『アレクアテナ・コイン・ヒストリー』イベント会場本部にて
――集中祝福週間 五日目 『アレクアテナ・コイン・ヒストリー』イベント会場。
セントラル地区で開催された大イベント『アレクアテナ・コイン・ヒストリー』の参加者は、何もウェイル達だけではない。
そう、先程フレスが見かけたこの二人も、当イベントの参加者である。
「……人ごみは嫌いだと言っていたのに、なんで俺達がこんなところに……。人選間違ってんだよ」
面倒だと言わんばかりに、赤髪の男ルシャブテは、相棒に向かって悪態をつく。
そんなルシャブテに「仕事だ、我慢しろ」と、大人の解答を返したのはダンケルク。
ただでさえ目立つ髪の色をしているのに、人相まで悪いものだから、周囲はあからさまにルシャブテ達を避けていく。
同類だと思われてしまったダンケルクとしては苦笑を浮かべるしかない。
「なぁ、ダンケルク。イドゥのジジィは、どうして俺達をこんなクソイベントに寄こしたと思う?」
「さてな。今日ここに来るとある硬貨が必要になるからと言っていたが、俺にもその意図はさっぱりだ。まぁ、あの爺さんのことだ。最終目的である『三種の神器』に関係することなのだろうから、素直に指示に従えばいいさ」
「チッ、いつまでガキみてーに使いやがって」
「まだガキなんだから仕方がないだろう?」
「なんだと……? 殺されたいのか?」
ルシャブテの手に魔力光が輝き始める。
ナイフ以上の切れ味を持つ爪を出そうとしているのだ。
「止めろ、ルシャブテ。目立つな」
「テメ―が喧嘩を吹っかけてきたんだろうが」
そういうところがガキなのだと伝えれば、さらに激昂するのは目に見えるので黙っておくことに。
「はぁ……。後でいくらでもやってやるよ。ここで治安局に目をつけられるのはまずい」
「知った事か。ジジイの頼みを聞いてやる道理もない――あれは……?」
「……どうかしたのか?」
魔力光が収まっていく。
ルシャブテが、何かに意識を逸らしていた。
その視線を追うも、すでにルシャブテの視線は元通りダンケルクへ鋭く突き刺さっていた。
しかし、一瞬とはいえ意識が逸れたことが気になる。
「何かあったのか?」
「……ああ。見たことのある顔を見つけてな」
「知り合いか?」
「んなわけあるか。……憎ったらしい敵だ」
「お前が仕留めそこなった敵、となると数はあまりないな」
「黙れ。……待てよ、考えてみればテメ―の知り合いの可能性だってある」
「というと?」
「あいつ、プロ鑑定士だ」
「なるほど。ならば知り合いかも知れんな」
そう、ルシャブテがここで見たのは、ウェイルとフレス。
まさかこんなところで真珠胎児事件での仇に遭遇するとは想像もしなかった。
「そうか、あいつらもこのイベントに絡んでくるのか……。多少楽しいイベントになりそうだ」
先程までの不機嫌さはどこへやら、妙にご機嫌になったルシャブテを連れて、ダンケルクは目的の場所へと向かった。
その場所とは、『アレクアテナ・コイン・ヒストリー』イベント開催本部。
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――『アレクアテナ・コイン・ヒストリー』イベント開催本部
「カラーコインは間違いなくあるんだろうな」
「はい。ルーフィエの奴、何も知らずにノコノコと持ってきましたよ」
このイベントを仕切る幹部達が、この部屋に勢揃いしている。
イベントは開始して間もないと言うのに、幹部がこぞって一室に揃うのは異様だ。
何らかの問題が発生すれば、すぐさま対処に当たらねばならない役員達だ。
普通なら地区ごとにポイントを分けて、分散して業務に当たるはずだ。
それなのに、どうして役員達が集まっているのかというと、ここにいる全員が、秘密結社『メルソーク』のメンバーであるからだ。
「皆、判ってるな?」
「「「…………」」」
返事はない。連中にとって、沈黙こそが同意。
「この金庫内のカラーコインは、我々がありがたく頂戴させてもらう」
メルソークの立てた計画とは、大胆にもイベントそのものを主催して、ルーフィエから硬貨を奪うというものだった。
計画は思い通りに進行し、カラーコインはこうして彼らの前に集まった。
いくらルーフィエが慎重な性格とはいえ、まさか運営本部が全て敵だとは思いもしないだろうから。
「残るは最後のカラーコインだ。こいつが厄介で、これから即売会が始まり、多くの衆人環視の中、ルーフィエが手に入れることになるだろう」
ルーフィエが事前に仲間内で交渉を進めていたのは、彼らの耳にも届いている。
