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龍と鑑定士 ~ 絵から出てきた美少女は実はドラゴンで、鑑定士の弟子にしてくれと頼んでくるんだが ~  作者: ふっしー
最終部 第十二章 運河都市ラインレピア編 前編『水の都と秘密結社』
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感謝と忠告

 ―― 東地区 『水の時計塔』 ――


「……しかし静かだ」


 ウェイルはすでに水の時計塔へと潜入を果たしていた。

 しかし潜入して随分時間が経つというのに、一度たりとも敵と遭遇していない。

 それどころか敵の姿すら見当たらず、気配すら感じなかった。

 敵との戦闘を覚悟していた分、逆に誰とも会わないことに不安を覚えていた。


「……どういうことだ……?」


 時計塔内の扉には、どこにも鍵が掛けられていない。

 まるで入ってこいと言わんばかりで、不気味である。

 もぬけの殻と化した時計塔内を、息を殺して進んでいく。


「……アムステリア達の噂が流れたからか……?」


 ――『最近奴隷オークションを潰して回ってい連中がいる』。


 アムステリアは結構派手に最初の奴隷オークションを潰したそうで、その噂が流れていても何らおかしくはない。

 噂を警戒して奴隷オークションを中止させたと、それもあり得ない話ではない。

 しかしメルソーク程の大組織が、わずか二人の不穏分子の為に、膨大な儲けを生み出す奴隷オークションを中止することなど考えられようか。

 普通に考えれば、噂に対しては武力や人員を増やす等の対応を行い、奴隷オークション自体は予定通り行うのではないのだろうか。


「……まるで最初からオークションなんて開催する予定はなかったみたいだ……」


 あらゆる可能性がウェイルの脳裏に過る。

 考えを巡らせながら、大ホールへ続く扉を開こうとした――その時だった。


「――ご明察。流石は協会きっての天才鑑定士」


 その声に、思わずウェイルの動きが止まる。

 扉を開くのを止めて、声のした廊下の奥の方を見る。


「……まさか……!?」

「よぉ、ウェイル。また会ったな。どうやら俺達は何かと縁があるようだ」


 コツコツと、石畳の廊下を歩いてきたのは、かつての同僚。

 そしてカラーコインを盗んだ主犯格であるダンケルクだった。


「どうしてお前がここに!?」

「さてな」


 すでにダンケルクが『異端児』のメンバーであることは判っている。

 だから彼がここにいるということは『異端児』にとっても何らかの目的があるのだ。

 瞬時にそう捉えたウェイルは、慎重にダンケルクの様子を窺うことにした。

 そんなウェイルの心中を知ってか察してか、ダンケルクはクククと笑って、


「俺がここにいる理由を聞いて、お前はどうする?」


 ――という、挑発にもとれる言葉を返してくる。

 正直ダンケルクの実力を考えれば、裏をかくのは難しい。

 慎重に探りを入れようとも、きっと魂胆は見抜かれて、大した解答や情報を提供してはくれぬだろう。

 もしかしたら、あえて堂々と聞いてみる方が手っ取り早いかも知れない。

 だからウェイルは、少しばかり賭けに出てみることにした。


()()()の狙いを知りたい。それこそが()()の状況を物語っているんだろ?」


 ()()とは静かすぎる時計塔の事。

 ダンケルクが何かやらかした可能性は否定できない。


()()()か。ま、そう考えるよな。俺個人の行動なわけがない。だが釈明しておくと、ここの奴隷オークションの開催中止については俺のせいではない」

「……違うのか?」

「俺を疑うのか?」


 ――疑う。

 ある意味ダンケルクにとっては最もタブーな行為だ。


「いや、ダンケルクは嘘をつかない奴だと信じている。もっとも、それは味方の立場だったらの場合だけどな」

「そうか。それもそうだな。だが一つ言っておくと、俺はお前やアムステリアには感謝してるんだ。あの時俺を信じてくれたのは、お前達くらいなもんだからな。それで、今はどうだ? 信じられるか?」

