イレイズの表情
「ばくばくばくもぐもぐむしゃむしゃおかわり」
「がばがばもごもごもごがつがつがつおかわり」
「……互いによく食べるな」
「……本当ですよね。いつも食費だけで家計は火の車、財布の中は極寒ですよ」
机の上には彼女らが食べ終わった後の皿が、山のごとく積み重なっていた。
ちなみに当然ながら熊の丸焼きはメニューになく、フレスとサラーは揃ってブーブーと文句を垂れ、その腹いせに食べ物を腹の中に豪快に詰め込んでいく。
相変わらずフレスは超が付くほどの大食いっぷりだったが、サラーだって負けてはない。
むしろフレスとどっちが多く食べられるか競っているようにも見える。
龍とは例外なく大食いなのだろうか。
「それにしてもビックリですよ。サラー以外の龍を見たのは初めてですから」
「俺もだよ。お前がサラーの封印を解いたのか?」
「解いたって言うべきなのでしょうか。偶然なんですよ。ちょっと事情から火事に遭遇しまして。そしたら突然目の前にサラーが現れたんです。サラーの話だと封印されていた絵が燃えたおかげで封印が解かれたとか」
イレイズは淡々と語っていたが、その言葉には少しばかり影があった。
もっともそれに気がついたのはサラーだけであったが。
「なるほど、絵が燃えたのか。フレスの場合は絵が濡れたんだ。やはり龍の属性によって解放条件が違うみたいだ」
「ねぇねぇ、サラーはいつ解放されたの?」
「……確か五年前だったか? イレイズ」
「……はい、五年前です……」
ウェイルはイレイズの雰囲気が変わったことに気がついた。
フレスがしたのは何気ない会話であるはず。
それなのに雰囲気が変わったのは、五年前にイレイズにとって何かあったのだろう。
「もう五年になるんですね。早いものですよ」
「……だな」
「あ、このシチューとっても美味しい! ウェイルも食べてみてよ!」
どうやらフレスは地雷を踏んだみたいだが、そのことにフレスは気づく様子は無く、いつもの笑顔で料理を頬張り続けていた。
そんな空気を元に戻すため、違う話題を振ることにした。
「イレイズ、サスデルセルでの仕事ってのは、一体何だったんだ? 確かラルガ教会相手だったよな」
「ええ。仲間と一緒に、競売に出品する品を納品してもらいに行ったのです。期日を過ぎても納品していただけず、難儀しました。どうやら何か事件があったみたいで」
ラルガ教会の起こした悪魔の噂事件の影響。
それはこんなところにも現れていた。
ある意味でイレイズの仕事を邪魔したのは自分であるので、内心複雑なウェイルだった。
「もしかして競売に掛ける品ってのはラルガポットのことか? だとしたら止めておいた方がいい。あれは贋作だ」
「はい、知っています。ラルガ教会のことはすぐに情報が流れてきましたから。ですが我々はラルガポットとは無関係の品でしたので、助かりました」
「そうか、それなら安心したよ」
イレイズがそう言うと、ウェイルは胸を撫で下ろし安堵した。
自分が関わった事件で誰かが損をするのは、気分が悪い。
「なぁ、そっちのオークションに、俺が専属鑑定士として付き合おうか? プロ鑑定士がいた方が落札額は大きくなるだろう?」
この都市に集まる人達は、総じて目が肥えている。
落札して損をしないよう、ある程度信頼できる商品にしか入札しない。
しかし、逆を言えば信頼できる商品であれば、他都市よりも高額で落札されることもある。
プロ鑑定士とは信頼の象徴だ。そんな鑑定士のお墨付きのある商品は、間違いなく高額で落札されるだろう。
「鑑定料も必要ない。どうだ?」
この提案の裏には、ラルガポットの事件でイレイズに迷惑かけたというお詫びの気持ちも含まれている。
だがそれ以上に、ウェイルはイレイズのことを気に入ってしまったらしい。
ましてや龍という秘密を共有する仲である。彼に損はして欲しくないと思った。
だがこの提案に対し、イレイズは少し困った表情を浮かべた。