大勢の観衆の中、彼が手に入れたその硬貨を奪い去るのは厄介極まりない。
「……即売会を邪魔するのは難しい。だからシュトレーム総帥より、二名の助っ人をいただいた。彼らはプロレベルの鑑定力を持っているらしく、カラーコインの取得に全力を注いでくれるそうだ」
シュトレームから派遣されたというだけあって、彼らは思わず息を呑む。
この組織にとって、シュトレームの命令は絶対であり、さらに言えば間違いなどあろうとも思わない。
実際シュトレームの頭脳は、ここの誰よりも凌駕している。本物の天才であるのだ。
誰もが何一つ疑わずに信じ切ってしまう、それがシュトレームに築いてきた組織体制だ。
「さっそく紹介しよう。ダンケルク氏とルシャブテ氏だ」
司会の者に紹介されたのは、ダンケルクとルシャブテ。
もちろんこの二人はメルソークのメンバーなんかではない。
これも全てイドゥの作戦の一つであった。
『ワシがお前らを助っ人として紹介しておく。ワシの言葉は、今シュトレームの発した命令と同じ効力を持っているからな』
イドゥは作戦の前、そう言っていた。
シュトレームの記憶を根こそぎ奪ったイドゥは、彼の総帥たる所以を全て閲覧した。
故にシュトレームに成りすますことなど容易だった。
シュトレームにしか知り得ない情報流通ルートを利用し、メルソーク自体を手足の様に使い始めたのだ。
(……うさんくさそうな連中だ)
(黙ってろルシャブテ。しかし流石はイドゥだ。こうも簡単に潜入できるとはな)
イドゥ(表向きはシュトレーム)の口利きで、二人はメルソークに属する者として、ここに通され、そして連中の注目をこうして集めている。
仕事モードに入ったダンケルクが、一歩前に出て語り始める。
「我々にお任せいただければ、カラーコインは全て我らが組織の物となりましょう。そしてここのカラーコインは我々が責任を持って、シュトレーム総帥へと届けましょう」
「「おお……!!」」
メルソークメンバー達から感嘆の声が上がる。
その反応にルシャブテはチッと舌打ちするが、ダンケルクは構わず続けた。
「シュトレーム総帥より命令も授かっています。我々がカラーコインを手に入れれば当然、元の所有者と責任についての問題となる。それで貴方達に治安局の探りが入るのは困るでしょう? ですのでその所有者には消えていただきます」
「ど、どうやって!? 大衆の面前でそれが出来ないから苦労するのではないですか!? それは不可能だ!」
メンバーの一人が反論を上げる。
それに同調して、他のメンバーも少しずつ騒ぎ始めた。
周囲がざわめき始める中、ルシャブテが冷たい声で一言。
「――簡単なことじゃねえか。何も考えずに殺せばいいんだよ。面倒なことは殺した後考えればいい」
唐突に響く、あまりにも幼稚な回答に、この場にいた全員が静まり返った。
だが、その言葉には鋭さがあった。
この男ならやってのけかねない。そんな狂気が孕んでいた。
「お前らは色々と考え過ぎてんだよ。目立てば自分達の立場が悪くなるだの、治安局から目が怖いだの、イベントを成功させたいだの。疑われたくない、静かに、裏で、目立たずに、決してばれない様に、なんてつまらない考えをしてやがる。だから何も出来ないんだよ。目的が何かを忘れちまってる。目的はこのイベントを成功させることじゃなく、目的の品を奪うことだろうが」
ルシャブテから魔力光が上がる。
スラリと伸びた、刀のような爪が出現すると――
「――余計なことは何も考えず、ただこうすればいいんだよ――」
――ルシャブテはそれを大きく振りかぶって、机に向かって振り降ろした。
机は、見事に真っ二つになり、そして自重に耐えかねて崩れ落ちる。
「俺がやってやるよ。イベント中に偶然現れた気の狂った男が、同じく偶然即売会に参加していた男を切り刻んだ。痛ましい事件が起きた。そういう風にな」
クツクツと笑うルシャブテに、ダンケルク以外の者達は皆、血の気の引いた顔をしていた。
あまりの迫力に誰もが息を呑み、ルシャブテの視線が恐ろしく誰もが目を逸らす。
「皆さん、我々の指示に従ってもらえますか? カラーコインをこちらへ」
ダンケルクの声は、彼らの精神の中では救いに感じた。
突然の恐怖に、自慢の思考が働かない。
何も考えず、信じ切り、ダンケルクにカラーコインを渡してくれた。
「責任を持ってシュトレーム総帥の元へ届けてまいります。残りのカラーコインについてもお任せください」
「……はい……」
こうしてダンケルク達は、カラーコインを手にして、運営本部を去ったのだった。