「……()()()()さ」

「……そうか。なるほど、信じたい、か。……ククク」


 ダンケルクは手を口に当て、少し考えた素振りを見せると、「まあ、いいか」と呟いて、改めて向き合ってきた。


「これから言うことは信じてくれていい」


 信じるかどうかは任せると、前置きをして。


「ここ水の時計塔の奴隷オークションは、最初から開催する予定なんてなかったそうだ。別に魔力が必要なわけじゃないからな」

「……魔力が必要じゃない……?」

「お前、時計塔が全て神器だと知っているんだろ?」

「ああ、知っている」


 ダンケルクが突然時計塔の秘密を語り出したものだから、少しばかり動揺はしたが、ウェイルは頷いて話を聞くことにした。


「なら話は早い。時計塔にはそれぞれ名前がついているだろ。それぞれ『時』『光』『音』『火』。そしてここは『水』。その理由を推理してみろ」

「……神器の能力を示していると、そういうことか?」

「違うな。時計塔は、それ自身が何かを発する神器ではない。こいつは何かを糧に発動するタイプの神器だ。……もう、判るな?」


 何かを糧に。

 そんなことまで教えられれば、もはや答えを貰ったも同然だ。


「……水、か。ここに水……?」

「さて、後は自分でまとめな。プロ鑑定士なんだからよ」

「……そうか。だからここには奴隷が必要ない……!!」


 神器のカラクリを考えれば、確かにここには奴隷が必要ない。

 しかし、そうなれば肝心の()となるものは、一体どうやって調達する気なのか。


「さて、お前の疑問は尽きないかも知れないが、俺はそろそろ行くぞ。そこをどいてくれ」


 そう言って、ダンケルクは踵を返す。


「待て。どこへ行く?」

「どこって、帰るだけさ。もう俺の仕事は終わったんだ」

「仕事は終わった? ……てことは、何かしたんだな?」

「さてね」


 改めて背を向けるダンケルクに対し、ウェイルは今度は声ではなく、魔力を差し向ける。

 瞬時に手に氷の剣を精製し、ダンケルクの背中に突き付けた。


「俺の仕事は、まだ終わっちゃいないんだ。少し付き合ってくれ、先輩」

「まだ俺の事を先輩と呼んでくれるか。嬉しいことねぇ」


 刃が付きつけられているにも関わらず、ダンケルクは振り向きもせず嬉し気に答えた。


「だが、生憎俺は今、暇じゃないんでね。用がないことには付き合えん」

「仕事が終わっているなら暇だろう? それに用ならあるさ。俺の依頼人から奪ったカラーコイン、返してもらおうか」

「……ああ、あれか。あれは今俺の手にはない。だからお前が俺を刺したところで、現状は変わらん」

「……そうだろうとは思ったがな」


 ウェイルが剣を引き、氷を溶かして魔力を収めていく。

 ダンケルクがいつまでもカラーコインを持っているとは思ってはいなかった。

 今持っていないのならば、闇雲に戦闘を行うのは妥当じゃない。

 ダンケルクだって、異常なまでに強い戦闘力を誇っているのだから。


「最後に聞いていいか?」

「なんだ? 後輩の質問だ。何でも、とはいかないが、答えてやるよ」

「どうして俺に情報をくれた? 俺の姿を見て、話しかけてきた?」


 仕事がすでに終わっているのならば、ウェイルの姿を見たならば、すぐに時計塔を出ればいい。

 隠れてやり過ごすと言う手もある。

 わざわざ敵と接触を持とうだなんて、普通は考えない。

 ウェイルのその質問に、ダンケルクはどうしてだか困ったような顔をしていた。


「う~む。確かに俺の行動はおかしいな……。情報を教えるなんて、仲間を裏切る行為だしな……」


 そして少しの沈黙の後、深く嘆息して、こう言った。


「俺はお前に感謝してんだよ。最後まで信じてくれた、可愛い後輩でもある、お前にな」

「……ダンケルク……」


 どうしてだろうか。

 たった一瞬ではあったが、ウェイルは昔の信頼できる良き先輩だったダンケルクと、敵となった今のダンケルクが重なって見えたのだ。


「ついでに忠告だ。もし、お前が明日以降もこの世界で生きていたかったら、今日中にこの都市から離れておくことだ。明日になれば、この都市は文字通り()()からな」

「……沈む……?」


 それは何かの比喩だろうか。今すぐには、この言葉の真相は判らない。


「じゃあな。また会おう。どのみち俺達はいつかまた会わなければならないんだから」

「おい、ダンケルク! 今のは一体どういう意味――くっ!?」


 少しウェイルがダンケルクの背中から視線を離したその瞬間。

 まるで煙幕でも巻いたかのように、この場は白い霧に包まれた。


「ダンケルク! 何処だ!? 今の意味はどういうことだ!?」


 いくら問うても、答えが返ってこようはずもない。

 しばらくして霧が晴れると、当然だがそこにダンケルクの姿はなかった。


「……ダンケルク……ッ!!」


 ウェイルの声は、無情にも無骨で冷たい廊下へと、こだまのように響き渡るだけであった。


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