リルとルシカ
―― ラインレピア西地区 ――
『音の時計塔』へ行くために、西地区へと到着したフレスとイルアリルマの二人はというと。
「あ! この地区には食べ物の屋台がたくさんある!?」
「フフフ、ここは中央地区と違って観光客向けの繁華街がメインですから。ラインレピアの食文化を知るなら、西地区が一番なんです」
「ジュルル……、なんと美味しそうな串肉……。食べたい……。ううん、でも我慢する! 今はそれどころじゃないもんね!」
なんて意気揚々と宣言しつつも、ヨダレを垂らしながらチラチラと視線をイルアリルマに向けるもんだから、流石に彼女も苦笑する。
「フレスさん、腹が減っては戦は出来ぬと言います。少しくらいなら買い食いしても大丈夫ですよ」
「いいの!? 買い食いしていいの!?」
「はい! でも、時間もあまりないから急いでください――――……って、もういない……」
許可が出た瞬間、パピューンと軽快な音を立てて、フレスは屋台へと走って行ったのだった。
「全く、フレスさんは凄いですね……。これから奴隷オークションへ乗り込むというのに」
イルアリルマは他の三人とは違い、戦闘能力は皆無に等しい。
さらに彼女には視力がないという致命的な弱点がある。
今までは自身の弱点を補いながら、卓越した聴覚と察覚だけでこれまで生きてきて、さらにプロ鑑定士にまでなることが出来た。
それは並大抵の努力では出来ないことだ。ましてやハンデを背負う者がここまで出来るのは奇跡だ。
視力がないという、ある意味プロ鑑定士として最もふさわしくない者が、こうやってプロを名乗れているのだから。
イルアリルマの努力の根源。
それは全て母を想えばこそ。
母の味わった苦しみを理解し、そして母を苦しめた連中への復讐を誓い、果たそうとする想い。
母を奴隷として売買した組織『不完全』と『リベアブラザーズ社』は、すでに潰れた。
だが彼女の戦いはいつ終わるか判らない。
こうやって奴隷オークションが開催されるたびに、イルアリルマは心が苦しくなり、そして元締めを潰そうと闘志が湧いてくる。
このアレクアテナ大陸から奴隷制度がなくなるまで、彼女は自分の能力を精一杯駆使して闘い続ける。
「……怖いけど、これから先も荒事はあるだろうし、早く慣れないと……。私はフレスさんのサポート役なんだから……!」
いつかウェイルが言った。
表に立つのは任せろ。その代り、裏方は全て任せる、と。
今回、一応フレスは護衛としてついてきた。形としてはイルアリルマ主導ということだ。
だが、イルアリルマはそうは思っていない。
自分はフレスのバックアップに付くのだと、それが適材適所であると、そう確信していた。
「……フレスさんが最高のパフォーマンスを発揮できるようにしないとね。……買い食い、まだかな……」
買い食いを勧めたのも、そういう理由からである。
「……フレス、さん?」
すれ違う人々の足音は乱雑だ。
だがイルアリルマは、明確に自分の元へと歩いてくる足音は、ほぼ完璧に察知することが出来る。
コツコツと、イルアリルマに向かって足音が近づいてくるものだから、てっきりフレスの音かと思ったけど、どうやらそうではないらしい。
(……フレスさんは、もっと足音の感覚が早い。……誰かな……?)
