裏オークションの存在
それからウェイルは、持っている情報を全てアムステリアに話した。
「――ということがあったわけだ」
「ふーん、なるほどねぇ。サスデルセルの事件は『不完全』が真珠胎児を手に入れるためにした可能性があると。さらにこの都市で開かれるオークションに真珠胎児のレプリカが出品され、その中には本物が混ざっているという噂があると。噂話に妙な広告、最後に神父の殺害事件」
アムステリアはウェイルが話した内容を、紙にメモしていく。
「偶然にしては出来すぎているわね。間違いなく『不完全』が裏にいる」
「奴らは何をする気なんだ?」
「さあね、そこまでは分からないわ。ただ確実に言える事は二つ。一つはサスデルセルの事件は間違いなく真珠胎児を入手するためにやったということ。これは過去、他の教会を利用して同様の事件を起こしたことがあるわ。手口も全く同じ。その時はプロ鑑定士協会にバレなかったけどね」
「以前にもあったのか!?」
「ええ。私が現役時代にね。あ、私は関わっていないから安心して?」
「そういう事件は嫌いだって、以前から言っていたもんな」
「寝つきの悪くなるような事件には関わらない主義なの。それより気になるのは神父の殺され方ね。心臓と目を繰り抜くなんて趣味の悪い殺し方をするのは、私の知る限り『不完全』でも一人しかいないわ。あのバカの犯行に違いない」
「心当たりがあるのか」
「ええ。それと二つ目。この噂話と広告は嘘ね」
「……嘘だと? お前が言うに奴らは真珠胎児を本当に入手したのだろう?」
「被害の状況を聞くに、入手はしたのは間違いないでしょうね。でも――」
アムステリアはクルクルと器用にペンを回して、答えた。
「――オークションには出品しない」
少し予想外の答えだった。
「オークションに出品しない? ただ収集したいだけだったということか?」
「いーえ、違うわ。『不完全』が収集するには、真珠胎児は入手難度が低すぎる。誰も興味を持たないわ」
違法品の真珠胎児すら入手難度が低いという。
『不完全』という組織は、普段からどれほど違法品を扱っているのだろうか。
「なら、どうするんだ?」
「普通のオークションではなく――裏オークションを利用するの」
「……やはり裏か」
――裏オークション。
一般的なオークションとは違い、違法品ばかりを取り扱う闇のオークションの事を、鑑定士達の間ではそう呼ばれている。
「この都市では毎年何度か裏オークションが開催されている。当然プロ鑑定士協会に悟られないようにね。そこでは表の世界では手に入らない違法品が大量に取引される。もちろん価格は尋常じゃなく高額。それでも新たなコレクションを求めて参加する物好きは多いわ」
違法品を専門にコレクションしている富豪も少なくないと聞く。
この世で最も腐った連中だとウェイルは思っている。
「間違いなく真珠胎児は裏で取引されるわね。そっちの方が儲かるでしょうし安全だから。広告のオークションハウス『ベガディアル』で行われるオークションは単なる囮、もしくは小遣い稼ぎ程度なものかしらね。今頃は嘘の噂が広まって盛り上がっているのかしら」
ウェイルもこのマリアステルで裏オークションが開催されているという噂自体は知っていた。
しかしその頻度が毎年、それもいくつもあるとは思ってもいなかった。
プロ鑑定士協会本部があるこのマリアステルであるにも関わらずだ。
完全に奴らに舐められているとしか思えない。
「オークションは近いうちに行われるはずね。そうね。私がこの犯行を行うなら――」
「「――表のオークションと同じ時間に開催する」」
ウェイルとアムステリア、二人の声が見事に重なった。
「アムステリア、俺は『不完全』を止めたいんだ。協力してくれないか?」
「なに水臭いこと言ってるの、ウェイル。協力するに決まっているでしょ! 貴方と私の仲じゃない」
アムステリアはウェイルにウインクを投げかけた。
味方になるとこれほど頼りになる奴はいない。ウェイルはそう確信した。
「あーっ!! それ、ボクのセリフ!!」
「黙ってな小娘!! その皮引ん剥いて挽いてソーセージにするぞ!?」
「ううぇえええええ、ボクもう帰りたいよぉ……!!」
(……味方だよな……?)
