プロ鑑定士協会本部
「うわぁ! 近くで見ると本当に高いね!」
食事を終えたウェイルとフレスは、マリアステルの中心であるプロ鑑定士協会本部へとやってきていた。
「外見もでかいが内部も半端じゃなく広い。正直なところ、俺でさえ未だに迷うことがある。絶対に俺から離れるなよ」
「うん!」
ウェイルは扉の前の受付に名を告げ、入場の申請を行う。
それが済むと大きな扉が開いて中へと通されたが、今度はまた別の受付があり、そこでも入場の申請を行った。
慣れてなければ、げんなりするほど面倒な入場申請であるが、これには事情がある。
ここには世界中から情報が集まる。
この情報を売るだけで一生遊んで暮らせる、という嘘の様な本当の情報が、平然と取り扱われている。
したがって情報の漏洩や盗難を防ぐべく、本部内に入るには厳しい入場審査に通らなければならない。
ウェイルはプロ鑑定士なので、これでも比較的簡単な受付だけで済むのだが、今回はフレスを連れている為、入場許可を得るのにやたら時間が掛かった。
ちなみにプロ鑑定士やその弟子、施設職員以外の入場となると、持ち物検査は勿論、身体検査まで行う。
「フレス、あっちで身体検査を受けてこい」
「ええ!? 身体検査!? 絶対に受けなきゃならないの!?」
「ああ。いいか、絶対に翼は出すなよ?」
「判ってるよ……緊張する……」
いくらウェイルの弟子とはいえ、まだ正式に弟子と申請を出していないため、こればかりは回避できない。
フレスは身体検査のため、別室に移動し、ウェイルは検査が終るまで待っていた。
龍だとバレてしまわないかという懸念もあったが、おそらくは大丈夫だろう。
翼は普段見えないし、翼を出すほどフレスが興奮する内容などないはずだ。
そうこう考えている内、トボトボと足取りを重くしたフレスが帰ってきた。
「うう~……!!」
フレスは顔を耳まで真っ赤にして、目には涙を浮かべている。
「どうした?」
「どうしたもこうしたもないよ!!」
一体何に怒っているのか、最初は判らなかったが、フレスが自分の服を指差した瞬間、おおよその見当がついた。
「ウェイル! やっぱり翼用の穴、恥ずかしいよっ!! 検査中ずっと「この穴はなんなんだ」って、聞かれ続けたんだよ!? 本当のことは言えないから、仕方なく「暑いからです」って答えたの! そしたら検査官達は「なんだこいつ変態か」みたいな目をボクに向けたんだ!! 許せないよ!! ボクは変態じゃないもん!!」
なるほど。確かに暑いから服に穴を開けているだなんて、変態に思われても仕方ない。とにかく顔から火が出るほど恥ずかしかったということだろう。
「そりゃ、難儀だったな」
「難儀ってもんじゃないよ、全く!!」
「わかったわかった。この後お前の新しい服を買いに行こう。それで機嫌直せよ。それに今回お前を俺の正式な弟子として協会に申請するから、次からは身体検査はなくなる」
「本当?」
「ああ、本当だ。お前は俺の弟子だろう?」
「うん! 弟子!」
物で釣れる単純な奴である。フレスの機嫌はもう元に戻ったみたいだ。
思えばウェイルは、これまで誰かの機嫌取りなどほとんどしたことがない。
そんな自分が龍の機嫌を取っているなんて、面白い話だと思った。
「さあ、入るぞ」
身体検査や受付等含め、三重にもなっていた申請許可をようやく得て、ついにプロ鑑定士協会本部へと入場した。
「――うわぁ!!」
中に入った瞬間、フレスが驚いて声を上げた。
無理もない。初めてこの光景を見たものは皆そうなる。
入場してすぐの大ホールは、見るものを圧倒させるモニュメントと巨大な本棚で来場者を歓迎する。
モニュメント――題名『虫眼鏡と魔法杖』。
大きな虫眼鏡と魔法の杖を象ったモニュメントで、『リンネ・ネフェル』というセルクと並んで有名な彫刻家の作品である。
巨大な本棚――――通称『アカシックレコード』。
過去に存在した技術・美術品・芸術品の情報、偉人や神話に関する情報、教会関係の情報と、人間が行ってきた歴史の全てが記されている書物の数々が、何十メートルもあろうかという、巨大な本棚に収納されている。
ここで手に入らない情報はない。そう例えられるこの本棚は、当然そんなわけはないのだが、あながちウソとも言えない。
少なくともパッと思いつく程度の疑問は、探す手間こそかかるものの、ほとんどの場合は解答を見つけ出せるほどの情報量だ。
これ以上の情報となると、図書館都市シルヴァンという都市にあるアレクアテナ大陸最大の図書館『シルヴァニア・ライブラリー』まで足を運ぶ必要がある。