「ありがとうございます。でも大丈夫ですよ。我々の商品には本物という保証がありますし、顧客もそこそこついているんです。それにここでウェイルさんに頼るのは、少々ずるい気がしますから」
「ずるい、のか?」
「はい。プロ鑑定士のウェイルさんに鑑定していただいたなら、我々の商品は間違いなく高額で落札されると思います。でもそれはウェイルさんの信頼があるから高額になったわけで、言ってしまえばウェイルさんの手柄であり、値段が上がるのは今回だけのことです。それよりも常日頃から私達だけで競売に望み、そして私達の手で信頼を勝ち得ることの方が重要だと思います。今後に繋げるためにも」
イレイズの語った事は、商売人として至極真っ当なことで、ウェイルには返す言葉もなかった。
信頼とは金では買うことの出来ない重要な財産だ。
それを自ら少しずつ得ていこうとするイレイズの姿勢は、鑑定士になって久しく忘れていた姿勢だ。
イレイズの言葉に感動すら覚え、同時に少し羨ましくも思う。
……だが、何故だろうか。
仕事への姿勢を力説するイレイズの顔が、どこか辛そうに見えたのは。
ハハハと愛想笑いを浮かべているが、そんなもので表情を隠しきれるほど、プロ鑑定士の目は甘くない。
多分イレイズ本人も気づいていない。だからこそ心配に思えた。
先程から絶え間なくバクバクと食べ続けていたサラーが、ソースで口の周りを汚しながら顔を上げた。
「そうだ、イレイズ、そろそろ時間じゃないか?」
「あ、そうですね。それではウェイルさん、フレスさん。そろそろ仕事仲間と合流する時間なので、これにて失礼いたします。ここの代金は私が払っておきますね」
「そこまでしてもらうわけにはいかない。自分で払うさ」
「お忘れですか? これは汽車で助けていただいた時の報酬ですよ。この程度で報酬だなんて、少し安すぎる気もしますけど」
「そんなことはないさ。ならここは素直に奢られるよ。それにな、実際本当に安くはないと思うぞ」
フレスとサラーのドカ食いの後に出来た皿の山を見て、二人は揃って苦笑したのだった。
「ありがとうございます。同じ龍のパートナーとして、また会うこともあると思いますが、その時も是非よろしくしてください」
「ああ。その時は俺が奢ろう」
「またね、サラー! 絶対会おうね!」
「……うん」
イレイズは代金をマダムに、少し色を付けて渡すと、サラーと共に店を出て行ったのだった。
「それにしても驚いた。まさか別の龍に会えるなんてな」
「ボクだってビックリだよ。サラーと会ったのは三百年振りくらいかなぁ? また会えるよね?」
「会えるだろうさ。約束したからな。次は俺が奢る番だ」
「もぐもぐもぐもぐ……。あ! サラーってばご飯残してるよ。ボクが食べる! ……ふぎゃ!」
勝手に他人の皿に手を伸ばすフレスに、ウェイルは無言でゲンコツを叩き込んだのだった。
――●○●○●○――
「サラー、ビックリしましたね。まさかサラーと同じ龍に出会えるだなんて」
「そうだな。フレスの奴、相変わらず鬱陶しい」
「それにしてはかなり嬉しそうでしたよ?」
「別に嬉しくなんてない!」
「顔真っ赤になってましたけど?」
「ち、違う! あれはあの店のシチューが辛かっただけだ!」
「シチューが辛いわけないでしょう?」
「ほ、本当に辛かったんだ! それだけだ!」
「もう、サラーってば照れちゃって、本当に可愛いですねぇ」
「うるさい! イレイズ、焼き尽くすぞ!?」
これ以上サラーをいじると、本当に炎を出しかねない。
それはそれで面白くもあるけれど、恥じらうサラーを見られただけ良しとしよう。
「そんなことよりもあの男、次は奢るだって。またあいつと会うつもりなのか?」
サラーがしれっと話を変えてきたので、それに乗ってやることにした。
「そんなにまた会いたいのですか? フレスちゃんに」
「そ、そういうことじゃない! ただ、聞いているだろ? ラルガ教会はあいつ等に……!」
「ええ。知ってますよ。だからこそ、です」
イレイズはにっこりと、そして不気味に微笑んだ。
「――会いますよ。近いうちに、ね」




