偽りの友情
「……どうして……? どういうことなの……?」
未だ混乱の渦中にいるイルアリルマ。
ここまで狼狽えた彼女の姿を、フレスは見たことがなかったが、それも仕方ない状況。
「えっと、ルシカさんだよね。ここ、これから奴隷オークションが開催されるんだ。ボク達はプロ鑑定士として、その奴隷オークションを止めないといけないんだ」
「あら、そうなんですか? それはご苦労様です」
「ルシカさんはさっき、これから仕事があるって言っていたよね。ここでお仕事? だとしたら一体どんなお仕事なのかな?」
訝しげな目をするフレスの質問に対し、ルシカはう~んと唸って首を傾けた。
「仕事の内容は、リル達とあんまり変わんないかな~。奴隷オークションを潰しに来たんですから」
「……じゃあ、ボクらの味方なの?」
「味方? う~ん、それもちょっと違うかなぁ。正直貴方達がここにいると計画の邪魔になりますし」
「ボクらに出ていけってこと?」
「そうしてもらえると助かりますね。それでも私が味方になるってことはないと思いますけど」
なんとも要領を得ない返答に、イルアリルマがしびれを切らす。
「ルシカ! 一体どういうことなんですか!? ちゃんと話してください!」
「リルさん、危ない!!」
ドンッと、フレスはリルを突き飛ばす。
次の瞬間、リルが今まで立っていた場所には、大きな穴が出来ていた。
「大丈夫!?」
「だ、大丈夫です。ですが一体何が……?」
「比喩でも何でもなく、一歩間違えば死んでいたよ……!!」
キッとフレスがルシカを睨み付けると、ルシカはニヤリと笑みを浮かべた。
「ルシカさん。状況を整理したいんだ。少しいい?」
「ええ。少しだけね」
ルシカがそう答えると、二人に向けられていた殺気が少しだけ和らいだ。
どうやら少しだけ時間を稼ぐことが出来たようだ。
「ここにいる皆はメルソーク会員なんだよね?」
「あれ? どうして知ってるんですか? メルソークのこと」
「ルシカさんはメルソーク会員なの?」
「ええ。そういうことね」
(……今のは嘘だよね)
イルアリルマを見ると、幾許か落ち着いているようだった。
彼女もプロ鑑定士の端くれだ。
いかなる状況でも、すぐさま落ち着けるように今までの経験からなっていた。
フレスが視線を向けると、イルアリルマも「嘘ですね」と呟いた。
「メルソークは奴隷オークションをやらないの?」
「貴方達が我々のオークションを潰して回ってるとシュトレーム様が仰っていましてね。ならばこちらに被害が出る前に撤退するのがいいかなって思ったんですよ」
「へぇ。じゃあ撤退しなよ。ボクらは奴隷オークションにしか用事はないんだからさ」
奴隷オークションを開催しないなら、双方にここにいる意味は無くなる。
しかしフレスは彼女の正体を解き明かさねばならない。
彼女がこの場にいるメルソーク会員らを操っているのは間違いない。
だが彼女の言葉の矛盾により、彼女がメルソーク会員でないことだけは判る。
メルソーク主催の奴隷オークションを潰すと最初に言いながら、自らがメルソーク会員であると宣言するのは、いささかおかしい。だからこそ二人は嘘だと見破ったわけだ。
ここでフレスはとある賭けに出ることにした。
「『異端児』は大変だよね。メルソークまで操ってさ」
フレス達はすでに彼らの一部と接触している。
もしかすれば何らかの反応が得られるかと思ったのだ。
だからこそ、フレスはこう言った。
「…………ッ!?」
ルシカの表情はほとんど変わらなかったが、フレスは見逃さなかった。
少しだけ、ルシカの顔がピクッとしたことを。
「へぇ、やっぱりね。ダンケルクさんやフロリアさんのお仲間が絡んでたんだ。正直メルソーク会員のことなんてどうでもいいでしょ? 目的は何?」
してやったりと、フレスがトドメを刺しに行く。
フレスの言葉は周囲のメルソーク会員の動揺をも誘い、ガヤガヤと騒ぎ始めた。
具体的な名前が出てきたこと、メルソーク会員達が騒ぎ出したことで観念したのか、ルシカは少し笑って口を開く。
「あ~あ。もう、ばらしちゃダメですよ~。私はただ、ここにいる人達を時計塔内に閉じ込めておきたかっただけだったのに~」
口調がざっくばらんに変わる。
「どういうことだ!? お前はシュトレーム総帥の命令で来たんじゃなかったのか!?」
「きっちり説明もらうぞ!」
メルソーク会員からも疑いの声が上がる。
その声に対し、ルシカはあっけらかんと答えた。
「だから、私はメルソークなんてどうだっていいの! だって私は会員じゃないですし。シュトレームを騙っただけで貴方達は簡単に騙されてくれて、本当に楽しかったです!」
ここでようやくメルソーク会員達も、自分達がこの女に騙されていたことに気が付いた。
「シュトレーム総帥の使いを装った偽物だと……!?」
「なんたる不届き者だ……!! 許せん……!!」
殺気の向かう対象は、フレス達からルシカへと移り変わる。
「あれま、これはちょっとまずいですかね?」
「どうするの、ルシカさん。逃げちゃう? 逃げられる?」
「う~ん。逃げるだけなら、まあ楽勝だと思いますよ。追っ手が何人いようともね。でも私、任務を放棄する気は全くないんですよ。自分の役割は果たします」
そしてルシカは、胸元のペンダントを取り出した。
(薄羽が入ってる……。神器だよね、あれ)
フレスにはそのペンダントが神器であることがすぐに理解出来た。
「ねぇ、リル。私のペンダント、見える? ……って見えるわけないよね」
「……ルシカ、貴方は、一体……!?」
「だから、私はそこの小さな子が言ったように『異端児』って組織の一員なの。この組織がもう楽しいんですよ。毎日愉快で愉快で。……大変なことも多いですけどね。それでも、貴方みたいな落ちこぼれエルフと遊んでいる時の、何倍も楽しい」
「ルシカ……!?」
言葉の途中から、ルシカは堰を切ったように言葉を吐き出していき、感情の洪水は濁流を生む。
「そう、そうよ、リル。貴方なんかと過ごす時間は、楽しいどころか苦痛だった。何せ私は昔から貴方のことが嫌いだったんですから! ハーフエルフで落ちこぼれの貴方のことなんて、正直どうでも良かった」
「…………ルシカ……!?」
「……そんな言い方、酷過ぎるよ……ッ!!」
あまりにも酷い言葉に、当のイルアリルマよりもフレスの方が怒りで一杯になっていた。
思わず翼すら出現しそうになる。
だがイルアリルマは、その言葉を簡単に信じることが出来ない。
「何を言ってるの、ルシカ!? 私が視力と触覚を失った時、貴方はずっと私を助けてくれたじゃない!! ずっと一緒にいてくれたじゃない!!」
「ああ、あれはね――」
ルシカは、神器のペンダントを改めて見せつけた。
「――この神器の能力で、私が貴方の感覚を奪った。それだけのことだよ?」




