嫌な予感はラインレピアへ
「ウェイル、また出たよ。聞き覚えのある名前がさ」
「……だな」
アムステリア達が言っていた、奴隷オークションを開催するという容疑のかかった秘密組織。
そんな危険な組織の名前が、再び話題に上った。
嫌な予感というのが、現実味を帯びてくる。
「メルソークがどうしたんだ? 今回のイベントに関わっていると言うのか?」
「判りません。ただラインレピアに住んでいる硬貨マニア仲間から聞いたのです。此度の祝福週間中に、連中は何かを起こそうとしているのだと」
「何かを……?」
それが一体何のことか。
おそらくルーフィエも、この件については噂程度にしか聞いておらず、これ以上の情報も持ち合わせてはいないだろう。
ウェイル達は、メルソークが奴隷オークションを開催する可能性があるということだけを知っている。
故にその何かとは奴隷オークションのことなのだろうかと一応の推測は出来たものの、何か引っかかることがある。
「そのお願いとは、メルソークの連中から硬貨を守れってことか?」
「ええ。あくまで噂ですし、メルソーク自体、存在が疑わしい組織です。私は噂に過剰反応しているだけかも知れませんが、万が一を考慮いたしまして」
「いや、その反応は正しい。万が一ってことは、起きる可能性はあるということだからな」
ますます嫌な予感がプンプンする。
事前にアムステリア達から話を聞いていた影響も大きいが、それ以上にフレスの顔が気になっていた。
フレスはメルソークという組織は昔からあったと言った。
組織の存在を断言しているフレスが、妙に不安げな顔なのだ。
師匠として、弟子の微妙な変化を見逃すわけにはいかない。
「よし。その依頼、引き受けるよ。なぁ、フレス」
「……うん。ボクも気になるからさ」
「ありがとうございます。それと実は、もう一つだけお願いがあるのです」
「もう一つ?」
「実は先日、常連限定に配布される今年のパンフレットにですね。興味深い硬貨が載っておりましてな。これをご覧くだされ」
ルーフィエはそそくさとパンフレットを取り出すと、しおりを挟んだページを開いて、二人の前に広げた。
「ここをご覧ください」
ルーフィエが指さした記事。
そこには、博覧会に展示される硬貨のイラストと、説明が載っていた。
「どれどれ……」
「うむむむ……」
ウェイルとフレスの二人は、顔がぶつかりそうになるほどパンフレットに近づいて、記事をしげしげと読んでみた。
――すると。
「なっ――!?」
「偶然にしては出来過ぎだよねぇ……」
メルソークのことに驚いていた二人が、さらに驚くようなことが、そこにあった。
何せそこには、たった今談義していたばかりのカラーコインのことが書かれていたからだ。
「……色は……茶色か」
「書かれている模様や文字も、多分同じモノっぽいよね」
茶色の硬貨は、ここにはない。
となれば、この硬貨が欠けている音階である最後の『ラ』の硬貨である可能性は高い。
「このカラーコイン。私が思うに、このサウンドコインシリーズの最後の一枚だと思うのです。最初この記事を見た時は驚きましたよ。まさか私の持つ硬貨と似たようなものが存在するのかと。そして思ったのです。この硬貨も是非コレクションに加えたいと」
全て揃っていると思っていたシリーズ物の中に、実はまだ持っていない代物が存在した。
欠番となった穴を埋めたいと思うのがコレクター魂である。
その気持ちは、ウェイルにも痛いほどよく判る。
「この硬貨が神器と判っていても、私のコレクター魂は収まりそうにないのです。ウェイルさん。依頼をお願いしたい。是非私についてきて、カラーコインの警備と、そしてこの硬貨を手に入れる手助けをして欲しいのです。資金ならばいくらでも出せますし、いかなる交渉の場にも立つつもりでいます。しかし、専属のプロ鑑定士がいるといないとじゃ、交渉の進み安さが全然違う。こんなことを頼めるのは、このカラーコインにお詳しいウェイルさんにおいて他にはいません。お願いできませんか?」
ルーフィエは、ここぞと頭を下げてきた。
「ルーフィエさん、頭を上げてくれよ」
ルーフィエにはこれまで、幾度となく待ってもらった。
正直な話、ウェイルは彼に恩義すら感じていたのだ。
「大丈夫だ。俺が貴方の依頼を断るわけがない」
「本当ですか?」
「ああ。他ならぬ貴方の頼みだ。むしろこちらから同行をお願いしたいくらいだよ」
最後のカラーコインが現れた可能性があるというのだ。
ここまで乗りかかった船であるし、相当な時間を掛けて鑑定してきた案件だ。
ウェイルとしても、事の次第が気になる。
茶色『ラ』の音を持つカラーコインに、ウェイル自身が興味を持っていたのだ。
だからこの依頼は、むしろありがたいほどだった。例えどんな事件が待っていようとだ。
「この硬貨の案件、俺はプロ鑑定士として最後まで責任を持つ。だから共に行かせてくれ」
「ウェイルさん……。承知しました。出発は早い方がいい。明日の朝早く、マリアステル駅でお待ちしております」
「判ったよ。フレス、お前はどうする?」
「勿論行くに決まってるよ。気になることもあるしさ」
「決定ですね。それではお二人とも、明日からよろしくお願いします」
そう告げると、ルーフィエは帰って行った。
「行先はラインレピアかぁ。なんだかラインレピアに縁があるね」
「……だな」
しかしまさか次の行先が、ラインレピアになるとは思いもしなかった。
「まあ何事も起きないことを祈るしかないか」
「どうだろうね。ウェイルってば巻き込まれ体質なところあるから。多分また何か起こるよ? ここまで妙な偶然が重なってるしさ」
「そんな不吉なこと言うなよ」
(しかし、ある意味ではチャンスか)
イルアリルマの言っていた奴隷オークション、その元凶であるメルソークのことが、今はかなり気になるし、『異端児』という厄介材料もある。
まとめて片をつけるならば、一石二鳥と考えられなくもない。
「ささ、ウェイル、早く準備しようよ! ボク、お弁当作っちゃうよ!」
「……お前は楽しそうで羨ましいよ」
「楽しみなのは楽しみだよ。だってお祭りだもん! ……でもね、同時に不安だってあるんだよ。だってさ、メルソークだって『異端児』だって、結局はあれが狙いだと思うもん。嫌な予感がするよ」
「ああ。俺だってそれが気がかりだ。――『三種の神器』が、また絡んでくるのだろうか……?」
「嫌な予感が当たっちゃったらね」
二人の不安は、結局のところ、これに集約する。
カラーコインを巡る旅。
それは必然とでも言うかのようにアムステリア達や『異端児』、そしてメルソークのいるであろう運河都市『ラインレピア』へと、二人を向かわせることになり、そして――。
「でも、お祭りは楽しむよ! ウェイル! 早く準備してよ!」
「お前も手伝えよ。それと俺の部屋のドアを直すの手伝ってくれ……」
――二人の嫌な予感は、またしても的中することになったのだった。




