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龍と鑑定士 ~ 絵から出てきた美少女は実はドラゴンで、鑑定士の弟子にしてくれと頼んでくるんだが ~  作者: ふっしー
最終部 第十二章 運河都市ラインレピア編 前編『水の都と秘密結社』
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おかえり、フレス

「このコインがねぇ。どっかで見たことがあるような……」


 フレスベルグは、ひょいと青い硬貨を掴んで、しげしげと眺めている。


「そういえば前にもそんなこと言ってたな」

「うむ。我は確かにこの硬貨に見覚えがあるはずなのだ」

「フレスとお前、どちらかが見たということじゃないのか?」

「我とフレスの記憶は共有だと話しただろう? ……だがまあ、フレスが見たとは思うんだが」

「……どういうことなんだよ……。お前の記憶のこと、よく教えてくれ」


 フレスとフレスベルグの記憶の話は、いまいち要領を得ない。

 ついでだ。ここで詳しく聞いておいた方が後々の為でもある。


「我らの記憶は、巨大な図書館だと思っていい。我々が見たり経験したりした記憶と言う本を、一つの図書館に保存していく。お互いに持ち寄った情報という本を、お互いが自由に閲覧できる。その図書館にはお互いの情報が詰まっている」

「なるほどな。だがお前らは微妙に記憶の範囲に差異があるよな? それは何故だ?」

「記憶の図書館は広大なのだ。どこにどの本を置いたかなんて、置いた本人しか判らないだろう? またジャンルもそうだ。例えばフレスは絵本が好きだとする。だから棚には絵本ばかりを、自分の好きなタイトルを好きな順番に入れていく。だが我は全く絵本に興味がない。興味がないのだから、本は目の前にあったとしても、タイトルも知らないし、順番だって知る由もない。読もうとすら思わないからな」

「……なるほど。なんとなくお前らの関係が読めてきたぞ……」


 同じ記憶を持ちつつも、それぞれの得意分野、好きなジャンルで棚や引き出しがあって、あまりお互いには干渉しない。

 だからこそフレスとフレスベルグは、ここまで性格が違うのだとも言える。


「同じ記憶と言う図書館に、二人が住んでいると言えば判りやすいか?」

「ああ。よく判ったよ」


 多重人格とは簡単に言えばこういうことなのだろう。


「話を戻そう。つまりこのカラーコインの情報は、フレス側が知っているということだな?」

「知っているというより、記憶を引き出せる、だな」

「フレスはいつ出てこれる?」

「さあな。精神的なダメージはもうない。出てこようと思ったらいつでも出てこれるだろう。まあ、あいつとて急に出てくるのは恥ずかしいのさ。何かのきっかけがあればすぐに――」


 そこまで言った拍子の出来事。


「――あっ」


 ウェイルとの会話に夢中になっていたフレスベルグが、思わず握っていたコインをスルリと滑らせてコインを落としてしまう。


「――馬鹿……っ!!」


 無情にも宙に舞うコイン。

 ウェイルが手を伸ばしたが、それはもう間に合わなかった。


 ――……キンッ……。


 机の上にコインが落下して、甲高い金属音が鳴る。


「ば、馬鹿! 大事な鑑定品だぞ!! ほら、ルーフィエさんに謝れ!!」


 鑑定士が鑑定品を傷つけるなど言語道断。絶対にやってはならない失態だ。


「すまない、ルーフィエさん……!」

「い、いや、別に問題ないですぞ。ウェイルさんも頭を上げてくだされ」

「そんなわけには……」


 ウェイルが謝罪をする中、コインを落としてしまった当人は、何故だかピクリとも動かない。

 少しばかり様子が変だ。


「おい、フレス!? 何をボーっと突っ立って――――!?」


 何やらフレスの挙動がおかしい。

 それはまるで唐突に意識を失ったような感じで。


「ふ、フレス? 一体どうしたんだ……?」


 ウェイルがフレスの肩に手を置くと、フレスがポツリと呟いた。


「……思い出した」

「……フレス?」


 声の波長が、少し違うことに気が付く。


「ボク、思い出したよ。このコインの事……!!」


「……ボク? ……まさか……!?」

 

 ――この一人称は、もしかして。


 ウェイルはフレスの肩をがっしりと持って、クルリと回転させると、フレスの顔を覗き込んだ。


「フレス! お前!? 元に戻ったのか!?」

「ウェイル! ボク、このコインが何なのか、思い出したよ!!」


 フレスの目を見てみる。

 そこにあるのは、ウェイルのよく知る、酷く純粋無垢な自分の弟子の瞳だった。


「コインのことは後だ! フレス! お前、元に戻ったんだな!?」

「えっと……、うん。ただいま帰りました、師匠。――――って、うわっ!?」


 グイっと引っ張られ、視界は真っ暗になったが、そこには落ち着くいい香りがあった。


「ちょ、ちょっと、ウェイル!? 突然どうしたの!?」

「本当にフレスなんだよな!?」

「そうだけど! ウェイル、痛いって!」

「馬鹿。心配、したんだぞ……」

「う、うん……。ごめんね、ウェイル」


 ウェイルは、無意識のうちに、これでもかというほどフレスを強く抱きしめていた。

 自分には出来ないとさえ思っていた。自分以外の誰かを、ここまで心配することを。

 強気ばかり見せつけてきた自分が、この一瞬だけ、素直になれた気がした。


「心配掛けやがって、このバカ弟子……」

「うん、うん……!!」


 フレスの身体に、最愛の愛弟子が戻ってきた。

 ルーフィエがいることをそっちのけで、ウェイルは再会に喜び、そしてこっそりと涙したのだった。


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