先輩と後輩
「それであんた、結局これを渡しに来ただけなの? 舐めた話ね」
「あのー、反撃できない状況なのをいいことに、私の髪を変に結ばないでくれます? てか油塗って遊んでる!?」
「いいじゃない。面白いんだし」
アムステリアはフロリアの綺麗な銀色の髪で、立派な山を作り始める。
「ほら、あんたもやりなさい。そうねぇ、まずはモヒカンにしてみましょうか」
「……うん……、おもしろそう、なの……」
興味しんしんだったのか、ニーズヘッグも手伝い始めた。
「ちょっとニーちゃん!? あなたいつ私の敵になったの!?」
「ずっとフレスの味方なの」
そう言ってちらっとフレスを見たニーズヘッグ。
「お前を味方と思ったことは一度もない。これからもずっとだ」
対してフレスは一切視線を合わせずに答えていた。
「……くすん……」
「いやいや、ニーちゃん、泣きながら私の髪をモヒカンにしないでよ……」
「……どうしてこいつらはこうも呑気なんだ……!!」
人の部屋の扉を壊し、突風で部屋中吹き飛ばしてくれた連中達は、何故かその部屋で遊んでいた。
「おい、お前ら、いい加減にしろ!!」
「あら、怖い。でも怒ったウェイルも可愛いわよ」
「同感~」
「やかましい!」
こういうところだけは息がぴったりな元同僚同士である。
「……可愛い? お前は、不細工、なの……」
「フレス、すまないがこいつをぶん殴ってくれ」
「別に構わんが、私が殴ったらニーズヘッグの奴は喜ぶぞ?」
「……ね、ねぇ、フレス。はやく、殴って……?」
「ほらな」
「…………」
呆れて言葉も失いそうだ。
「まあいい、話を元に戻すぞ」
いい加減、元の会話に戻さねば、脱線したままでは日が暮れる。
「それでフロリア。どうしてわざわざ『セルク・ラグナロク』の贋作をここへ持ってきた?」
アムステリアとニーズヘッグの共同作業によって、頭をモヒカンにされたフロリアは、ふぅと一息ついた後、こう告げてきた。
「ウェイルへの警鐘と、そしてヒントのため」
「警鐘と、ヒント……?」
「そう。ここから先の話は、本当に私を信頼してもらわないといけない。何せ突拍子すぎる話だから」
「俺達がお前を信頼しろと?」
「そうだよ」
これまでのフロリアのしてきたことを考えれば、彼女を信じるなど愚の骨頂だ。
しかし――。
「信じてほしい。もう、アレス様は裏切れないから」
――この一言だけは、信用してもいいと思った。
「信じてくれる?」
「本当は信じたくはない。だがお前のアレスに対する想いは本物だと思うよ」
そうでなければ、わざわざ危険を冒してまで、新リベア社の株主総会に介入してきた理由がない。
あの時のフロリアの行動は、全てヴェクトルビア王アレスの為だけのものだった。
そこだけは信頼に値する。
「だからアレスを裏切らないと言うのなら信じる。俺を裏切るということは、すなわちアレスを裏切る行為だということを頭に叩き込め。俺はそう理解するぞ」
「構わない。私はね、ウェイル。正直に言ってウェイル達のこと、結構好きなんだよ? 別に『不完全』という組織にこだわっているわけじゃない」
「あんたさ、もしかして自分の組織が潰れたってこと、知らないわけじゃないわよね?」
「知ってるよ、当然。だからこそ私はここに来た」
アムステリアが目で探りを入れる。
どうやらアムステリアも、彼女が真剣だと踏んだらしい。
最低限の拘束以外を解いてやった。
「フロリア、あんたは私のこと知ってる?」
「昔はずっとヴェクトルビアに潜入していたから詳しくは知らないけど、それでも知ってる。アムステリアは私の先輩でしょ?」
――先輩。
この言葉で、アムステリアはある程度意味の把握は出来たようだ。
「あんたも、『異端』なのね?」
「そう。だから私はあなたの後輩」
「あんたが異端であることと、今回ここに来たことに関係は?」
「これが大有りなんだなぁ」
「なるほどね」
そしてアムステリアは完全に拘束を解いてやった。
「いいのか? アムステリア」
「いいのよ。それよりもウェイル、この子の話はちゃんとじっくり聞いた方がいい」
アムステリアが真面目な顔をしてここまで言っているのだ。
先程の話と照らし合わせてみれば、ウェイルとてなんとなくだが理解できた部分もある。
「判った。お前を信じよう。話してくれ」
「了解。まずは何から話そうかなぁ?」
「『セルク・ラグナロク』についてから話してくれ」
そしてフロリアは、これからしばらく衝撃的なことばかり口にし始めた。




