恋のオークション騒ぎ
毎年多くの観光客が訪れるこのラインレピアには、観光客をターゲットにしたオークションハウスが多数存在する。
観光客は財布の紐が緩く、こぞってお金を落としたがる。
その為、ラインレピアのオークションハウスは、他都市と比べて平均落札金額が高い傾向にある。
大人気で中々手に入らない土産も、オークションによって競り落とされることが多い。
むしろ土産は全てオークションにて手に入れるという観光客すらいるほどだ。
そんな需要に応えて、オークションハウス側も商品の取引というよりは、競売を楽しんでもらう方向に趣を置いていて、各々工夫を凝らした競売方法を行っている。
そういうわけで、このラインレピアはマリアステルほどではないにしても、オークションの人気が高く取引総額もマリアステルに次ぐほどであった。
先程の三人組、リーダー、ダンケルク、アノエは、このラインレピア最大のオークションハウス、『マブリード・オークション』にやってきていた。
このオークションハウスの名前は、ラインレピア出身の大物芸術家、仮面製作師マブリュアにあやかっている。
この都市で最大というだけあり、オークションハウス規模も非常に大きく、オークション会場も18ホールもあり、日々盛大に取引が行われている。
観光客で賑やかな中央ホール内に、これまた一際目立つ集団がいる。
「フフフ」
「ちょっと、リーダー! 人前で意味もなくフフフと笑うのは止めてくれ――――って、会場内でも目立っちゃっているじゃないですか!? ……って、さっきと同じ会話してますよー!?」
「ちょっとルシカ、あんまり騒ぐと目立っちゃうよ。恥ずかしい」
「リーダーにだけは言われたくないですって!!」
「……はぁ、お前ら、少しは静かにしろ」
「ほらルシカ、ダンケルクが君に呆れてるよ?」
「リーダーにもですよ!! お前らって言ったでしょ!?」
なんて騒ぐ三人を見る周囲の視線はとても奇異なものであったが、結局、それにも気づかず、ブーブーとリーダーに文句を垂れるルシカ。
この中で唯一常識人のダンケルクは、またもや嘆息したのだった。
「目的のオークションはどこだ?」
「えーっと、ちょっと待ってくださいね。パンフレットを見ますから」
買ったばかりのパンフレットを開いて、アノエは目的のオークションを確認する。
「あ、ありましたよ。13番オークション会場にて……――……二時間後に……」
「長いなぁ、もう……」
待つのはうんざりだと嘆息するリーダー。
「俺は会場内で寝てる。オークションが始まったら起こせ」
そう言ってダンケルクは一人会場へと入っていった。
「僕らはどうする?」
「う~ん、ルシャブテ達と早いところ合流したいところなんですけど……」
最初の連絡では、会場に直に来る予定と聞いた。
ただ詳しい待ち合わせ場所や時間等の打ち合わせはしていない。
「仕方ないですね。ちょっと私、探してみます」
「うん。お願い」
ルシカは人間ではない。珍しい純粋なエルフ族である。
エルフ族は人間にはない感覚『察覚』と『魅覚』を生まれつき持っている。
「じゃあ、スメラギの魅力を探しますか!」
ルシカは目を閉じて、右手で首から下げたペンダントを握った。
「…………」
しばらく、と言っても三十秒ほどだろうか。
「わかりました。もうこのオークションハウスには来てますね」
「どこにいるの?」
「勝手にオークションに参加して楽しんでますよ」
「なら僕らも行こうか。どうせ暇だし」
「ですね。会場は7番オークションです」
――●○●○●○――
そんなわけで、ルシャブテ達と合流した二人は。
「やぁ、お二人とも。オークションは順調かい?」
「別に俺はオークションになんて興味はないんだがな」
そっけない態度のルシャブテに対し、その隣で座っていたスメラギはというと。
「……絶対に落とす……! あのミスリルの指輪、絶対、落とす……!」
と、鼻息を荒くして張り切っていた。
「スメラギ、なんであれが欲しいの? 欲しければ自分で作ればいいじゃない?」
自分たちは贋作士なのだ。大抵のものであれば再現できる。
そうルシカは言いたかったのだが、どうやらスメラギにとっては意味合いが違うらしい。
「それはダメ。だってあれ、婚約指輪だから」
「はぁっ!?」
素っ頓狂な声を上げたのはルシャブテ。
「お前、もしかしてあの指輪……」
「うん。るーしゃとお揃いの買う」
「要らん。別に誰かにやれ」
「るーしゃ、私と結婚する?」
「するわけないだろ」
「そう。なら殺す。その後私も死ぬ。一人にはしない。安心して」
「……どうしてそうなるんだ……」
もはやスメラギが抱きつくことに誰も咎めるのもはいない。
むしろ日常となりつつある。
