甘さと優しさ
「魔力を吸う、かぁ……」
神器の特徴を聞いたフレスは、何やら心当たりがあるのか、少しそわそわしている。
「ボク、それ聞いたことあるかも。人間の魔力を無理やり奪って、死ぬまで吸い続ける旧神器だ。多分ミルはボク以上に詳しいと思うよ。ボクはミルから聞いたんだからさ」
その昔、フレスとは違ってミルは率先して神器を持つ人間達と戦っていた。
だからミルはフレスよりも神器に詳しく、この神器は気をつけろと釘を刺されたことがある。
それが今回の神器だとフレスは言う。
「それほどの神器を持っているということは……。アムステリア、襲ってきた女と言うのは『異端児』だったのか?」
ウェイルの質問に、アムステリアはコクリと頷いた。
「そうね。イドゥの名前に反応していたし間違いないかしら。……イドゥってば、あんなじゃじゃ馬、どこから拾って来たんだか。……まぁ私も人のこと言えないけど」
(全くだ)
(全くです)
「全くだ! ……フギャ!?」
(……バカフレス……)
思ったことを口にしてしまうフレスは何と素直で、そして愚かなのであろうか。
笑顔のアムステリアから繰り出されたチョップは、フレスの頭上に、綺麗な山を作らせた。
「うみゅう、痛い……」
「お前、そろそろ思ったことをすぐに口にする癖は直さないとな。リグラスラムでも痛い目を見ただろうに」
「ううう、だって勝手に口から出ちゃうんだもん……」
「……ホント、馬鹿な娘……」
呆れるアムステリアは、そんな二人を無視して話を続ける。
「私が聞いた情報では、『異端児』は『三種の神器』を求めているということよ」
直接聞いた情報であるし、何よりイドゥが絡んでいる。間違いはなさそうだ。
「他に情報は?」
「ごめんなさい。これくらいしか判らなかったわ。あの子、イドゥの為なら命は惜しくないと言っていた。事実、自分自身の魔力を神器に吸わせていたくらいだしね。そこまでするような子だから、おそらく拷問したって口は割らないでしょう? だからこれ以上の情報は手に入らなかったわ」
「……そうか」
話を聞く限り、その女もかなり狂っている。
彼女にとって、命の価値とは、とても軽いものなのだろう。
人を殺すことに躊躇いはなく、恩人の為ならば、己が命すら投げ捨てる。
こういう覚悟を決めた者は、とにかく危険で厄介だ。
もしこれから対峙することになるのならば、これほど恐ろしい存在はいない。
「なぁ、どうしてそいつを助けてやったんだ? 自分の身を挺してまで」
これから脅威となる存在なわけだ。潰すなら早いに越したことはない。
それが判らぬほど、アムステリアは甘く温い女ではない。
つまり彼女はあえて敵を生かしたのだ。その理由が気になった。
ウェイルの質問に、アムステリアは少し困った――というより申し訳なさそうな顔をする。
「一応、私にとっても恩人だからね」
「……恩人?」
「ええ。恩人なの。『異端児』を実質的に指揮しているイドゥって男は、私とルミナステリアにとって命の恩人なの。以前話したことあるでしょ?」
「……ああ、そういえば聞いたよ。貧困都市のジャンクエリアで、お前達を拾ってくれた男だな?」
「そう。もしあの時イドゥと出会ってなかったら、私とルミナスは既にこの世にはいなかった。そして命を『救ってくれたばかりか、私達に仕事と、そして居場所をくれた」
――ああ、だからか。
先程アムステリアが懐かしそうに笑みを浮かべていたのは。
「イドゥは拾ってきた子供達を、心の底から大切にしてくれる。おそらく今日会ったあの子も、イドゥに大切にされていたのね。だから命を捨ててもいいなんてまで考える」
――そう、アムステリアは、放っておけなかった。ただそれだけだ。
「私は彼女の気持ちが理解出来た。私だって、昔はイドゥとルミナス、リューリクの為なら命なんて惜しくなかったもの。だからかな……」
――アムステリアは優しい。何せ――
「彼女をみすみす殺したくはなかった。だって、彼女が死ねば、イドゥ、絶対に悲しい筈だから」
――自分と同じような境遇の、それも後輩を、敵と言う垣根を越え、同情してしまっていたのだから。
「躊躇いなく人を殺す人間だけど、イドゥは自分の子供のことだけは本当に大切にしていたから。私もね、少し甘くなっちゃった」
「…………そう、か」
――憂いた表情を浮かべるアムステリアのことが、何故だか少し愛おしく見えた。




