約束から解き放たれた時
「楽しみにしていただと……!?」
「ああ、そうさ。この瞬間をずっと待っていたよ」
『不完全』が潰れたと聞いたときから、燻り続けた怨嗟の炎。
それをぶつけるべき相手が、今目の前にいる。
「お前、言っていたじゃないか。俺達に個人的な恨みがあると。あのな、本当に殺したいほどの恨みがあるんだったら、俺達を見逃すって言葉は出てこないのさ。何せ身体が勝手に動いてしまうんだからな」
「何が言いたい……?」
「俺だって、フレスだって、今まで必死に耐えに耐えてきた。いくら仇が目の前にいても、今後の手がかりを失わないようにするため、全力で心と体を抑えつけてきた。約束という枷をつけてな。そうでもしなければ、体は勝手に敵を殺すために動いていただろう。なのにお前はどうだ? 邪魔さえしなければ見逃す? 馬鹿を言え。耐えに耐えてそんな言葉が出るなら理解できるが、お前みたいに軽々しく言っているんじゃ全く伝わらねぇよ。いいか、よく聞け。お前の恨みってのは大したことはない。しょぼすぎる。そんなんじゃ、ただのお笑い草だ」
ハハハと、ウェイルは大声を出してあざ笑う。
「……テ、テメェェェ……!! ぶち殺してやる……!! こうなりゃ任務なんざ関係ない……!! テメェの肉を切り刻み、目玉をくり抜いてやるよ……!!」
今の挑発はかなり効いたのか、ルシャブテの顔がみるみる赤くなっていく。
ウェイルの挑発は、さらに続く。
「お前は口だけか? 情けない奴だ。さっさと掛かってこい。死にたくなければ尻尾を巻いて逃げることだ」
一見冷静に挑発しているように見えるウェイル。
だが、フレスは判っていた。
ウェイルは今、猛烈に怒りに身体を任せている。
怨嗟の炎が、全身に燃え広がっている。
「来ないならこっちから行くぞ。いい加減我慢が出来ない」
ウェイルとって、奴は仇の一人。そして奴は約束した関係ない人ではない。
もう容赦する必要は、どこにもない。
「フレス」
「……うん。あいつは『不完全』の一味だったんだから。約束、大丈夫だよ」
「よし。手伝ってくれるよな?」
「当たり前だよ。ボクだって、久しぶりにブチ切れてるんだから……!!」
フレスも興奮して、蒼く輝く翼を展開させていた。
目の前で四人も惨殺された。
しかも敵は、仇敵の一人。
フレスだって、もう我慢の限界だったのだ。
「ボク達の約束は、この時の為にしたんだからね……!!」
「ああ……!!」
――二人の約束。
それは二人が初めて出会ったサスデルセルにて誓い合った『復讐に無関係な人を巻き込まない。復讐に無関係な人を殺さない』という大切な約束。
――今、この約束という枷から、二人は解き放たれた。
「クソ鑑定士がああああああああッ!! 切り刻んでやるよおおおおおおおッ!!」
十本の爪がルシャブテの意思によって、自由自在に這い回りながら、二人へと襲い掛かる。
「フレス!」
「はい、師匠! うらあああっ!!」
フレスはウェイルの前に立つと、超巨大なツララを出現させ、それをルシャブテへ打ち放った。
神器で強化された爪とはいえ、所詮は爪。
フレスの魔力を帯びた氷山のようなツララに、到底太刀打ちできるはずもない。
「くっ……!!」
爪でのツララの破壊は無理だと判断したルシャブテは、大きく跳躍してツララを回避した。
だがその行動は、すでにウェイル達にはお見通し。
「もう一発ッ!!」
「何っ!?」
目の前に迫ったツララで前方が見えなかったのが災いした。
フレス達の次の一手を見ることが出来なかったルシャブテの前には、すでに飛翔していたフレスがスタンバイしていて、新たなツララを撃ち放つ準備をしていたのだ。
「君、死んで御詫びしなよ」
フレスが冷たい声でそう呟くと、もう一度巨大なツララを精製して打ち放った。
今度は空中、避けることすら敵わない。
――しかし。
「――『炎舞』、『拡散』!!」
その声が響くと共に、フレスと、そしてルシャブテの目前で強烈な爆発が起こる。
今の爆発によって、ルシャブテはツララの軌道範囲外へと飛ばされた。
フレスもこのままでは地面に叩きつけられるだろう。
「何が起こって……!?」
爆発を直に受けたフレス本人が、一番驚いたに違いない。
「フレス!」
爆発に巻き込まれ吹き飛ばされたフレスを、ウェイルが何とかキャッチ。
「大丈夫か!?」
「うん。平気」
爆発に巻き込まれたというのにピンピンしているのは、流石は龍と言わざるを得ない。
「それよりウェイル! あっちから魔力反応があったよ!」
突如ツララに爆発が起きた。
その爆発の影響によって、ルシャブテはツララに衝突することなく命拾いした。
これまでの戦闘経験から察するに、ルシャブテ本人が起こした爆発とは考えにくい。
とすれば考えられることは一つ。他に仲間がいるということだ。
フレスの視線の先を、ウェイルも追う。
周囲はツララの冷気に包まれて視界が悪かったが、それもしばらくするうちに晴れていく。
そこでウェイルが見たのは、かつての同志だった人間だった。
「よぉ、後輩。久しぶりだな」
「……ダンケルク……!?」
その名を口にするのは何年振りだろうか。
ウェイル達の視線の先で苦笑を浮かべていた中年の男は、かつてのウェイルの同僚であり、先輩でもあった元プロ鑑定士、ダンケルクであった。




