偶然ばったりフロリアちゃん
「お、お前はフロリア!? どうしてこんなところに……!? い、いや、ラインレピアに行くと言ってたから、あながち偶然ではないのか……?」
メイド服こそ来ていないものの、そこにいたのは間違いなくフロリアであった。
クマと連呼していたのは、やはりと言うか龍であるニーズヘッグだったようだ。
「あれ、ウェイル!? 何でこの宿にいるの!? もしかして……私のストーカーしてる!? ……って、あのウェイルさん? 冗談ですけど?」
今回のウェイルの行動は迅速だった。
さっと身体を引いて、ナイフに手を掛けて、フロリアがいつ、どう動いても対応できるような態勢をとった。
「ニーズヘッグ……!?」
「……やっほー、フレス……」
「何がやっほーだ……!!」
虚ろな目を浮かべて、やんわりと手を振ってくるニーズヘッグに対し、フレスは拳を机に叩きつけて、ニーズヘッグを睨み返した。
「ウェイル、ちょっと、物騒だって!? 言ったでしょ!? 次やり合う時は敵としてあった時って! 今は敵じゃないから!」
「信用できるか! お前は『異端児』って連中の仲間なんだろ? 今お前がここにいるということは、その仲間だって近くにいるということだろ。いるならさっさと出てこい……!!」
周囲の客が騒然とする中、ナイフを握る手に魔力を込めたウェイル。
いつでも『氷龍王の牙』を展開できる状態だ。
「ちょーっと! 違うってばー! 確かに『異端児』の連中とは会っていたけどさ! 今は別行動してるんだって!」
「だから信頼できないって言ってんだろ……! フレス、気を抜くな! こいつらは『不完全』を潰した連中だ!」
「大丈夫だよ、ウェイル。ボクはいつでもこいつを殺れるから……!!」
フレスの冷気によって、既に周囲の温度は氷点下にまで達している。
机の上に置かれた水が凍りついているほどだ。
フレスから溢れる冷気と殺気はただ事じゃない。
そしてその殺気は、全てニーズヘッグにのみ向いている。
周囲の客も、何事かと固唾を飲んで見守っていた。
「ウェイル……フレス……、違う……。話を……聞いて……なの」
「そうだよ! 全部話すから! 本当に私が今個人行動を取っていることを証明するからさ!」
仕方ないとばかりに、フロリアは恥ずかしげもなく、胸元へ仕舞っていたとある本を取り出して、机の上に置いた。
「これを持って、他の連中から逃げてきたんだよ。多分もうバレてるだろうし、今更戻り辛いしさ」
「……これは何だ?」
ウェイルは一旦ナイフから手を離すと、フレスに一度視線を送り、そしてその本を手に取った。
フレスは相変わらず、激しい冷気と殺気をニーズヘッグに向けたままだ。
手に取った本は、フロリアの体温で少し生暖かったが、周囲の冷気に、すぐさま冷たくなっていく。
だが、その本の表紙を見たウェイルは、思わず肝まで冷やしてしまうことになる。
「お、おい、フロリア!? お前、なんてもん持って来てんだ!?」
「あ、やっぱりウェイル、それ知ってんだ。たぶん本物だよ?」
フロリアが持っていた本。
それはアレクアテナ大陸全土で知らぬ者はいないとまで言われた、超有名芸術家の日記。
「それはね。オークション会場から持ち出した――『セルク・ブログ』だよ」