天井までは吹き抜けでと天窓から太陽光を取り入れている。
棚はジャンル別に分けられており、また本を取り易くする為、至る所に渡り廊下が張り巡らされていた。
天窓から降り注ぐ光と、渡り廊下で出来る影のコントラストは美しく、この光景そのものが芸術品だという鑑定士までいるくらいだ。
「広いよ、広すぎるよ! モニュメントも本棚も大きすぎるよ!」
――バサァッ……。
思わず翼を出してしまったフレスの気持ちが判らぬわけではない。
それほどまでに広く高く、そして圧倒される光景だった。
「おい、フレス。翼隠せ」
「あっ、うん!」
あまりの広さにウェイルですら迷う。これは決して冗談ではないのだ。
「それで今からどこに行くの? ボクは早く屋上へ行きたいんだけど」
「待て、事件の報告が優先だって言っただろ? ここから少し歩いたところに知り合いの部屋がある。そこに行こうと思う」
「ここを歩き回るの? よく皆疲れないね。ボクは龍だから平気だけど、鑑定士さんってお年寄りも多いんでしょ? 大変じゃないの?」
「そうだな。年寄って言っても、お前よりは年下だが」
フレスの心配はもっともで、ここは年寄りでなくても移動は大変だ。
天井までも高すぎる吹き抜けが通っているが、横に広がる通路だって並みの長さじゃない。
通路の先なんて見えないくらいだ。とにかく遠い。
「確かに、普通に歩くのは結構しんどい。だがら当然、移動対策はある」
「どういうこと?」
「いいか、フレス。ここはプロの鑑定士協会本部だ。だから珍しい神器だってたくさんあるんだよ。これを見ろ」
ウェイルは壁に立て掛けられていた、先端に水晶のような石が付いた杖を手に取った。
その杖の先からは微かに光が伸びている。フレスにも杖を渡してやった。
「お前も使ってみろ」
「これ? キレイな水晶がついてるね。あれ、ちょっと光ってる。もしかして魔力光?」
「そうだ。これは水晶じゃなくて『重力晶』という鉱石でな。重力を捻じ曲げる力を持っているんだ。そしてこの重力晶を取り付けたこの杖を『重力杖』と呼ぶ」
「へぇ、どうやって使うの?」
「重力晶から光が伸びてるだろ? それを進みたい方角へ向けて、魔力を込めてみろ」
「えっと、こう?」
フレスが杖に魔力を込めた瞬間。
「……え……? う、うわぁぁぁぁぁ~~~~!?」
あっという間に姿が見えなくなり、そして――
「ぎゃあああああ!?」
――通路の奥から、大きい衝突音と悲鳴が響いてきたのだった。
「今から操作のコツを教えようと思っていたのに、せっかちな奴だ」
「ウェイルが魔力を込めてみろって言ったんでしょ!?」
「流石は龍だ。あんなに遠くにいるのにこの声が聞こえているのか。地獄耳だな」
「うるさいよ!?」
今度はウェイルが重力杖に魔力を込めると、先程のフレスと同様に廊下を高速で移動し始めた。
そして目的地に到着する少し前辺りから、重力杖の先端から出ている光の線を、移動してきた方向へと向ける。
すると徐々にスピードが緩まり、丁度フレスが倒れている目前で停止した。
「おい、フレス。大丈夫か?」
「大丈夫なわけないでしょ! でっかいタンコブ出来ちゃったよ」
「流石は龍だ。その程度で済むとは身体も丈夫だな」
「うるさいよ!? ……って、二回も言わせないでよ!!」
フレスが涙目で手をぶんぶん回し、ウェイルをポカポカと殴る姿はなんとも微笑ましい。
「おい、痛いって。悪かった、悪かったよ。今から使い方を教えるから。どうだ? 今移動した感覚、何か感じなかったか?」
「ウェイルのバカ! 次変なこと言ったら許さないからね!! ……今の感覚? どこかで経験したような……?」
普通の人間であれば、この感覚を経験することは少ないだろう。
だがフレスならあるはずだ。何せその背中には美しい翼があるのだから。
「あ、わかった! 空から落っこちる感覚にそっくりだよ!」
「まさにそれだ。さっきも説明したが、この重力杖は重力を捻じ曲げる神器なんだよ。この杖の先端から出ている光の方向に重力を曲げるんだ。重力の強さは杖に込める魔力によって変わる。だから止まる時は、この光の線を来た方と逆に向けて、魔力を強めればいい。まあ慣れが必要だけどな」
「へぇ。じゃあもう一度やってみるよ!」
試してみようと、フレスは杖を握り魔力を込めた。
「おい、待て。目的地はここだ」
「――うわぁぁぁぁぁ~~~~!! それを先に行ってよ~~~~~~!! ぎゃあああああ!?」
「遅かったか。……はぁ……」
「ため息つきたいのはボクの方なんだけど!」
相変わらずの地獄耳である。




