イベント控室
周囲を運河に囲まれた、セントラル広場にて、『アレクテアテナ・コイン・ヒストリー』は盛大に開催された。
様々な都市から運び込まれた、色とりどりの硬貨が会場中に展示され、観光客の興味をかっさらっていく。
中にはとても貴重なレア硬貨まで展示されており、ハクロア硬貨の原板や、リベルテ硬貨の最初版品なども展示されており、思わず「おおっ!」と声を上げる人も多数いた。
「ウェイルさん、お疲れ様です」
先にイベント会場に来ていたルーフィエに声を掛けられる。
「ああ、なんとか無事に辿り着けたよ。こんな大金を持ってると落ち着かなくてな」
「あはは、そうですな。私ですら四百万ハクロアなんて現金を持ち歩く機会は、そうないですからな。ささ、此方に控室がありますので、どうぞついてきてください」
「助かるよ」
ルーフィエの後についていって通された部屋は、イベント会場のド真ん中に設営された主催者控室。
「……主催者控室だって……? 凄いな。こんなところを貸してもらえるなんて、特別待遇もいいとこじゃないか」
「うへー! お部屋も広ーい!」
「私、このイベントのスポンサーをしておりましてな。今回は少々便宜を図っていただきました」
ルーフィエは、カラーコインの出展だけでなく、このイベントの大スポンサーでもある。
彼無くしてこのイベントの成立は有り得ないとまで言われているそうだ。
「お金持ちって、やっぱりやることが凄いねぇ」
「趣味に人生全てを捧げられるのは、一部の金持ちだけだ。俺達鑑定士は、そんな金持ちのおかげで飯を食っていけるわけだがな」
話によると、ルーフィエ専用の控室だけでなく、専用金庫から専用展示会場まで与えられているそうだ。
趣味も極めれば一芸――どころではなく、都市の観光要素に一役を担うまでになれるということだ。
「……つ、疲れた……、もうトランク置いていいよね……?」
「ええ、お嬢さんもありがとうございました」
寝不足でフラフラの中、多くの人ごみをかき分けてこの控室までたどり着いたのだ。
いくらフレスとてヘトヘトである。
現在の時刻は九時を少し過ぎたところ。
硬貨の即売会は十時からだ。
目的の売買が済むまで、大金を預かっている以上、気を抜くことはできない。
フレスはヘナヘナとトランクを抱きながら崩れ落ちているが。
「ほら、フレス。シャキッとしろ。そのトランクはルーフィエさんが硬貨を買うまでは、お前が守らなければならないんだから」
「う、うん、判ってるよ……。でも、ボク、もう眠いよ……限界だよ……、……グ~」
「寝るんかい……」
叩き起こすことも考えたが、よくよく思い出せば、今朝方スヤスヤと眠っているフレスを起こしたのもウェイルであるので、仕方がないとそのまま休憩させることにした。
どのみち十時までやることはない。ならば時間のあるうちに身体を休ませる方が得策だ。
「ルーフィエさん。すまないがここで弟子を休ませてやっていいか? ご覧のとおり、あまり体力のない子でね」
普段のフレスが聞けば怒りかねない理由だったが、すでに夢見心地のフレスの耳には入らない。
ルーフィエも快く承諾してくれた。
「十時までゆっくりしていてくだされ。部屋の設備は自由に使っていただいて構いません。ウェイルさんも付き合うのですかな?」
「弟子を一人にするわけにはいかないし、この大金を守らねばならない。下手に外をぶらつくのは危険だし、ここにいるよ」
「そうですか、了解しました」
とは言っているが、ルーフィエは少し残念そうにしていた。
「しかし、出来れば共に珍しい硬貨の見物に行きたかったのですが……。私のコレクションにはないものも多く展示してありましてね。貴殿と硬貨について語り合うのが楽しみでしたもので」
コレクターとして、鑑定士と共に議論を重ねるのは楽しいのだとルーフィエは言う。
その気持ちは痛いほどよく判る。
お互いに知識を晒しあって、互いに知識を高めていける会話は、時を忘れて夢中になるほど楽しいものだ。
出来ればウェイルも、その会話をしてみたいと思う。
ルーフィエの話は、プロ鑑定士としても参考になる点が多い。
彼ほどの生粋のコレクターの情報には嘘が少ない。
これから硬貨を鑑定していく上で役に立つ情報ばかりだ。
「すまないな。カラーコインの件が片付くまでは、慎重になっていたい。イベントは後二日もあるんだ。是非明日から見て回ろう。付き合うよ」
「そうですな。楽しみは明日にとっておくとしましょう。それでは私は出展ブースの準備をしてきます。後は頼みますぞ」
「ああ。任せてくれ」
ルーフィエが部屋を出ていくと、ウェイルも鑑定続きで凝りに凝った身体を、うんと背伸びさせてリラックス。
弟子のすやすやとした寝息を聞きながら、時間までゆっくりしようと椅子に腰を掛けた、その時だった。
「――ウェイルよ、気が付いたか?」
寝ていたはずの我が弟子が、いつの間にかトランクの上に足を組み、ニヤリと笑っていた。
この聞き覚えのある、偉そうな口調。
「……フレス!? ……じゃないな。フレスベルグか!?」
「そうだ、我だ。久しぶりだな。と言っても、あれから三日も経ってはいないが」
ウェイルの前に突如現れたその者は、眠りに落ちたはずのフレスの身体を借りて出てきた、フレスベルグ側の人格であった。




