イルアリルマの覚悟
――その頃、ウェイル達はというと。
「さて、今日あった出来事をお互いに報告しよう」
宿の部屋に戻ってきたプロ鑑定士の面々はというと、各々が担当した場所で発生した出来事について報告しあう会議を始めていた。
「フレス、リル。お前達から頼む」
まずは西地区『音の時計塔』へと向かったフレスとイルアリルマから。
二人が宿へ戻ってきてしばらくの間、フレスがやけに興奮していた。
宥めるのに随分と時間が掛かったことから、何か想像もつかないことが起こったに違いない。
「それがさ! 酷い話なんだよ!! ボク、もう頭に来て頭に来て! 思い出すだけでも腹が立つよ!!」
「いいから落ち着け。ちゃんと話してくれないと伝わらないぞ」
「う、うん……」
ウェイルに頭を撫でられて、幾分落ち着いてきたのか、
「ふう……、やっぱりウェイルに頭を撫でられるのは気持ちいいね。……ちょっと落ち着いたよ」
なんて呟きながら、次第に笑みまで見えるようにもなっていた。
背後からアムステリアの激しい殺気を覚えたが、気づいてない様に振る舞って、イルアリルマの話に耳を傾けた。
「私、『異端児』の一人と接触しました。人間ではなくエルフです。名前はルシカ=ルワカ。かつて私の親友だった――いや、私は今でも親友だと思ってる女の子です」
「エルフ族が、『異端児』に……!?」
エルフ族といえば、希少な種族故に犯罪組織、特に『不完全』の被害者になることが多い種族である。
故に贋作士になるエルフ族は極端に少ないと言われているし、まさかそれが『異端児』にまでいるとは思わなかった。
「ボク、あのエルフの子、嫌い! 大嫌いだ!! リルさんに酷いことをした奴だから!!」
フン!と、またも機嫌を損ねるフレス。
よほど腹が立つことがあったのだろう。
我慢できないと言わんばかりに、リルの代わりにフレスが語り出した。
「ボク達は、あのエルフからリルさんの過去と、感覚を失った本当の原因を聞かされたんだ」
「本当の原因? 高熱の後遺症って言ってなかったか?」
「いえ、私もそう思っていたのですが、どうやら違うみたいで」
「あのエルフ、リルさんのことを嵌めて騙して、感覚を奪ったんだよ……!!」
「感覚を、奪う……!?」
イルアリルマの壮絶な子供時代の事。
ルシカはイルアリルマにとっては大切な親友であった事。
そしてルシカはイルアリルマを裏切り、彼女から大切な感覚を奪い去った事。
そのせいでイルアリルマは今尚苦労している事。
途中からは涙すら浮かべながら、フレスは説明していた。
そんなフレスを、イルアリルマは一切止めず口を挟まず、話し終わった後、一言「ありがとう」と述べて、フレスの肩を抱いていた。
「……なるほどね。感覚を盗むか。何らかの神器を使ってるのね」
アムステリアも神器によって心臓を盗まれている。
――臓器と感覚。
内容こそ違うものの、他人に身体の一部を盗まれると言う境遇は一致している。
「貴方も、私と同じなのね」
自分と同じような目に遭った者が、こんな身近なところにいたということに、少しばかり同情を含んだ複雑な気持ちとなった。
「それでリル。この会議の本題から外れる話だが、是非聞いておきたい。お前はルシカって奴から奪われた感覚を取り戻したいのか?」
その質問に、イルアリルマは少しばかり沈黙すると、やがてフルフルと首を横に振った。
「私、視覚や触覚を取り戻したいかと問われたら、もちろん取り戻したいと思います。でも、私がそれを取り戻して、今度はルシカの感覚が失われるのなら、私は返してもらえなくてもいい」
「リルさん……!」
フレスはイルアリルマの名前を漏らすだけで、もう言葉を紡ぐことはなかった。
その様子とフレスの性格を考えると、既にイルアリルマはフレスにこの話をしているのだろう。
「自分のために親友と戦ってまで、感覚を取り戻したいとは思わないと、そういうことだな?」
「……はい」
イルアリルマはゆっくりと頷いた。
それに対して、ウェイルの顔から柔らかさが消える。
あるのは、イルアリルマの見定めするような、威圧的な色だ。
「ではもう一つ確認だ。ルシカは『異端児』の一員だ。自分の感覚のためではなく、『プロ鑑定士』として親友である『贋作士』と戦うことになった時、お前は戦えるのか?」
「ウェイル! そんな質問、意地悪だよ!!」
「フレス、お前は黙ってろ!!」
堪りかねて口を出したフレスに、ウェイルが怒号を飛ばす。
ウェイルの目を見て、フレスも黙るしかなかった。
フレスだって判っている。なにせ自分達は鑑定士なのだ。
だからこそ、状況によっては誰に対しても冷徹にならねばならないことを、イルアリルマは理解しないといけない。
例え相手が親友であっても、場合によっては胸に剣を突き立てる覚悟を持たねばならない。
しかし、どうやらウェイルの心配は杞憂だったようだ。
「プロ鑑定士として、ルシカを止めます。私が、必ず……!!」
「判った」
力強い言葉に、ウェイルは安堵すると共に、彼女の決意を背負う覚悟をしたのだった。




