理解出来ぬ想い
ルシカの言い放った衝撃的な言葉に、イルアリルマの時間が止まった。
「……えっ……?」
目の前で笑みを浮かべる親友は、一体何を言っているんだろう。
ルシカの言葉の一つ一つを、時間を掛けて反芻する。
自分が視力を失った原因は、幼い頃に患った病気による高熱のはずだ。
高熱の影響で生死の淵を彷徨った自分を、名も知らぬ鑑定士に助けてもらい、一命を取り留めた。
その時の後遺症だと、そう信じていた。
「あらら、リルったらまだあの病気が原因だと思っていたわけ? 笑える話ですね」
ルシカの嘲笑に、イルアリルマは混乱の極みにいた。
「あのねぇ、そもそもあの高熱自体、私が仕組んだものですよ?」
「……仕組んだ……!?」
「ええ。当時『不完全』が取り扱っていた、ちょっとばかりキツイ違法薬物を使ってね。そうして貴方を病気っぽくさせた後、貴方の感覚をいただいたってわけ」
「でも、私はすぐに治療を受けた! あの鑑定士さんのおかげで、一命を取り留めた!」
「だからさ、その鑑定士ってのが大間違い。あれはね、鑑定士ではなく――イドゥさんだから。私の恩人のイドゥさん。とっても凄い――贋作士なんだ」
「…………ッ!?」
明かされた事実に、イルアリルマは言葉を失っていた。
彼女の整った顔は悲痛に歪み、隣で見ていたフレスも心が引き裂かれそうだった。
「覚えてるかなぁ、リル。私って、昔は視力が弱かったんですよ。だから今のリルの気持ち、とてもよく判る。辛いでしょ? 辛いよねぇ。私もそうだったから。でも私は今、こうしてバッチリ目が見える。これはね――」
ルシカの言葉のその先。それは誰もが予想できた。
フレスは怒りのあまり翼を展開させていた。
「――リルから盗んだ視力なんですよ! 今でもお世話になってます!」
「許さない……!!」
フレスの腕から強烈な冷気が漏れ出して、辺りを白く包んだ。
その溢れ出る魔力に、周りにいたメルソーク会員達が凍り付く。
「リルさんが、今までどんな気持ちで暮らしてきたか、君には判らない!? 判ってるはずだ、君だって視力が弱かったんだから! どうして大切な友達に、そんな真似が出来るの!? ボクだったら絶対に出来ないよ!」
仮に状況を自分に置き換えたとして、果たして自分はギルパーニャにそんな酷いことが出来るのか。
答えは、考えるまでもなく明らかだ。
「絶対に許さないよ……!!」
周囲の冷気が、巨大な氷柱となって、空中に精製されていく。
「あれれ、これはまずいですね……」
流石のルシカも、フレスの力は想定外だったのか、思わず腰をすくませた。
フレスがルシカに向かって氷柱を打ち放とうとした――その時だった。
「――止めて、フレスさん!!」
「リルさん!?」
突然イルアリルマが、フレスを抱きついてくる。
「お願い、止めてください……っ!!」
「でもリルさん! あの人はリルさんの視力を……!!」
「それでも、止めてください!」
「ボク、許せないよ!!」
「お願いですから……止めて……!!」
「…………くっ!」
フレスは氷の柱を急速に溶かして、消滅させた。
「ありがとう、フレスさん……」
「リルさん……」
フレスが攻撃を止めた理由。
それはイルアリルマが涙を流していたからだ。
「どうして……」
フレスにはその理由が理解出来ない。
悲しさ、悔しさからの涙なら判る。
だが、だとしたら今の攻撃を止めるだろうか。
「リルさんはあの人に裏切られたんだよ!? それに大切な感覚まで奪われて! そこまでされたのに、許せるって言うの!?」
怒鳴るフレスに対し、イルアリルマはとても穏やかな表情で、こう言った。
「だって、ルシカは――親友、ですから……!!」
「そんな、何言ってんの!? あの人が親友!?」
「…………」
イルアリルマの言葉には、当のルシカすら言葉を挟めないでいた。
「はい。ルシカは私の大切な親友です」
「視覚も触覚も奪われたのに!?」
「そうです。それでも親友なんです。私が辛い時、常に一緒にいて励まし続けてくれた、大切な親友なんです」
「……ボクには判らないよ……」
フレスは拳を握りしめる。
力を込めすぎて爪が皮膚に食い込むほどに。
「ボクには判らない! どうしてそこまで!」
「……フレスさんだって、そういう方がいらっしゃるんじゃないんですか……?」
「…………ッ!!」
フレスは過去、自分の目の前で大切な親友を失ったことがある。
そしてフレスは、未だに大切な親友を失うことになった元凶を、ずっと恨み続けている。
だから、こうして簡単に許容してしまえるイルアリルマのことが全然理解出来なかった。
「おかしいよ、そんなの! 裏切られたことをそんなに簡単に!!」
「正直言って、まだ今の話を本当だと信じられないんです。でももし本当ならば許すことは出来ません。それでも、私は嬉しかったんですよ。誰もが私を落ちこぼれだと蔑む中、優しく声を掛けてくれたことを」
「私は、貴方から感覚を奪った事へのちょっとした罪悪感と、あんまりにも不憫で滑稽だった貴方に、仕方なく声を掛けてあげただけです。親切だと友情だとか、そんな気持ちは一切ありません」
変な勘違いをするなと、堪らずルシカが口を挟んできた。
「それでもです。理由は何だっていいんです。大切なのは、そのことで私は本当に救われたって事実だけですから」
「…………!!」
その言葉に、ルシカは絶句していた。
罪を犯したのに、その被害者が咎めてこない。むしろ守ってくれた。
そんな奇妙な状況に、ルシカは今一体何を思い、何を考えているのだろうか。
フレスには想像すらつかなかった。
――そんな時であった。