ウェイルが深く嘆息した時、激しく扉を叩く音が部屋に響いた。
「誰かしら?」
アムステリアが扉を開けると、そこには血相を変えたエリクが立っていた。
「アムステリア様、ウェイル様はおいでですか!?」
「えぇ、いるわよ」
「何があった!?」
エリクがここまで来たということは、真珠胎児絡みで何かしらの動きがあったに違いない。
「先程『不完全』と思われる者達がオークションハウス『ベガディアル』に真珠胎児を出品しに来たようです。今サグマール様は他の鑑定士と共にオークション会場へと向かいました。ウェイル様も至急向かってください!」
待っていましたと言わんばかりに、ウェイルとフレスは頷きあった。
「フレス、アムステリア、俺達もオークション会場へ行くぞ! 奴らの面を拝むチャンスだ!!」
「がってん、師匠!」
「了解。でもウェイル。もし奴らを見つけても、決して手は出さないで。奴らはまだ何もしていないのだから」
『不完全』は表向き、まだ犯罪を犯していない。
だからこちらもまだ何もすることは出来ない。
「判っている。言っただろ? 面を拝むチャンスだってな!」
「フフッ、ならいいわ。だけど奴らが出品したのはさっきでしょ? 今から行っても間に合わないかも知れないわ」
ここはマリアステルの郊外。
オークションハウス『ベガディアル』は都市の中心部にデカデカと構えている。
これから全力で走っていっても、奴らの姿を拝めるかどうか判らない。
「お三方、是非これをお使い下さい」
エリクが差し出したのは、彼女がここへ来るときに使ったであろう神器『重力杖』。
「一本しかないので三人を持ち上げるとなると魔力の消費は大きくなりますが、それでも走るよりは早いと思います」
「重力杖か。確かにこいつなら間に合いそうだ」
神器の力で重力を曲げ、空を飛ぶ。
こうすれば最短距離を最速で移動できる。
「魔力が必要ならボクに任せてよ!」
「え……? お弟子さんが……!?」
魔力供給役をフレスが買って出たのが意外だったのか、エリクは目を丸くしている。
「たぶんボクが一番魔力を持ってるからね」
「そうだな。フレス、頼む」
「うん!」
フレスが杖を握ると、紫色の光が空に向かって伸びていく。
「ねぇ、ウェイル、ボクに抱きついてよ!」
「……は!? 抱きつく!? アンタにウェイルが!?」
「そうだよ? じゃないと一緒に移動できないでしょ?」
ごく平然とそんな提案をしたフレスに、異を唱えて噛み付いたアムステリア。
「別にアンタに抱きつく必要はないでしょ。アンタに抱きついた私に、ウェイルが抱きつけばいいのだから」
「嫌だよ。ボク、テリアさん苦手だもん。抱きつかれるのはウェイルがいい!」
「このクソ小娘……!! 調子こいて……!」
「ちょっと待て、お前ら! 今は喧嘩している場合じゃないだろう!? どっちでもいいじゃねーか!!」
「「よくない!」」
こういう時は息ぴったりの二人である。
「あ、あの、ちょっといいですか?」
二人がいがみ合う中、エリクがおずおずと小さく手を挙げて、ぼそっと提案した。
「フレスさんにウェイル様が抱きついた場合、アムステリア様はウェイル様に抱きつけることになるんですよ? それでいいのではありません?」
「……あ」
そんなことに気づけなかったのか、アムステリアがマヌケな声を上げると、今度はニヒヒと笑い始める。
「さ、ウェイル、早く小娘に抱きつきなさい?」
「……そう言いながら、どうして手をわきわきさせている?」
「これは『不完全』と早く戦いたいという興奮の証よ」
「手を出すなって言ったのはお前じゃないか!?」
「いいからさっさと抱きつきなさい! 間に合わなくなっても知らないわよ!」
こうしてフレスが杖を持ち、それにウェイルが抱きつき、そのウェイルにアムステリアがねっとり絡みつくという団子状態が出来上がったのだった。
「ボク、会場がどこにあるのか判らないよ」
「道案内はするさ。いくぞ!」
「お三方、どうかお気をつけ下さい。私はこのまま本部へ戻りますので」
「よし、フレス、杖に魔力を集中させろ!」
「うん! ――って、うわあああああああああああああ――――」
フレスの魔力が杖に宿った瞬間、杖は凄まじいスピードで三人を空へと送り出したのだった。
「……な、なんなんですか、今の魔力……!? ……もしかして、あの娘は……!!」




