フレスはやっぱりフレスだった
「さて、フレスの奴、鍵を預かった瞬間に部屋に向かったということは、――多分やってるな」
フレスが待つであろう部屋に入る前に、ウェイルは部屋の扉を少しだけ開けて、こっそり中を覗いてみた。
「にゃははは! ベッドふかふか~! すっごく跳ねる~!!」
「……やっぱりな」
純粋な感想を述べると、フレスはやっぱりフレスだということだ。
ルーフィエが企むような関係になるのは、やっぱり難しそうである。
「フレス、そろそろ止めようか」
「うぇ、ウェイル!? いつの間に!?」
扉を開けると、フレスは驚き固まってしまった。
「いつから見てたの!?」
「そうだな。お前がベッドに飛び乗って、ぴょんぴょんジャンプし始めた時か」
「そ、それってほとんど最初からじゃない!?」
ふかふかのベッドがあれば、フレスは遊ばずにはいられない。
枕があれば投げずにはいられない。
ベッドでトランポリンや一人枕投げで大はしゃぎ、しかもそれがバレて固まっている弟子の姿を見るのは、なんとも情けなくなる。
……きっとルーフィエの妻は、こんなことをしなかっただろう。
「お、怒ってるよね……?」
投げようと振り上げた枕を抱きしめながら、ウルウルと涙ぐんでいる。
お約束の展開と光景に、怒りと言うよりも、呆れの方が強い。
「安心したよ。フレスはやっぱりフレスだ」
「それどういう意味!?」
「そのままの意味だよ」
やっぱり、いつも通りのフレスは、妙に安心する。
―――●○●○●○――
「ねぇ、ウェイル。お仕事って、明日からだよね?」
「ああ。ルーフィエ氏も、今日一日はゆっくりしてくれと言ってくれたからな」
「ゆっくりするの?」
なんて言いつつ、期待の視線を送ってくるフレスに、思わず苦笑い。
「するわけないだろ。さ、外へ遊びに行くぞ」
「待ってました! 流石は師匠!」
「現金な奴だ。まあ折角ラインレピアに来たんだ。観光しないのは損だからな」
「うんうん! じゃあ早速行こうよ! 美味しい食べ物がボク達を待っている!」
「クマの丸焼きはないがな」
「――!?」
「驚きすぎだって……」
何も顔を青ざめることはないだろう。
「これだけ大きい都市なのに!?」
「どれだけ大きい都市に行ってもないと思うぞ……?」
という二人にとってのお約束のやり取りの後、二人が向かったのは、運河都市ラインレピア中央区域『セントラル』。
広大なラインレピアの中心であるこの地区は、競売都市マリアステルに勝るとも劣らぬ活気を見せていた。
表の大通りから、隙間の裏路地まで、至る所で出店が出ており、商売をする声で溢れていた。
ただマリアステルと大きく違うのが、その出店の内容だ。
マリアステルは競売都市故に、言ってしまえば何でも売っている。
宝石から芸術品、食料品に土産物。衣服に靴に、とにかく何でも揃っている。
しかしながら、この都市の出店の傾向は、一極化していた。
「……美味しそうな匂いが全くしないよ……」
「そうだろうな」
「ねぇ、ウェイル。もしかしてラインレピアの出店って、全部こんな感じなのかな……?」
「少しは例外もあるだろうが、まあ大抵こんな感じだな」
折角ラインレピアの都市巡りを始めたというのに、フレスの表情は暗い。
宿を出た時からお腹をキューキュー鳴らすフレスは、大通りに並ぶ出店のラインナップを見てブーブー文句を垂れていた。
その理由はというと――
「――食べ物屋が全く無いぃぃぃぃぃっ!?」
そう、フレスの楽しみの一つである買い食いが一切出来ないほど、食べ物を売っている店が少なかったのだ。
「芸術の都だからな。仕方ないだろ」
出店の大半は、芸術品や美術品の販売であったわけだ。
「へぇ、絵画や彫刻だけでなく、金細工や宝石加工まで……。お、メガネや時計専門の出店まであるぞ? こりゃ興味深い」
また、販売だけではなく、その場で絵画を書いてくれたりだとか、金属を加工してアクセサリを作ってくれたりだとか、そう言った出店も数多い。
そんなラインナップの出店に、ウェイルは柄にもなく興奮していた。
鑑定士だけでなく、芸術に精通する者であれば、誰もが興奮する光景である。
今頃硬貨コレクターのルーフィエ氏も、興奮の渦中にいるかも知れない。
ただ唯一、フレスだけは興奮どころか不満たらたらである。
「ウェイル! 食べ物屋を探すよ!!」
「ちょっと待て、俺はあの時計屋を見ていきたいんだが」
「ダメ! ボク、もう我慢できないんだから! お昼ご飯どころか朝ご飯だって、まともに食べていないんだよ!?」
朝日の光景に興奮して忘れていたと思っていたが、ちゃっかり覚えていたようだ。
汽車を降りて宿を探してと妙に忙しく、その間に食事を摂る暇が無かったのだ。
「心配するな、俺だって腹は空いているんだ。飯は食いに行くって。だが、少しだけあの時計を見させてくれよ」
「ダメッたらダメ! ウェイルってば、一回時計を見始めたら長いでしょ!? 仕事でもないのに勝手に鑑定始めちゃって、贋作だったら怒るくせに! いつもそれで時間掛かるでしょ!?」
「……うっ」
職業柄、つい無意識に鑑定してしまう癖があるウェイル。
しかもその鑑定は、きっちりとやってしまうものだから、結構な時間を要することが多い。
その間、フレスは待ちぼうけを喰らうことが多々あるのだ。
「時計は後でね! さあさあ、先にご飯だよ!」
「わ、判ったから引っ張るなってば! ……あ、あれはもしやリアネックスの限定エメラルドコーティング!? 興味深い……――って、痛い、痛いって! 耳を引っ張るな、フレス!」
「鑑定は後で! 職業病だよ、ウェイル~!」
そんなわけで、珍しくフレスがウェイルの手綱を握る形で、二人は昼の食事へと向かったのだった。
セントラルにそびえる時計塔の鐘が鳴り響く。
荘厳なる鐘の音は、ラインレピアの平和を祈りながら、正午の時を告げたのだった。




