大切なのは、生きて帰ること
「感覚を奪う神器か。フレスは聞いたことあるか?」
「うん。一応知っているよ。でもボクが知っているのは、対象の人の神経を麻痺させるものでさ。武器というよりは治療具として使っていたんだよね」
「麻酔と同じ役割をする神器ってことか。なら今回のとは違うだろうな」
「神器回路の組み方はかなり似ているとは思うけどね」
ルシカの証言とフレスの知識から推理すれば、次第にルシカの持つ神器の能力が見えてくる。
こういう推理はウェイルよりアムステリアの方が得意である。
「多分ルシカって娘の神器は、精神介入系神器ね」
「精神系なのか? 感覚を司る神器じゃないのか?」
「ウェイルは精神系の神器のことを、恐怖を与えたり洗脳するものばかりだと思ってる?」
「そうじゃないのか?」
実際にテメレイアは精神介入系神器のせいで、ミルを助ける時に大変な目にあった。
「確かにその手の神器は多いわ。でもね、今回のケースは少しだけ違う。今回のケースは、人を騙すタイプの精神系神器だから」
「私、騙されてるのですか……?」
そんな心当たりはないと、イルアリルマも首をかしげた。
「あのね、貴方しっかり騙されてるわよ。だってリルは目が見えないと、触っても何も感じないと、そういう暗示を掛けられているだけでしょうから」
「……え!?」
アムステリアの解析に、思わずイルアリルマは声を上げた。
フレスも唖然と絶句している。
「暗示を、掛けられているだけ、なんですか?」
「その神器を見たわけじゃないから分からないけど。ねぇ、リル。貴方の感覚の喪失の原因は幼い頃の高熱だと思い込んでいたのよね?」
「はい。でもルシカはそうじゃなくて、本当は自分が奪ったのだと」
「……なるほどね。大体その神器の能力が見えて来たわね」
「……どういうことですか?」
少し混乱しているイルアリルマに、アムステリアは告げた。
「貴方の目と皮膚は、いたって正常に動いているわよ。つまり実際に感覚がなくなったんじゃなくて、感覚がなくなったと脳が騙されてそう錯覚しているってこと」
「……へ?」
「…………!?」
間抜けな声を漏らしてしまったフレス。
イルアリルマに至っては驚きすぎて声を失っているほどだ。
「貴方の目は、見た感じ正常に動いてるわよ? 皮膚だって、触感を失っている感じは全くない。ちゃんと反応しているわ。ただそれを脳が認識していないだけ」
「私の目が、正常……?」
果たしてアムステリアは何を言っているだろうと、思わず目が点になったイルアリルマである。
「リルの目や皮膚の神経自体が壊れているわけじゃないってこと。だから感覚を奪う神器自体を無力化すれば、貴方の感覚は正常に戻るわ。感覚を奪うってのは、そういう暗示を相手に掛けるってことなんでしょうね。逆に自分に暗示を掛ければ、凄まじい感覚を発揮することも出来る」
「もしかして感覚を奪う神器に心当たりがあるのか?」
「ええ。今の話を聞いて思い出したのよ。ルシカって名前、少し聞き覚えがあってね。そういえばいたわね、『不完全』にエルフの子が。イドゥのことを心酔していた、あの子の事でしょうね。一度彼女に襲われたことがあるわ」
アムステリアは『不完全』から脱退した時に、多くの刺客を送り込まれている。
その時の刺客の一人がルシカだったという。
彼女の戦闘能力は平均的な女性より劣ってはいたが、彼女は周囲の贋作士のサポートをしていたそうだ。
「感覚を奪う……、そう、あの神器よ。身体全体にダルさが襲い掛かってきたあの時。私は常人じゃないから感覚を奪うことが出来なかったのに驚いたのか、そのまま逃げ去ったんだったわね」
「アムステリアの感覚は奪えなかったのか」
「私は特別だから。でも、これは武器になるわね」
「だな。その女に出くわしたときは、お前の仕事になるだろうさ」
ルシカの神器の能力はアムステリアには通用しない。
これは対ルシカ対策として相当強力な武器となるはずだ。
だが、その会話にイルアリルマが割って入ってきた。
「ルシカは、私がやります」
「リルが? だが、相手は感覚を奪うような奴で――」
「――彼女は、私がやります! さっきも言いましたけど、ルシカは私が相手をします!! やらせてください!!」
珍しくイルアリルマが叫んでいた。
先程のウェイルの質問の時もそうだが、イルアリルマは自分なりに硬い意思と決意を持って、ルシカに相対すると決めた。
その熱意と意気込みを、無碍には出来ない。
「判ったよ。頼んだ」
掛ける言葉はそれだけでいい。
アムステリアも「仕方ないわね」なんて呟きながら少し嬉しそうにしていた。
「戦いとなったら理由は関係ない。親友のための自己犠牲だとか、鑑定士としての責務だとか、そんなことはどうでもいいの。大切なのは生きて帰ってくること。勝っても負けても、生きて帰ってきて。貴方がいないと寂しいわ? 無理だけはしないでね……」
最後にそれだけを付け加えて。




