『異端児』集結
「オークションはダメだ。心臓に悪い」
――というルシャブテたっての希望で、オークションの開始時間まで外で待つこととなった。
ダンケルクもオークション内でアノエと合流したということで、メンバーの大半は集まった。
目的のオークションまで、残り一時間。
流石にそろそろ全員集合してもおかしくない時間帯である。
「るーしゃ、暇ぁ……」
スメラギは狙った品をことごとく他人に競り落とされて、ショックで心此処にあらずといった様子。
むすーっと頬を膨らませて不機嫌さを出しながらも、ルシャブテの腕に餅のようにベタベタくっついていた。
「いい加減離れろ、暑苦しい」
たちの悪いことに、この餅は一度くっつくと、ちょっとやそっとじゃ離れてくれない。
ルシャブテもだいぶ諦めの御様子である。
「ねぇねぇ、暇ならさ。時間つぶしにトランプでもしていようか? リグラスホールデムでもしてさ」
暇つぶしなら自分の出番と言わんばかりにササっとトランプを取り出すリーダー。
その姿にルシカも頭を抱える。
「あのですね、リーダー。少しは緊張感を持ってください。本番はもう一時間後なんですよ?」
「緊張感? そんなもの持ってても1ハクロアの得にもならないでしょ。僕には必要ないよ。それよりもトランプ!」
リーダーはトランプを束ねると器用にシャッフルし始めた。
「俺はやらん」
「ええー、ルシャブテ、やろうよ~!」
「知るか。勝手にやってろ」
「えー、いいじゃん、ルーシャってばー!」
「その呼び方は止めろ。お前に言われると鳥肌が立つ」
リーダーの奔放さに嫌気が差したのか、ルシャブテはフンとそっぽを向く。
「子供みたいだよ? ルシャブテ」
「黙れ。お前にだけは言われたくない」
だがそっぽを向いた先には、もっと面倒くさい女がいた。
「るーしゃ。ねぇ、るーしゃってば」
腕から感じる柔らかい感覚。
寄生虫のように抱きついて離れないスメラギが、自分の名前を無駄に可愛らしく連呼していた。
わざと胸を押し当てているのだろう。餅の例えも、いわばこの柔らかみからの比喩でもある。
毎度おなじみの展開ゆえ、もはやスメラギの胸に価値を見いだせなくなっているルシャブテは、いい加減うんざりしていた。
「スメラギ、いい加減離れろ」
「私の胸、嫌い?」
「ああ、嫌いだ。もうとっくに飽きている。とっとと離れろ」
「むむ……! ……お断り!」
幾度となく繰り返して求めてきた注文だが、未だ聞き届けられたことはない。
スメラギはすでに半分ルシャブテの腕に成り果てている模様。
「るーしゃ、るーしゃ」
「……なんだ? ……ってか何度も言うが、るーしゃは止めろ」
応じてやらねば永遠にその不本意な愛称を呼ばれ続ける事になるだろう。
ルシャブテは仕方なく応じてやる。
「トランプ、する? しよう?」
「しない」
「どうして?」
「やる気がない。どうしてもやりたきゃリーダーとやれ」
「リーダーと? そんなの、断固絶対お断り!」
「……スメラギ。僕、今結構傷ついたよ?」
「大丈夫です。リーダーには私がついていますから! ね!」
スメラギに完全拒否されて落ち込むリーダー。
如何に形だけの『リーダー』とはいえ、あまりにも皆から慕われていないのがルシカの涙を誘う。
「――暇ならオークションにでも参加すればいい。ここはそういう場だろう?」
そんな場に、凛とした声が響いた。
「その声は――アノエ!?」
自分の背丈よりも大きい剣を背負った女アノエが、ダンケルクと共に歩いてきていた。
「アノエ、もう皆来てるよ?」
「イドゥとフロリアがいない。皆じゃない。それに暇ならオークションに出ろ」
正しいことを、端的に。
これがアノエの喋り方だ。
「そうなんだけどさ。特に欲しいものがなくてね」
「そうか。なら私に新しい剣を購入してくれ」
剣の話をする時だけ、アノエははしゃいでいるように見える。
普段の顔はあまりにも無表情すぎる。
整った顔をしているのに勿体ないなぁと、常々ルシカは思っていた。
「アノエ。貴方すでに百本以上も持っているじゃない。まだ足りないの?」
「剣は何本持っていようと足りる事はない。全部用途が違うから」
「全部切るだけでしょ……」
ポツリと本音を呟いてしまったルシカ。
しかしルシカはすぐにそれを後悔することになる。
「いくらルシカとはいえ、その言葉は聞き捨てならない。剣を愚弄することは万死に値する。切る」
「えええええ!? 今のでもダメなの!?」
眉をひそめている。本気で怒っている証拠だ。
アノエは心の底から剣を愛している。
だから剣を馬鹿にするような言葉は『異端児』内では禁句なのである。
「ちょっとアノエ、落ち着いて!? こんなところで剣を振るわないで!? 目立つでしょ!? 危ないでしょ!?」
「問答無用。謝罪の言葉があるまで、私は剣を鞘に納めるつもりはない」
「ねー、ルシカ。トランプしようよ」
「リーダーも状況を見て話しかけてくれますか!?」
「謝罪を要求する」
「トランプやろうよ~」
方や子供の様に駄々っ子、方や視線だけで人を斬れそうな殺気を発する女剣士に囲まれて、ルシカも頭の痛いこと。
「あー、もう判った! ごめん、アノエ! 私が悪かった! 謝る! それとリーダー、トランプはやりません!」
まるで漫才のようなやり取りをする奇抜な衣装の二人に囲まれたルシカは、半ばやけくそにその場の収拾に努める事に。
「周りの目が痛い……」
「お前も苦労するな」
「ダンケルクさんだけですよ。私の気持ちを分かってくれるのは……」
周囲の冷たく黄色い視線が、容赦なくルシカを貫いていた。
「お~い、みんな~~」
そんな彼女を助けるように――はたまた更に窮地に追い込む可能性も否定は出来ないが――現段階では助け舟であろう声が、例の問題児の声が高らかに聞こえてきた。
「おひさ、ルシカ。アノエも元気そうで何より。あ、ルシャブテにスメラギも。やっほー……って、ふぎゃああっ!?」
しかしそんな呑気な声は、皆の拳によって黙らされることとなる。
「……イテテテテ、どうして皆で頭を殴るのさ……」
ウウウと、うっとおしい泣き真似をするのは、フリフリのメイド服を着た女。
「君が前回の作戦に参加しなかったからだよ、フロリア!」
「別にサボって参加しなかったわけじゃないのに……。それとリーダー、久しぶり」
「全く、本当に久しぶりだね。でもフロリア、君はイドゥと合流する予定じゃなかったの?」
「その予定だったんだけどね。ちょーっち今回のオークションには参加したくなってねー、ウヒヒヒ」
「悪いこと考えている笑い声だねぇ。それでこそ異端だね。……さて、イドゥは別行動だから、これで『異端児』全員が揃ったのかな?」
フロリアと、それについてきたニーズヘッグを含んで、ここに『異端児』が集結したのだった。




