クレイジーな連中
「イング亡き今、『不完全』を牛耳っていたのはイドゥだったに違いないの。なんだかんだで三つの派閥の中で過激派が一番強い影響力を持っていたから」
「ならば今回はそのイドゥって奴が襲われたのか。そいつを潰せば『不完全』は大幅に弱体化するのだろうし」
「そうね。普通ならそうでしょうね」
アムステリアはちらりとイルアリルマの方を見る。
気配を察したのか、今度はイルアリルマが語り始めた。
「今回の私達の作戦は『不完全』のアジトに乗り込んで奴らの幹部を一網打尽にするものだったんです。ですが乗り込んだ時、そこにあったのは幹部連中を含む構成員達の死体の山でした。その時に死体を一つ一つを調べたんですよ。そしたらですね、なかったのです。そのイドゥという男の亡骸は」
「事前に襲撃を察して逃げていたとかじゃないのか? 『不完全』の中心人物なんだろう? それくらいの警戒はするだろう」
「その可能性も否定はできません。ですが、それだとおかしいとは思いませんか?」
「……まあ確かにな。何らかの襲撃を知っていたら、周囲を逃がすように努めるはずだしな。それどころか周囲は全滅。おかしな話だ」
「そもそも奴らが全滅していること自体最高におかしいことなんです。なにせ『不完全』ですよ? 贋作制作だけではなく、アレクアテナ大陸で起こる犯罪の大半が彼らに繋がるとされているんです、奴隷貿易すら行っていた連中ですよ。プロ鑑定士協会、さらに言えば治安局でさえ手を出すのが難しいとされる大組織を襲撃しようとするだなんて、そんな気の狂った連中なんていますかね?」
「……普通に考えればあり得ない話だ。それこそ俺達や治安局レベルの武力がなければ不可能と断言できる」
ウェイルの敵であった『不完全』はそれほどまでに強大な組織であった。
構成員の数だって、末端まで数えれば数千人では収まらない規模である。
「だとしたら、もう内部分裂しか考えられない。実際穏健派と過激派は仲が悪かったと聞く」
「その通りよ。穏健派と過激派は、いつ互いに戦争を始めてもおかしくないくらい一触即発状態が続いていた。でもそれはあくまでもイングが生きている間の話」
ここから先は、アムステリアが『不完全』から脱退した後の話。
だから確実な情報でないことは頭に入れておいてと念押しされた。
「聞くところによるとイングが死んでからは、互いに歩み寄りを始めていたみたい。現にクルパーカー戦争後は『不完全』絡みの事件も少なくなっていたわ。最近も合同会議が開かれる予定だったみたい」
確かにクルパーカー戦争の後は、『不完全』という名前を聞く機会は一気に少なくなった。
無論贋作絡みの小さな事件はあったかも知れないが、それ以上にリベアブラザーズ社やアルカディアル教会の問題の方が世間への影響も大きかった。
「内部分裂の可能性は低いってわけか」
「そういうことになるわね」
「後考えられる可能性といえば……」
『不完全』が潰れるに値する存在。
イルアリルマの言う通り、あの連中と正面から戦おうとする連中なんて、プロ鑑定士協会や治安局のような強大な力を持った組織か――もしくは気の狂った連中。
「いるのか……? そんな狂った奴らが」
「ええ、いるのよ。そういうクレイジーな連中がね」
これまで気の狂った連中は数多く見てきたウェイルだ。
金に狂った神父、欲に狂った経営者、神に狂った信者達。
だが『不完全』を潰しに行くような連中なんて、今挙げた連中が可愛く見えるほど、飛びっきりに狂っている。
「そして私は、そんな連中に心当たりがある」
今聞いた情報から察してみると、沸々と答えが湧いてくる。
「そのイドゥという奴が怪しい。というか状況的にそいつしかいない」
「そう、イドゥの仕業だと私も思っている。だけど、それは正解に近くて正答じゃない」
「どういうことだ?」
アムステリアの指摘は、少しばかり遠回りだった。
「イドゥが噛んでいるのは間違いないわ。そして彼は私の命の恩人でもあるのよ。私は彼のことをよく知っている。だからこそ判るわ。彼はこの程度のテロ事件で死ぬような男じゃない。正直プロ鑑定士協会はイドゥに対しての認識が甘すぎる」
確かに、イドゥという男の存在はウェイルも知らなかった。
サグマールであれば、何やら知っているかも知れないが。
「イドゥはね。もうずっと前から自らの手足となる人間を育ててきた。孤児の私達を拾ったのもそれが狙いだったのでしょうね。イドゥは昔から何かを探していた。それが何かは教えてくれなかったけど」
「何かを探していた、か。一体何なんだろうな」
「彼が探しているものだから、多分途方もなくレアな代物でしょうね。……まあその話は置いておきましょう。イドゥは自分が育てた孤児達を集めてグループを作っている。それに彼は過激派の癖して穏健派や中立派から使える人間を集めていた。こっそりと裏でね。といっても、それをあからさまに周囲に見せつけるようにしていたから、誰もがその存在を噂程度には知っていた」
「裏で人間を集めているのを、あえて目立つ形でやっていたってか。何の意図があって……?」
「自分の為に動く、自分だけの軍隊を作ろうとしていたのよ。周りにも自分の力をアピールする目的があったのかも知れない。まあ実際にはそんなに大袈裟なものではないでしょうけど」
自分もその兵隊の一人だったとアムステリアは言う。
「イドゥが集めていた連中を、『不完全』内ではこう呼んでいたわ――――『異端児』って」
「『異端児』……。メンバーを知っているか?」
「一応ね。といっても全員じゃない。私だって、彼らについてそう詳しいわけじゃない。ちょっと縁があって一部知ってるだけ」
「誰だ?」
「ウェイルの知っている人物を答えるならルシャブテ、そして――フロリアよ」
そこまで話した時、唐突に部屋の扉の方から強い突風が吹き込んできた。
「な、なんだ!?」
「きゃあ!?」
「……ふん」
部屋ごと吹き飛ばしかねない突風を抑えたのはフレスベルグ。
冷気の風を操って、突風を相殺したのだ。
「随分と調子こいてくれるな――――ニーズヘッグ……!!」
「…………フレス、久しぶり、なの…………」
扉の奥から現れたのは、紫色の羽を持つ龍ニーズヘッグと――そして。
「やっほー、ウェイル、元気してた? 私はもう元気すぎて死にそうだけど!」
軽快な声と共に、フリフリのメイド服を着て、どうしてか背中に大きな荷物を背負ったフロリアがそこに立っていたのだった。




