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龍と鑑定士 ~ 絵から出てきた美少女は実はドラゴンで、鑑定士の弟子にしてくれと頼んでくるんだが ~  作者: ふっしー
最終部 第十二章 運河都市ラインレピア編 前編『水の都と秘密結社』
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諸刃の剣

「そーれ、そーれ、しっかえっしだ~♪ そっれしっかえっしだ~♪」


 ぐちゃりと、生々しい音が歌劇ホールに響き渡る。

 叩かれた痛みの分、そのままやりかえしてやると、ティアは息巻いてシュトレームの身体を壊し続けていた。

 すでにシュトレームの意識はない。

 それどころか、シュトレームの身体は、もはやこの世の住人とは言えないほど、見るも無残な姿となっていた。


 ――しかしながら、彼はまだ生きていた。虫の息や風前の灯といった表現が相応しいほど弱々しくではあるが。


 ただ、その微かな命の灯を、無理やり維持させているのは、痛めつけているティアであった。

 ティアは無邪気な性格だ。子供と言っていい。

 だから遊ぶ時はとことん遊ぶ。それこそティアが飽きるまで、とにかく遊ぶ。

 ティアにとって、人間の命に価値などない。

 自分が楽しいか、楽しくないか、それにしか興味がない。


「あ、指が取れちゃった……。くっつけて、また取っちゃおー!」


 壊れたら自分で修復して、そしてまた壊す。

 例えばフレスは自身の持つ生命力を分け与えて、人を回復させる能力がある。

 同じ龍であるティアも、同様の能力を持っている。

 シュトレームが死ぬギリギリで回復させ、死ぬことを許さない。

 フレスとティア、どちらも同じ能力であるのに、用途は両極端だ。


「指の関節は~~、あっ、もう全部折れちゃってる! う~ん、じゃあ肋骨は……うう、全部折れてる~~……。また直して遊んじゃおっかな……?」

「嬢ちゃん、もうそこらへんにしておけ。次のこともあるし、こやつを一度ルシカの元へ連れて行かんとならん。それまでは殺せない。他のメンバーとも情報を共有しておきたいし、早めに戻るぞ」


 イドゥも流石にいたたまれなくなったのか、ティアに止めるよう告げた。

 だが、ティアはなんだか不満そうだ。


「ええーーーー!? ティア、もっと遊びたいのに!?」

「そいつの記憶が手に入れば、後は自由にすればいいさ」

「ホント!? うん、判った! ティア我慢するね!」


 ご機嫌になったティアは、ねじ切ったシュトレームの指をポイッと投げ捨てて、イドゥに向かってジャンプして抱きつく。


「わ~い、おんぶおんぶ!」

「こらこら、服に血が付くだろう。しっかり手を拭いてきなさい」

「は~い!」


 妙に素直なティアは、イドゥの指示通り、トテトテと手を洗いに行く。

 水がないので、近くにあった書物を引き裂き、紙で手を拭いている。

 そんな彼女の後ろ姿を見て、イドゥはどっと疲れた気がした。


(――諸刃の剣だな、こいつは)


 そんなことは百も承知していたことだが、それを改めて痛感する。

 こいつは笑顔で人をバラバラに出来る。

 しかも、その心に悪意は一切ない。

 この無邪気さが、イドゥにはたまらなく恐怖で、そして最高に頼れる武器であった。

 何せティアは、壊れた心と龍の魔力を合わせ持つ、最強の兵器なのだから。

 とはいえ、ティアの機嫌を損なわない様に気を使うのは、年寄りには骨が折れる。


「手、洗ったよ。おんぶおんぶ!」

「これ、あまり老いぼれに負担を掛けるでない」

「それを言ったら、ティアの方が老いぼれだも~ん! もっと労わって!」

「だったな……。なんとも複雑なことだよ」


 こうして秘密結社メルソークは、総帥であるシュトレームを知らず知らずのうちに失った。

 時計塔にいた会員達は残さずアムステリアが処理したため、他のメルソーク会員がシュトレームの拉致に気づかなかったからだ。

 さらに、シュトレームは表向き生きていることになる。


「見つけた。これがシュトレームの石だな」


 シュトレームの姿を知る会員は少ない。

 大多数が、この石を判断材料としてメンバーを見分けているはずだ。


「これからはワシがメルソークの総帥役だ。天才共の頭脳や行動力を、存分に利用せねばな」

 

 イドゥがシュトレームに制裁を下し、拉致したのは、何も頼まれたからだけではない。

 メルソークの会員証たる石の存在が分かった時、それを利用することに決めていた。

 これさえあれば、自分がメルソークを動かせる。

 さしずめメルソーク総帥の贋作といったところか。

 贋作士の自分達としては、至極真っ当なやり方かもしれない。


「次、どこいくの?」

「……少し待てよ」


 次の行先を決める前に、イドゥはピアスに魔力を込める。

 しばらくして脳内に響いてきた情報。

 その情報から、これから何が起きるかおおよその推測が出来た。


「音の時計塔か。なるほど、アムステリアの奴は全ての奴隷を解放()()のか」

「次は音の時計塔に行くんだ?」

「そうなるかもな。だが一度ルシカのところへ戻るぞ。それが()()みたいだからな。そうだ、お前の友達もそこにいる。是非会っていけばいい」

「友達? ティアにお友達がいるの?」


 同じ龍同士、知り合いだとは思うが、その関係性までは判らない。


「ニーズヘッグって知ってるか? お前さんの同族だろう? 友人じゃないのか?」

「え!? ニーちゃん!? ニーちゃんがいるの!?」

「ああ、いるぞ」

「うわぁ! 早く会いたい!」


 思いの外ティアの反応は良い。どうやら二人の仲はよろしいようで安心した。

 どうやら『不完全』時代には、二人は会わせられていないようだ。

 何らかの事情でもあったのだろうか。


「音の時計塔は確か西地区だったよな。次の計画まで少しばかり時間もあるし、ニーズヘッグと遊んでいけばいい」

「いいの!? ティア、ニーちゃんと遊んでいいの!?」

「お前達の遊ぶの基準がいまいち判らんが、人を殺さず遊ぶなら、好きなだけ遊べばいい。それに今日は頑張ったし、ご褒美に好きなものを食わせてやろう」

「ほんと!? じゃあね、ティア、くまのまるやきが食べたい!」

「そ、それは難しいな……」


 イドゥの脳内に響いた言葉により、次の行先が決定した。

 彼らが次の向かうのは、西地区にある『音の時計塔』。

 もちろん期日はいつものように『二日後』、つまりは集中祝福週間六日目だ。

 ただし、そこへ行く目的は、何故かアムステリア達と一致していた。


「ニーちゃんと遊べる……!! 嬉しいなぁ……!」


 ティアの無邪気すぎる笑顔に騙されて、イドゥは気が付かなかった。


 ――ティアの目には強烈な殺気が孕んでいたことを。


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