旧時代のカラーコイン
時間を少し遡って、ここは競売都市マリアステル。
カラーコインの所有者である硬貨コレクターのルーフィエ氏が、ウェイルの元へ訪れていた。
「お久しぶりですな、ウェイルさん」
「本当に久しぶりだ」
自室の有様(扉は破壊され、廊下はガラスの破片まみれ)で客人を迎えるわけにはいかなかったので、急遽場所を変更してルーフィエ氏を迎えることになった。
ちなみにその場所と言うのが、この何も置かれていない殺風景な部屋――フレスの私室である。
「今日ほどフレスがプロ鑑定士になって良かったと思った日はないな」
「ウェイルに部屋を貸す為にプロになったたわけじゃないんだがな」
プロ鑑定士試験に合格したフレスは、正式に私室を与えられていた。
もっとも一人でいることが退屈で苦手という、超が付くほど寂しがり屋なフレスのこと。
その私室をほとんど使うことなく、未だウェイルの部屋から離れようとはしなかったため、綺麗なまま残っていた。
ルーフィエを迎えるのに丁度良かったので、ある意味助かったとも言える。
「今日はどうしたんだ?」
唐突過ぎる訪問に、正直ウェイルも面を喰らっているのが本音である。
とはいえ彼の来訪の理由は、なんとなくだが判っていた。
「少しばかりカラーコインの鑑定の結果が気になりましてね」
「そ、そりゃそうだよな……」
やはりというべきか、むしろ訪問してくる理由はこれしかない。
以前託されたカラーコインの鑑定結果を、訊ねに来たというわけだ。
ウェイルとしては、非常に困る質問だった。
何せあのカラーコイン。預かってから相当な時間が経っているのに、その実態をほとんど解明できずにいたからだ。
「……実は……」
ルーフィエ氏には、長いこと待ってもらっている立場だ。
鑑定がまだ済んでいないということを、正直に言うのは気が引ける。
しかし現状を伝えねばならないのも事実であるので、ウェイルにしては珍しく苦笑いを浮かべていた。
「そのことについては謝らねばならない」
そう言ってウェイルは立ち上がると、部屋の金庫から持参したカラーコインを出して、机の上に丁寧に並べた。
「正直に言う。このカラーコインの鑑定は想像を絶する難しさだった。そのため、まだ鑑定を終えていない」
「……ふむ」
カラーコインを預かってから、大きな事件に立て続けに巻き込まれたという運の悪さもある。
しかしそんなことを鑑定を終えられなかった理由にするのは、いささかプロとしての意識が欠けていると認めるようなもの。
だからウェイルは正直に話し始めた。
「鑑定を終えられなかったのは俺の実力不足が原因だ。申し訳ないと思っている。だがいくつか判ったことはある。このカラーコインは、おそらくだが旧時代の産物だ」
「旧時代ですと!?」
旧時代の芸術品だったとは、ルーフィエも想定していなかったのだろうか。目を丸くしている。
「それは間違いないのですかな……?」
「ああ、おそらくな。俺達はこのカラーコインの材質や塗料を研究した。材質はおそらく真銀。だが真銀は現代の硬貨にも使われることはある」
「でしたら、どこで旧時代のモノと判断したのですかな?」
ウェイルは赤い硬貨を指さした。
「この刻まれている模様だ。この模様だが、一見イラストに見えるが、実は文字になっている」
「……文字ですか。旧時代の?」
「その通り。俺達は図書館都市シルヴァンへ赴いて第二閲覧規制書物を調べた。そこで発見したんだ。この硬貨に描かれていた文字をな」
「なんと! わざわざシルヴァンにまで調べに!?」
「どうしてもこの模様が気になったんでな。硬貨に関する詳しい書物は、シルヴァニア・ライブラリ―に行けば星の数ほどある。正解もそこにあると睨んだわけだ」
「ククク、その分見つけるのが大変だったと、フレスが嘆いていたぞ?」
「ああ。こき使ったよ」
空を飛べるということで、まさか雑用を全て任される羽目になるとは、フレスも思ってもみなかったのだろうか。
まるで他人事のように(実際人格が違うので他人と言えば他人かも知れないが)、フレスベルグはクククと笑っていた。
「シルヴァニア・ライブラリーで調べたのならば、間違いはなさそうですな。……流石ですな、ウェイル殿」
まさか模様を調べるためだけに、遠いシルヴァンまで行っていたとは思わなかったのだろう。
ウェイルのプロ鑑定士としての意識に、改めて敬意を払うルーフィエだった。
……ウェイルとしては、完全解明できなかった時点で、敬意を払ってもらうのはなんだか悪いと思っていたが。
「そしてとある事実が判明した。この文字は、旧フェルタリアで用いられていた文字だとな」
――旧フェルタリア。
神器の精製で右に出る都市はないとされた、旧時代最高の技術文明都市である。
「旧フェルタリアで製造された硬貨だということが判ったわけだ。無論旧時代のことだから、この硬貨の製造記録などは何処にもなかったから、確証は得られないがな」
「……これが……!」
「俺も旧時代の代物と判った時は驚いたし、同時に興奮したよ」
「判ります。コレクターとしてロマンを感じざるを得ませんよ」
まさかルーフィエも、このカラーコインがそれほど古い代物だとは夢にも思っていなかったはずだ。
本日、彼は驚いてばかりである。




