始まりを告げる鐘の音
――集中祝福週間、最終日。
七日間にも渡って開催された集中祝福週間も、ついに最終日ということもあって、ラインレピアは誰も彼もがお祭り騒ぎで大いに盛り上がっていた。
途中悲惨な事件も発生したが、およそ事件に関わりのない大多数の人々は、この祝福週間を事件なんざ関係なく最後まで楽しむ予定のようだ。
昼間から酒を飲む者、半裸でダンスに興じる者、壇上で歌う者など、盛り上がりは今がまさにピークと言える。
まさかこのような愉快な日が、壮絶な日になろうとは誰が予想出来ただろうか。
――『異端児』達は、すでに配置についている。
この都市の崩壊と共に現れる『三種の神器』の一つ『心破剣ケルキューレ』の降臨を拝むためにだ。
全ての準備を整えて、後は静かに時を待つだけ。
――時間は間もなく、正午という時を告げる頃。
イドゥの作戦は、時計の針が綺麗に重なり天を向いて一本になる瞬間より始まる予定だ。
作戦開始時刻まで、残り三分を切っている。
「フンフフフ~ン♪」
イドゥの隣でご機嫌そうに鼻歌を歌っていたのは、仮面の男――通称リーダー。
「ご機嫌そうだな」
「そりゃね! イドゥだって、ちょっとにやけてるじゃない!」
「……まあな」
イドゥも年甲斐もなく興奮していた。
人知を超えた力を、間近で臨めるチャンスなのだ。
興奮せねば嘘というもの。
「ついに三種の神器を拝めるんだねぇ……。あぁ、楽しみだなぁ……!」
「ああ。我々の念願にまた一歩近づける。ワシも久しぶりに心躍っているよ。長生きはするもんだな」
時の時計塔、大ホール舞台上で、そんな会話を交わしながら佇む二人。
「ねぇ、フロリアはどうだったの?」
彼女の様子がおかしいことは、誰もが判っていた。
もう慣れたことではあるが、彼女には裏切り癖がある。
それが彼女の「異端」な部分であり、個性でもある。
『異端児』は名の通り、異端な連中が集まった組織だ。
だからフロリアの裏切り行為自体、誰も咎めようとする者はいない。
裏切っても「ああ、またか」程度にしか思わないのだ。
だが今回の作戦は勝手が違う。
フロリアの裏切りによって、計画に支障が出るほどの甚大な被害が出るかもしれない。
それを憂いたリーダーは、イドゥに事の顛末がどうなるかを訊いていた。
しかし、訊ねられたイドゥはというと、表情一つ変えずに、
「判らん。まあ、大丈夫だろ」
と断言した。
「イドゥでも判らないの?」
「ワシの神器の力も万能ではない。未来の情報は常に変化する。昨日の時点では問題ないと出ていたが、さっきもう一度確認してみたら問題があった。しかしながら、どちらの情報が正しいかなんてことはワシには判断できん。今後確認しても、また違う結果が出ることだろうしな」
「そうなの? 凄く便利な力だと思ってたのにさ」
「便利には違いない。だがワシの能力は、所詮ヒントを得ることしか出来ん。与えられたヒントを駆使して、次の行動を考え実行する。そこには神器ではなくワシの判断力が必要になる。万能ではなく便利。その程度の能力なんだよ」
「結構不便なんだねぇ、その未来を見る神器ってのも」
「いや、だから便利ではあると言っておろうに……。まあ言わんとせんことは判るが」
イドゥの耳に煌めく、ピアス型の神器。
神器『祖先の記憶の箱舟』。
この神器は、なんと未来と、そして過去に情報を送ることが出来る神器なのである。
「こいつは情報の時間移動に著しい制限があるからな……。能力には限界はある。だからこそ慎重に行動せねばならんわけだが」
『祖先の記憶の箱舟』で情報伝達が可能なのは、現在から48時間前の過去から、48時間後の未来の間だけである。
無論、この計96時間をうまく利用すれば、もっと遠い未来の情報は手にすることも出来る。
例えば48時間後の自分に48時間後の情報を調べるように伝達すれば、96時間後の情報すらも手に入れることが可能であるからだ。
過去については少々厳しいが、それでも事前の準備さえしておけば不可能ではない。
――しかし、イドゥは遠い時間情報移動は滅多にしない。
何故なら、この神器の消費魔力は膨大で、それゆえに身体への負担が大きすぎるからである。
それに情報の正確さも、時間を遡れば遡る、超えれば超えるほどほど、曖昧さが含まれてくる。
過去と今、そして未来の自分で行う伝言ゲームのようなもの。
何度も時間を跳躍すれば、その情報は古くもなり、同時に正確さは薄れてくるのである。
非常に便利な力に違いはないが、発動の代償も大きく、情報の正確さもあまり信頼は出来ない。
そうそう易々とも信頼も出来ないのも事実である。
「フロリアってば、慎重さも身長もないもんね」
「そのギャグは面白くないし、フロリアが聞いたら怒るぞ?」
「まあいっか。フロリアが何かする方が面白いかも知れないし!」
フロリアとニーズヘッグのことは気にはなるが、結局は彼女は異端な者だ。
何か起こすにしても面白いことに違いない。
リーダーはそう思って、彼女の追跡することをしなかった。
「さて、そろそろ時間だ。外の景色が見れないのは少々残念だがな」
「だねー。これから外は大変な光景になるだろうしさ」
作戦開始まで、残り一分を切る。
「そういえばワシらを嗅ぎ回っている鑑定士がいたな。アムステリアと、もう一人は……なんて言ったっけか」
「……ウェイル」
「そんな名前だったか。そういえば『不完全』の時にも度々名前が挙がっていたし、新聞でも何度か見たな」
プロ鑑定士が新聞に載ることはあまりない。
表舞台に出ることのデメリットを、皆よく理解しているからだ。
そんな鑑定士達の中、結構な頻度で名前を登場させていたウェイルは、アレクアテナ大陸ではちょっとした有名人でもある。
「そんな有名人だったのか」
「そりゃ龍を連れているからね。有名にもなるだろうさ」
リーダーは知っていた。
ウェイルのことも、フレスの存在も。
それも――本人達よりも詳しく知っている。
「そっか、ウェイルかぁ。……久しぶりに聞いたよ、その名前。あの時以来だねぇ」
クックッと笑うリーダー。
仮面のせいで表情は見えないものの、とても楽しげで、そして――とても狂気的だった。
「ティアはどうしてる?」
「手筈通りに目的地へ向かったよ。任務が終わったら、すぐこっちに戻ってくる予定。『三種の神器』の暴走を止められるのは龍だけだしね」
「……ふむ。……始まるぞ」
――時計の針が、見事に重なった。
ゴーン、ゴーンと鐘の音が響き渡っていく。
祝福された七日目の最終日の、正午を告げるために。
厳かな音は、二人の心を静かにさせて、そして狂気へと駆り立ててくれる。
鐘の音が鳴り止んだと同時に、時の時計塔に衝撃が走った。
遠くに聞こえる爆音は、祭りの開始を告げる合図。
全ての終わりを告げる祭りは、たった今始まったのだ。
「さあ、本当のお祭りの始まりだ! 楽しもうね!」
「このまま誰にも邪魔されず、順調に進めば楽しいのだがな。……そう簡単には行かないだろう」
イドゥはピアスを手に取ると、軽く握りしめた。
「さて、この計画が成功する未来は……」
「見たの?」
「いや、見てないさ。そっちの方がお前さん好みだろう?」
「勿論! その方が絶対、面白いしね!」
これから始まる宴。
それは勿論、楽しい方が良いに決まっている。




