裏切りフロリアの土産話
――集中祝福週間 六日目 深夜。
唐突にウェイル達の前に現れたのは、敵であるはずのフロリアとニーズヘッグであった。
「ウェイルに伝えておきたいことがってさ。明日のことなんだけどね――」
そこでフロリアが語ったのは、『異端児』がこれから行う計画についてであった。
いつものように飄々と語るフロリアであるが、ウェイルの目はごまかせない。
フロリアの話す姿は、なんだか少し焦って見えた。
何せこれは『異端児』達への裏切り行為に他ならない。
何故フロリアはこのような裏切りを働いたのか、ウェイルは推理を巡らせていた。
(嘘をついてこちらを惑わすつもりなのか?)
――いや、それはどうやらなさそうである。
彼女の焦り方には、嘘をつく余裕などなさそうだからだ。
話の内容は突拍子もないものもあったが、ニーズヘッグが無表情なところを見ると、どうやら真実なのだろう。
ニーズヘッグは、フレスに対してだけは素直であるからだ。フレスに嫌われるような嘘などつかない。
フロリアの話の途中、フレスが目を丸々とさせていた場面もある。
――それは話の中に『龍』の存在があったからだ。
「……フレス、気を付けるの……。ティアが……いるの……!」
「ティアが!?」
フレスを前になんだか嬉しげなニーズヘッグが、おずおずとそう言ったのに対し、フレスはこれ以上ない驚きの声を上げていた。
「フレス、もしかして知り合いか?」
「……うん。ボクの昔の仲間なんだ。ボクにサラー、ミル、ニーズヘッグ、そして――ティア。これで全員揃ったんだ」
フレスの表情はとても複雑そうである。
この現代に五体の龍が全員揃うことは奇跡であって、でもそれは同時に不幸な前触れであるとも言う。
龍が勢ぞろいした時代には碌なことが起こらない。
これは歴史がすでに証明していることだ。
「ボク、以前ミルのことを危ない存在だって言ったよね。確かにミルは危ない存在だったよ。神龍の中では一番危険だった――人間にとってはね」
「人間にとっては……?」
フレスの間の開け方には、何かしら深い意味がありそうだ。
「ミルは確か人間に深い恨みがあったんだよな」
「そうだよ。だからミルは人間には容赦しなかった。でもね、人間以外には、ミルはとても優しかったんだよ。生意気で子供っぽいところはあるけどさ」
後半は「そりゃお前もだろ」と突っ込みたくもなる内容であったが、黙って頷き、話の続きを聞く。
「だからボクら龍や神獣達にとって、ミルはそれほど怖い存在ではなかったんだ。本当に怖かったのはミルじゃない」
フレスはもう一度間をおいて、そして――
「――ティアなんだ」
――最後の龍の、名前を告げた。
「そいつは一体どんな奴なんだ……?」
ウェイルの質問に、ニーズヘッグがズズイと出てくる。
そして一言呟いた。
「ティアは……壊れているの……」
「壊れてるの!? ……って、それはニーちゃんもじゃない! やだー!」
キャハハと笑うフロリアに、アムステリアのゲンコツが炸裂している最中に、フレスが補足説明を入れる。
「ティア。本当の名前はティマイア。光の力を司る、ボクらの中でも最強の龍だよ」
「最強の龍、か……」
フレスに最強とまで言わしめる実力の持ち主ということは、人間では手も足も出ないレベルだということ。
そんな龍が、果たして壊れているというのはどういうことなのだろうか。
「ティアは、元々はとても優しい性格の龍だったんだ。ボクとティアは親友だった。龍の皆を大切にする優しい子だったんだよ。でもティアはある事件を機に変わっちゃった」
フレスの声のトーンが一気に下がる。
見れば目じりには涙も。
彼女はこんなにも幼くか弱い娘の姿であるが、実質は何千年を生きてきた龍の娘だ。
想像を絶する過酷な環境だって経験しているはず。
親友が目の前で変わっていく様を、心の優しいフレスが見てショックを受けぬはずはない。
「聞かせてくれ、フレス。何があった」
今師匠として出来るのは話を聞くことだけ。それに努めようと思ったのだ。
「ティアは人間との戦争の時、ボクを庇って敵の攻撃を受けたんだ。その攻撃は普通の攻撃じゃなかった。それは『三種の神器』の一つ、『心破剣ケルキューレ』のものだったんだ……!!」
「ケルキューレ……!? ……そうか……」
ケルキューレはフレスにとって因縁の神器なのだ。
自らの心を二つに分けただけでなく、親友の心まで破壊したのだから。
「ケルキューレはティアの心を壊してしまった。だから以前のティアはもういない。残ったのは人間だけでなく龍にとっても危険なティアだけなんだよ……」
親友が変わってしまい、相反する敵となる。
その話を聞いたウェイルとイルアリルマにも、ダンケルクとルシカという似たような境遇がある。
だからフレスの心の痛みは、理解出来る。
「フレス。お前はティアと再会したら、どうするんだ?」
意地悪な質問かも知れない。
自分自身、ダンケルクの扱いを決めかねているのだから。
だがフレスは、強い光を持った目で、しっかりとウェイルと目を合わせて断言した。
「ティアはボクが止める。それがティアに対するボクなりの友情だよ」
フレスの口調はとても頼りがいのある力強いもので、その横顔を見ていたニーズヘッグが「フレス、かっこいいの……」と漏らして頬を染めるほどであった。
「判った。フレス、頼む」
(……俺も、決めたよ)
弟子が決心したんだ。自分も心を決めなければならない。
ダンケルクと決別する決意。
それを今、弟子から貰ったのかも知れない。
「ケルキューレはこの世に存在しちゃいけない。だからボク、全力で行くよ」
「ああ、頼んだぞ」
「話はまとまった? じゃあ話を続けるねー」
そしてフロリアの話は続く。
『異端児』の計画が、徐々に露わになっていき、その内容はウェイル達の推理が正しかったと裏づけられるものであった。