無論ルシャブテとしては我慢できることではないのだが。
「離れろ」
「嫌。こんなに愛してるのに。るーしゃひどすぎ」
「そうだよ、ルーシャ。酷いよ?」
「リーダー、てめーは口を挟むな! 後、その呼び方は止めろ!」
「ねぇ、スメラギ。あの指輪、ルシャブテじゃなくて僕にくれてもいいんだよ?」
「リーダーなんて超絶ブサイク、お断り」
「スメラギ、君の言葉は酷すぎるよ……」
オークションそっちのけで妙な漫才を繰り広げる三人に、周囲の視線も色が黄色である。
すでにこんな視線など慣れきっているルシカではあるが、ウンザリだとは思っている。
一度溜息をついた後のこと。
「……あっ」
とあることに気がついた。
「えっと、スメラギ?」
「なに? 結婚式場、探してくれるの?」
「そうじゃなくて……言いにくいんだけどさ……。指輪のオークション、もう終わっちゃってるよ」
「……え……?」
見るとオークショニアがハンマーを叩いている。
どうやら三人が変な漫才を繰り広げている間に、オークションは終了したようだ。
落札者の男がガッツポーズをしながら、周囲からの拍手に応えていた。
「……うう、リーダー、酷い……。オークション、終わっちゃった……」
「ええっ!? それすらも僕のせいなの!?」
「絶対に欲しかったのに……」
涙目となるスメラギ。
「あ、これ、リーダー死んじゃったかな?」
ささっとルシカはその場から身を退く。
「リーダー、たまにはいい仕事するじゃないか」
にやつくルシャブテが、リーダーの肩を叩く。
「……――リーダー、許さない」
「は、はは……。僕の人生、ここで終わっちゃった。後はよろしくってイドゥに伝えておいて……」
スメラギから沸き立つドス黒いオーラ。
ルシャブテのことに関するスメラギの怒りは、この世の何よりも恐ろしいのだ。
「いやいや、まだ死ぬ気はないって! ちょっとルシャブテ! 助けてよ!」
「ふん、ざまあみろ。殺されて来い」
「そんなぁ!?」
普段からリーダーにからかわれてばかりのルシャブテは、日頃の恨みを晴らせるということで、何とも嬉しそうである。
「ねぇ、スメラギ! 落ち着いて!」
リーダーを八つ裂きにすべく立ち上がったスメラギを、ルシカは震えながら止めに入る。
「ルシカ、助けるならちゃんと助けてよ……」
「私だって怖いんですって! 今だって結構頑張っているのに……! ほら、スメラギ、座って座って!」
「邪魔しないで、ルシカ。リーダー殺せない」
「殺しちゃダメでしょ、スメラギ! 一応リーダーなんだよ!?」
「一応って……」
結構心に刺さる言い方である。
「邪魔するなら、貴方も溶かしてあげる……!!」
「それだけは止めて!? 話を聞いてよ! いい話があるんだ!」
「……何?」
「あのね、スメラギ。実はこのオークションの後にね……」
ごにょごにょとルシカが耳打ちすると、スメラギの顔はパァッと晴れ渡っていく。
「うん! 私、絶対落札する!!」
「そうこなくちゃ!」
キャッキャと笑顔の二人とは反対に、その様子を見ていたルシャブテの顔には暗雲が立ち込めていた。
「ルシカの奴、一体何を吹き込みやがった……?」
「十中八九、悪い方向のことだと思うけどねぇ」
その予想は、やはりというか的中するわけで。
『それでは次の品に参ります! 出品番号23、首輪型神器『忠誠月輪』でございます! 意中のあの人に取り付ければ、その人はたちまち貴方の虜! 愛に絶対服従の奴隷となることでしょう! さあ、開始価格は九十八万ハクロアから!』
「……なっ!? なんだと……!?」
「あらあら、大変だねぇ、ルシャブテ~」
「テメェ、リーダー、何笑ってやがる!?」
さっきルシカがスメラギに耳打ちしたのはこういうことで。
「百三十万ハクロア!」
『おおっと、一気に値段がアップ! さあ他にはいらっしゃいませんか!?』
案の定、スメラギが真っ先に入札をしていた。
「や、やばいぞ……このままスメラギがあれを落札しようものなら……!!」
「まず間違いなく奴隷にされちゃうね、ルシャブテ」
「おい、リーダー! 何とか食い止める方法はないか!?」
「このオークションを潰してしまうしかないかな?」
「馬鹿野郎、そんなことしたらスメラギがあの神器を盗むだろうが!」
「それもそっか。じゃあ無理だね」
「クソ、誰かスメラギ以上に高い値段を提示してくれ……!!」
少しずつ値段の上がる中、ルシャブテは祈り続ける。
『おおっと、三百万ハクロア!! これは決まりでしょうか!?』
「……く、お金、足りない……」
結局それがハンマープライス。
ルシャブテの願いも無事に叶って、あれがスメラギの手に渡ることはなかったのだった。