今度は聴覚ではなく察覚で確かめようと試みた。
しかしそれより先に、その足音の主から声が掛けられた。
「あ、あの、間違ってたらごめんなさい。もしかして貴方は――リル、じゃないですか……?」
「――えっ……!?」
聞き覚えのある声の主。
咄嗟に昔のことが脳裏に思い描かれ、そして懐かしさが込み上げてくる。
「その声……! ま、まさか、ルシカ……!?」
「そうです! 私、ルシカです! リルですよね!? うわああ、こんなところで会えるなんて! お久しぶりです~!」
「ほ、本当ですよ! まさかこんなところで会えるなんて!」
「どうなの? まだ視覚と触覚は悪いんですか?」
「……残念ながら。お医者さんの話だと、原因が不明で症状も判らないということで手の施しようがないみたいなんです。一応、幼い頃に高熱を出したことは伝えたんですけどね……」
リルは七歳の時に高熱を出して、とある鑑定士によって病院へと運ばれ、一命を取り留めた。
だがその後遺症として、視覚と触覚を失った。
イルアリルマは今もそう思っているが、彼女の主治医はそれには納得していないそうだ。
彼女はハーフエルフであるから、医者にもよく判らない点が多いと言っていたので、そういう理由なのだろうとイルアリルマも結論付けている。
今更原因を知ったところで治しようがないのなら仕方がないと。
「そっか、でも元気そうで良かった。私、リルのことずっと心配していたんだよ。鑑定士になるって言って一人で里を出て行った時は、私、後を追いかけたんだからね! たまには連絡してくれても良かったじゃないですかぁ」
「ごめんなさい、私、あんまり賢くなかったから、プロ鑑定士試験何度も落ちちゃって。目が見えないからお金もあまり稼げなかったし、連絡する時間なかったんです」
懐かしさからか、お互いの口調は昔のように砕けていく。
「今はどうなの? プロになれた?」
「おかげ様で! これもルシカのおかげです」
「何言ってるんですか! 自分の実力ですよ! 自信持って!」
「ありがとう。ルシカは今何をしているの?」
「私はね――」
「ただいまー、リルさんの分も買って来たよーー!!」
ルシカの言葉を遮るように、フレスが返ってきた。
両手には巨大な鳥の足が握られており、口の周りはすでにタレまみれになっている。
「焼き鳥を買って来たんだ~。ほら、リルさんもどうぞ! ……って、あれ? この人、誰?」
フレスの視線がルシカへと向かう。
「この人――といってもエルフなんですけどね。私の親友のルシカです。ここで偶然ばったり出会ってしまいまして」
「へぇ! ルシカさんって言うんだ。リルさんの友達なんだ!」
「はい。ルシカと言います。貴方は?」
「ボク、フレスって言います。プロ鑑定士やってます!」
「こんなに小さいのにプロですか!? 凄いですね!?」
「それほどでも……あるけどね! えへん!」
鼻の穴広げて胸を張るフレスだが、両手に焼鳥、口元はタレまみれなので全く威厳がない。
「リル。この子、なんだか面白いですね。同じ仕事仲間?」
「そうなんです。これから仕事に向かうところで」
「そっかぁ、じゃあ引き留めて邪魔だったね、ごめん」
「そんなことないですって! 久しぶりにルシカに会えて嬉しかったんですから。これからはたまに連絡を取り合いましょう? またルシカとお話したいです」
「私も! またじっくりお話しようね。もうしばらくラインレピアにいるから。じゃあ私もこれから仕事あるから、またね!」
「はい!」
ルシカは人目なんて気にせず、大きく手を振って、ここから去っていった。
「仲良しなんだ」
「はい。以前話したと思いますけど、私はハーフエルフでして。だから純エルフからは落ちこぼれ扱いされて虐げられていたんです。でも、ルシカだけは私の事を、種族ではなく一人の存在として扱ってくれて。だからとても仲がいいんです。彼女には感謝してもしきれないくらい」
「そっかぁ! あの人、いい人なんだ!」
「だから人じゃなくてエルフですよ。フフフ」
本当に仲良しであったのだろう。
久々の再会に、さっきからイルアリルアの頬は緩みっぱなしだ。
「出会ったのはいつなの?」
「もうずっとずっと前ですね。私の目がまだ見えた頃からの付き合いですから」
「そうなんだ。その時は、今とはある意味反対の状態でした。私とルシカはたぶん同じ苦しみを知ってるからこそ、仲が良かったのだと思います」
「反対の状態? 同じ苦しみ?」
「実はルシカも、幼い頃は目が悪かったんですよ。彼女は治療で視力を取り戻しましたけど。だからルシカは私が視力を失った時も、私に色々と良くしてくれたんです。視力のない苦しさを知っているから」
「そう、だったんだ……」
その後も、ルシカのことを語るイルアリルマの顔は、終始笑顔だった。
しかしこれから二人が向かうのは、楽しいという感情には程遠い、薄暗い場所。
久しぶりの再会に、幾許かの緊張も和らげたイルアリルマは、ルシカとの再会と言う新たな楽しみを糧に、奮起して時計塔へと向かうのだった。
――もっとも、その再会が楽しいものになるとは限らない。
――――
――
「……そっかぁ、リルってば、まだ気が付いていなかったんだ!」
一人になったルシカは、そう呟いてほくそ笑む。
「リルって本当に優しい子だよね……。――ホント、馬鹿みたい」




