真の狙いと、深夜の訪問者
「そろそろ落ち着いたか?」
「うん」
「一応ね」
「すみません……」
三者とも落ち着いてくれたようで何よりである。
まあフレスとアムステリアの二人があまりにも騒ぎ過ぎたものだから宿の主人から――
「――やかましい!! 叩きだすぞ、お前ら!! 痴話話なら外でやれ!!」
――なんて苦情が来たものだから、これ以上は騒げなくなってしまっただけであるが。
ということで、若干声のボリュームを下げて話を続ける。
「もう一つ、伝えることがある。ダンケルクは最後にこう言ったんだ。『今日中にこの都市を離れておけ。明日になれば、この都市は沈むからな』とな」
ウェイルはダンケルクの忠告を、三人にそっくりそのまま話した。
何やら意味深な、暗号ともとれるこの台詞に、三人も首をひねる。
「都市が沈む……? どういう意味だろう?」
あえて沈むと表現したのだ。この言葉には何か意味はあるはずだ。
「何かの比喩、何でしょうか……」
「ダンケルクは比喩表現を使うような、オシャレな台詞を吐く奴だったかしら……?」
「ねぇ、ウェイル。その意味なんだけど、ダンケルクさんが言ったってことは、おそらくそのままの意味なんだと思う」
アムステリアやイルアリルマも、フレスの考察に同意して頷いた。
「そのままの意味というと、このラインレピアは水に沈むって意味か?」
「うん。だって他に沈むっていう表現は考えられないもん」
「ここは運河都市。運河が氾濫すれば、沈むっていうのは再現できるはずよ」
「……まさか奴ら、運河を氾濫させるつもりなのか?」
「だとしたら逃げておけって意味も判るでしょ。危険だから逃げておけと。ダンケルクなりに後輩に気を使ってくれたのかもね」
ダンケルクのことだ。それは大いにあり得る。
「だがこの都市を沈めるほどの水なんてあるのか? このラインレピアはアレクアテナ大陸の中でも屈指の広さを誇る都市だぞ?」
都市全体を飲みこむほど水が、果たしてどこにあると言えるのか。
いくら運河があるとはいえ、都市全部を沈めるほどの水量があるとは思えない。
「……ありますよ」
イルアリルマが呟く。
彼女は何か気づいたようで、顔色が少しだけ青くなっていた。
「……どういうことだ?」
「この都市の運河は水はですね。近くの山に作られた巨大な溜め池にて操作されているんです」
そこまで聞いて、三人はハッと気が付いた。
「この溜め池を崩壊させれば、水はこの都市に向かって一気に押し寄せてくると思います。都市を丸ごと飲み込むほどの大津波となって……」
ラインレピアに来る前に、イルアリルマはこの都市に関する情報を完璧に頭に叩き込んでいた。
その中の情報の一つに運河の運営に関するものがあった。
運河の水を操作する溜め池の存在を、その時知ったという。
「ウェイル。もし運河が氾濫したら、一般住民は何処に逃げると思う?」
フレスは何か悟った様子で、そんなことをウェイルに尋ねてきた。
「運河が氾濫したら、か。そりゃ当然高い場所に――……高いところ……ッ!?」
そこで皆が敵の真の意図に気が付いた。
なるほど、この方法ならば奴隷を使わなくても、魔力が自然と時計塔に集まる。
何とも一石三鳥なやり方だ。
「住民はより高い場所。つまり――時計塔に逃げる。それを利用する気なのか……ッ!!」
先程の疑問が一気に解消された。
それと同時に、あまりにも卑劣なやり方に腹立たしさも覚える。
「奴ら、溜め池を崩壊させて運河を氾濫させ、逃げ惑う人々を時計塔に押し込むつもりだ。そして時計塔に逃げた人々の魔力を用いて、時計塔を起動させる。水の時計塔は、運河の水で起動できるし、効率を考えればそれが一番手っ取り早い、なるほど、外道にも程がある……!!」
運河の崩壊は、今まで集めた敵の情報をまとめると、それほど大した仕事ではなさそうだ。
何せ奴らは『不完全』を潰した際に、『不完全』が持っていた強力な神器を奪っているだろうから。
『異端児』一人一人が、兵器級神器を所持しているに違いない。
「ウェイル! 今すぐにでも動けないのかな!? 一人でも多くの住民に逃げてもらわないと!」
フレスの言った動くとは、ラインレピアの住人に声を掛け、今すぐにこの都市から避難してもらうこと。
「避難を呼びかけるのは不可能だ。誰も聞く耳を貸さない」
正直に言って、それは無理というもの。
フレスの話を信じて、住み慣れた都市を捨ててまで逃げ出す住人などいるはずもない。
この都市でそれなりの権限と信頼を持つ人間が呼びかけるのであれば、多少の効果はあるだろうが、この都市でのフレスの立場は、ただの観光客。
観光客の戯言に、一体誰が付き合うものか。
「ボクの言うこと、信じてもらえないのかな……」
「残念だが、信じてはもらえない。例え信じてもらえても、実際に行動する奴は少ない」
人は皆、実際に被害に遭うまでは、人の忠告など聞く耳を持たない。
自分には関係ないと、信じ込んでしまっているから。
「どちらかというと運河の氾濫を止める方が良さそうね」
そうすれば避難はせずに済むだろうし、水の時計塔も動かせない。
こっちの方が遙かに現実的ではある。フレスの魔力を駆使すれば、だが。
「ボクら、これからどう動けばいいの?」
「『異端児』共を止める。そして何より、この都市を守らなければならない。知ってしまった以上責任があるからな。フレス、お前に頼みたいことがある」
そう言ってウェイルはふと、机の上に投げっぱなしになっていた『セルク・ブログ』を見た。
セルクの最後の言葉を知ってしまったウェイルは、セルクの意思を継ぐ必要がある。
無駄に正義感の強いウェイルだ。責任は果たそうとするに違いない。
「うん。ボク、何でもやるよ。ウェイルについていく。ボクだって責任、果たしたいから」
だからフレスは、ウェイルの手をそっと握った。
危なっかしい師匠を守るために、自分は傍にいようと決めた。
フレスには予感がしていた。
明日、途方もない力が、この都市に現れるだろうと。
だからこそ、フレスはこの都市と、そして師匠を守ると固く誓った。
もう目の前で大切な人を失いたくない。
もう目の前で、大好きな都市が滅ぶのを見ていたくない。
「運河の氾濫は、ボクが止める」
フレスは迷わず、そう言い切ったのだった。
――それから深夜遅くまで、最悪のケースを考えての会議を行った。
アムステリアやフレス、イルアリルマのもたらしてくれた情報から、各々最適な役割を与えて、来るべき時に備えることになった。
そんな時に、部屋の扉をノックする音。
「……誰だ……?」
ウェイルが恐る恐る扉を開けると、そこには――
「やっほー、ウェイル。今いい? いいよね? ちょっと伝えたいことがあってさ」
「――フロリア!? 何しに来た!?」
「まあまあ、ちょっと面白いお話がありましてねー。入るよー」
――あまり見たくない者達の姿があったのだった。
深夜の来訪者がもたらした情報は、ウェイル達の推理の正しさを裏付ける結果となる。
これによって各々の役割分担の重要性が、さらに増したのであった。
――集中祝福週間 最終日。
この大イベントの最後の歌劇を演じるのは、ウェイル達と、『異端児』達。
そしてその開催場所は、中央地区――時の時計塔。
これから始まるアレクアテナ大陸最大の危機は、この日より始まるのだった。




