挑発ではあるが、正直かなり腹立たしい。
彼のこういう一歩引いたやり方は、昔の彼のやり方のままで、少しばかり懐かしい気分も味わうことも出来た。
おかげで少し冷静さを取り戻せた気がする。
「歌劇は終わりだ。お前のおかげで神器発動までの時間、暇をせずに済んだ。礼を言おうか」
「……そうかい、そりゃ光栄だね」
だがウェイルは知っている。
フロリアから聞いた、この水の時計塔を発動させる方法を。
「もうチェックメイトなんだ。ウェイルもそろそろ休憩したらどうだ? 面白いもんが見られるし、一緒に鑑賞会ってのもいいもんだろ? 昔みたいにな」
「昔みたい? 俺はお前と演劇を見に行ったことはないはずなんだがな」
「だったっけ? なら、これが初めてだ。記念すべき第一回ということにしておこうか」
「残念。お生憎だが、まだ仕事が残っていてね。お前とのんびり鑑賞会ってわけにはいかなさそうなんだ」
ダンケルクはチェックメイトだと言った。
だが、ウェイルはそう思ってはいない。
(まだチェックメイトには早すぎる)
時計塔は四つ全てを起動させなければならない。
だから他の時計塔さえ制圧してしまえれば問題はない。
無論、その制圧がとても大変なことではあるのだが。
この都市の警備兵治安局員を投入すれば、制圧は敵うかも知れないが、逆にしくじればそのまま神器の糧となってしまう。
少数精鋭で制圧しなければならないというのが今回のミッションの難しいところであるが、ありがたいことにその少数精鋭というのが、本当にエリート揃いであるのが救いであった。
『異端児』最後の切り札は、龍であるとフロリアから聞いている。
ならばこちらも切り札を当ててやればいい話。
「切り札には切り札を当ててやればいいってだけだ。このゲームはチェスじゃなくてトランプだったわけだ」
「……何か仕掛けてるのか? ウェイル」
そう聞いてくるダンケルクは何故か笑っていて、なんだか楽しそうではある。
「さてな。まあ、鑑賞会はお前だけで楽しんでくれ。俺はどちらかといえば役者だ」
「役者か。なるほど、大根役者でなければいいが」
「任せておけ」
ウェイルは氷の剣を解除した。自分の役目はすでに果たせないことを理解したから。
ウェイルがこれから何をしたところで、ダンケルクが止まることはないだろう。
ならばこの水の時計塔の発動は、フレス次第となる。
フレスのことは信じてはいるが、しかしながら保険は必要。
またアムステリアやイルアリルマも、フレスと比べれば常人である以上、失敗はあり得る。
各々の任務が成功・失敗のどちらの場合も、次に行くべきところは決まっている。
ウェイルはダンケルクに背を向けて、次の目的地へ向かう為、大ホールの扉へと向かった。
「一つだけ、言っておくよ」
「……ん? なんだ?」
ウェイルは扉に手を掛けながら、下へ降りてきていたダンケルクへと振り返る。
「どうした? 次にお前が何をするのか、教えてくれるのか?」
「ああ、そうさ」
予想外の解答だったのか少し驚いた様子のダンケルク。
ダンケルクがそんな表情を取ることは稀だったので、してやったりと内心ほくそ笑む。
「…………」
無言で真顔になったダンケルクに、ウェイルはそっと一言。
「お前らのボスに会いに行く」
それだけを言い残して、ウェイルは出て行った。
残されたダンケルクはその言葉の意味を推理して考える。
そして出た答えは、何とも単純だった。
「フロリアの奴、やっぱりブレないな……」
自分達のボスが誰であるか、そしてそのボスがどこにいるか。
そんな情報を持っているのは『異端児』のメンバーだけだし、その中でもコロッと情報を漏らすようなことをするのはフロリアしかいない。
今すぐウェイルを足止めしようかとも思ったが、それも止めた。
それだとリーダーやイドゥらに対し、手を貸し過ぎる。
ダンケルクは、別にリーダーやイドゥを慕ってこの組織にいるわけじゃない。
ただ、こいつらといると楽しいからという理由で一緒に行動しているだけだ。
「後輩が何をしでかすか、楽しみが一つ増えたな。ま、ひとまずは目の前の光景を楽しみますか」
時計塔の窓から外を見た。
これからこの都市は、大層爽快な景色になるだろうから。
期待が膨らみ、止まらない。
そして――誰にも止められなくなる。
――●○●○●○――
「さて、フレスが上手くいってくれたらいいのだが……」
半ば願うようにそう呟く。
いくらフレスとはいえ、彼女に与えられた任務は果てしなく困難だ。
龍を止め、この都市の崩壊を止める。
フレスには後者の方、つまりこの都市を守るために行動する事を優先事項だと伝えてある。
出来ることならどちらも成し遂げて欲しいし、フレスには出来るだけの力があるのは判っているが、失敗した時のことも考えねばならない。
もしそうなった場合、いや、いずれにしてもウェイルは中央地区『時の時計塔』へ向かわねばならない。
「こいつを使うのは久しぶりだ」
ポケットから取り出したのは、紫色に輝く結晶。
これは重力晶といい、重力を捻じ曲げる魔力を持っている。
先程アムステリアから受け取った物の正体はこれだ。
「原石を使うのは初めてだからな……。まあ、すぐに慣れるだろ」
軽く魔力を込めると、ふわりとウェイルの身体は軽くなり、そして羽根を得た様に宙を舞い、空を翔けていったのであった。




