510/763

フレスの元気づけ作戦

　二人が宿に帰ってきたのは、その日の午後十時。

「…………」

　宿に着くまで、二人は終始無言だった。

　『アレクアテナ・コイン・ヒストリー』で発生した事件後、ルーフィエを含む三人はイベント運営本部へと急いだ。

　ルーフィエが運営本部へ入ることを、何故か拒否するスタッフ達を押し切り部屋に乗り込むと、すぐさま金庫の中身を確認した。

「やられた……!!」

　ウェイルの悪い予感通り、金庫には何一つ入ってはいなかったのである。

　その時のルーフィエの表情は、見るに堪えないほどの落胆ぶりであった。

　――そしてウェイルは、異常なほどの違和感を覚えた。

　まず、どうしてここのスタッフは、関係者兼筆頭スポンサーであるはずのルーフィエの本部入場を拒んだのか。

　ＶＩＰ扱いされてもおかしくない立場の相手にである。

　それにスタッフのルーフィエを見る態度。

　カラーコインを失い落胆するルーフィエを見ても、誰一人として動揺していない。

　明らかに自分達の過失であるにも関わらず、役員や警備員達は、口では謝罪を述べている癖に、誰も彼も妙に平然としていた。

　中でも特筆しておかしいのは乗り込んだ際、その場には役員の大半が揃っていたということ。

　その誰もが何を訊ねても、その口を固く閉ざしたままであった。

　もしウェイルの推測通り、先程の『異端児』の二人がカラーコインを無理やり奪っていったのであれば、彼らが気づかぬはずもない。

　ましてやこの場にいる全員が無傷でいるという事実は、あまりにも不可解だ。

　『異端児』には、気性の荒いルシャブテがいるのだ。無差別に攻撃を仕掛けてもおかしくはないはず。

　それなのにも関わらず、被害に遭ったのはルーフィエのカラーコインだけというのは、いささか状況に無理がある。

　――そんなわけで兎にも角にも、事件現場はおかしいことだらけであった。

　結局、盗難事件ということで、ここは治安局に登場してもらい、ルーフィエとウェイル達も事情聴取に参加したのだ。

　即売会で盗まれた一枚だけならまだしも、カラーコインの全てを失ってしまったルーフィエは酷く落ち込み、今は宿の自室に一人で籠っている。

　あの落胆ぷりは、彼の護衛役を務めたウェイルの心に深く突き刺さるほどで、彼がこのままショックのあまりやけを起こさないかと心配すらさせるほどだ。

「……ルーフェエさんには申し訳ないことしちゃったね……」

　沈黙を破り、ぼそりと呟くフレス。

「……ああ、俺達がついていながらな……」

　昨日まではあれほど忙しかったというのに、唐突に出来てしまった暇な時間に、二人は再びしばし沈黙したまま過ごしていた。

「……ルーフィエさん、元気出して欲しいね」

「……ああ」

（……でも、ボクはウェイルにも元気を出して欲しいよ……）

　目の前で硬貨を奪われ、さらに自分の先輩が敵側についていた。

　ルーフィエの受けたショックと同等かそれ以上に、ウェイルだってショックを受けているはず。

　何せ机の上に置きっぱなしの『セルク・ブログ』も、今のウェイルには興味の対象にすらなっていない。

　あの一見クールに見えて、実は好奇心の塊であるウェイルがである。

　その姿が、フレスには心配でならなかった。

　フレスがそんな心配をしていることなど露知らず、ウェイルはベッドに身を投げて、ぼんやりと天井を眺めていた。

（ボクがウェイルを元気づけなくちゃ。でないと何も始まらないよ……!!）

　この重苦しい空気に耐えかねて、フレスは「よしっ！」と声をあげると、ウェイルの方へとやってくる。

「ねぇ、ウェイル。気分転換にさ、リグラスホールデム（ホールデムポーカー）でもしようよ！」

　ゴソゴソとウェイルのバッグを漁って、トランプを取り出したフレス。

「……トランプか。……悪いが、今はそんな気分には――」

「ダメ！　ウェイルは気分転換しないとダメなの！」

　断ろうとしたウェイルの言葉を、フレスが遮る。

「だから気分じゃないって」

「ダメったらダメ！　ほら！　ボクがシャッフルするから、準備して!!」

　珍しくフレスの語気が荒い。やけに強引だった。

「判ったよ……。やればいいんだろ。だけど、一度だけな」

「うん！」

　渋々だがウェイルがその気になったのを見て、フレスはカードをシャッフルし始めた。