メルソーク会員の男
小さな太陽が扉を消滅させると、そのエネルギーの余波は風となって、辺りに突風を巻き起こした。
その暴風は室内を、まるで台風でも通り過ぎた後の様に、酷く荒らしていた。
「誰かいるの~?」
見るも無残に散らかった部屋に、ズカズカと入るティア。それにイドゥも続く。
「あ~、いたいた! 人がいた! ねぇ、生きてるー?」
そしてティアは、部屋の奥に倒れている人を発見する。
突風で壁に叩きつけられたのだろうか、壁際で苦しげに倒れていたのは、眼鏡を掛けた一人の男。
見るからに研究者の様な風体であった。
「イドゥ! 男を見つけたよ! ほら!」
「は、離せ、何をする!?」
ティアはガシっと男の腕を掴むと、ギリギリと力を加えながら、イドゥの前へ引きずっていく。
男がいくら暴れようとも、ティアは何事もないかのようにケロリと笑顔を浮かべていたが、よく見ると男の腕が真っ赤に膨れ上がっている。
どうやら男が暴れる度に、握力を強めていったようだ。
ティアの握力は、万力をも凌駕する程の力があるようで、男も途中から抜け出すことを諦めていた。
これ以上、握力を加えられたら腕が潰れてしまうのは、傍から見ても明白である。
引きずられてきた男を見下し、イドゥは問う。
「お前はメルソークの会員だな?」
「な、なんなんだ、お前らは一体!? そんなことは知らない! 俺はここで演劇の準備をしていただけだ!」
どうやらあくまでもシラを切るつもりらしい。
しかし、それは愚行と言うもの。
たった今ティアの恐ろしさを知ったばかりだと言うのに。
「メルソークの会員だというのに、案外頭が悪いんだな。お前さんは今、何をされたのだ?」
イドゥがティアに視線を送ると、ティアの目がキラキラと輝き始める。
「ティア嬢ちゃん。もしこの男を好きにしていいと言ったら、どうする?」
「好きにしていいの!? うんとね! ティアね! 切ったり剥がしたり、叩いたり焼いたりするのは飽きちゃったからね! 次はね、次はね――――――折ったり潰したりしちゃおうと思うの! どう!? 楽しそうだよね!?」
「――ひぃっ!?」
男はイドゥに問われた時、冷静を装おうとしたはずだ。
だがその意地や覚悟は、ティアの目を見て、すぐさまポッキリ折れてしまったようだ。
ティアの目。それは狂気に駆られた目だ。
男は、ティアの瞳と目が合った瞬間から、全身を戦慄に支配されていた。
ガタガタと体の震えが止まらない。
この娘なら本当にやりかねない――いや、むしろ率先してやってくると。
「いいの、いいの!? ティア、早くやりたい! やっていい!?」
「どうする? お前さんの返答次第で、この娘がご機嫌になる」
「うう……!!」
返答を間違えた瞬間、彼に待つのは死よりも酷い体験。
「ねぇ、イドゥ。いつまで待たせるのー? ティア、早く遊びたいんだけどー!」
もう我慢の限界だったのか、ティアは男の腕を握った。
「あがああああああああっ!?」
腕に込められた握力は、さっきの比ではない。
ティアは本気で壊そうとして力を込めているからだ。
握られた腕には血管が浮かび、真っ赤に染まっていく。
「早くどうするか答えてくれ。うちの嬢ちゃんはこれ以上待ってはくれないようだ」
「イドゥ、早く遊ぼーよ!」
「わ、判った! 判ったから、もう止めてくれ!」
こいつらは狂っている。狂っている相手に、交渉など出来やしない。
男はもう色々と諦めて、頭を垂れた。
「ティア、止めてやれ」
「ちぇー、つまんないのー。腕が千切れる音、また聞きたかったのにー」
本当につまらなさそうに男の腕を話すティア。
ティアは嘘や冗談をつかない。
彼女にとって、嘘や冗談でごまかさなければならない状況など、これまでに一度として経験したことがない。
嘘の吐き方なんて、知らないと言ってもいい。全て本気なのだ。
その事を心の底から理解した男は、観念して語り始めた。
「アンタの言う通り、俺はメルソークの会員だ。それで、アンタ達は何の用がある」
「簡単な話だ。俺達は『三種の神器』を奪いにやってきた」
「……そこまで知ってるのか」
嘘は通じない。この連中は、ほとんど全てを知ってここに来ていると、男は理解した。
「ワシの質問には答えた方がいい。その方がお前の身のためだ」
「……判った」
「『三種の神器』について、知っていることを話せ」
「……『三種の神器』の一つ、『心破剣ケルキューレ』はこのラインレピアに眠っている。そしてそのケルキューレを封印しているのが、時の時計塔を中心とした時計塔だ」
「なるほど。それでお前らの総帥は、ケルキューレにを手に入れようと時計塔を借り切ったということか」
「ああ、そうさ」
「総帥ってのは、どんな奴だ?」
「実は俺も数回程度にしか会ったことはない。大半のメルソーク会員は総帥の姿を知らないからな。だが正直な話、俺は奴が好きじゃない」
「数回しか会ったことない癖に嫌いなのか?」
「一度会えば判るさ。俺と同じ感想を抱く奴も多い。とにかく気味の悪い男だからな。趣味は女の絶叫を聞くことだと言っていた。そのために奴隷オークションを開催して女を競り落としたり、飽きた女を売り捌いたりしている。奴隷商売自体、俺は全く興味がないし、とにかく奴のやることは鼻につく」
「……ふん。まさか敵と同感を覚えるとはな。話を聞くだけで胸糞が悪くなる」
少し話してみたが、この男、やはり頭は良い。
頭の切り替えの早さは、さすがメルソーク会員と言ったところ。
しかも総帥であるシュトレームと何度か会っているという。
ある程度の幹部以上でないと、面会すら許されないだろうから、この男の持つ情報は信頼できる。
「もうどうでもいいか。どうせ上の連中は全員死んでるんだろ?」
「すまないな。そういう計画だった」
「別にいいさ。なら計画は失敗に終わるだろうし、全部話してやるよ」
それから男は、異常なほど素直に語り始めた。




