人格が変わった理由
「もぐもぐもぐもぐ……。ううむ、イケるな! 小娘の姿で食う飯もまた格別だ」
「そうかい……」
空っぽになった財布を片手に、ウェイルはゲンナリとした表情で、肉や魚をこれでもかと頬張る弟子の姿を見る。
見た目はいつもと変わらぬフレス。見た目どころか行動まであまり変わらない。
だが根本的に違うことが一つだけあった。
「ウェイル、貴様も食わんか。我の肉を少し分けてやろう。ありがたく思え」
「……俺が買った肉だろうに。フレスに比べて厚かましすぎるぞ、お前」
「フレスはフレス。我は我だ」
――それは人格である。
……いや、フレスは龍だから龍格とでも言うべきか。
フレスは変身して龍の姿『フレスベルグ』になると、人格が変わる。
それが何故かは判らなかったし、考えてみればフレスに問いただしたこともない。それが自然だと思っていた。
いつも少女の姿に戻れば、素直で天然なフレスに戻っていたからだ。
「ふぅー、食べた食べた。我は満足だ」
「食い過ぎだバカ。フレスだってこんなには食べて――……いたな」
どちらの人格であっても、食事に関しては遠慮はないようである。
「だからウェイルよ。我とフレスの違いは人格だけだ。後は同じだと何度も言ってだろう。つまり胃袋の大きさも同じだ」
「……信じられないだけだよ。少女の姿のフレスが、龍の方の人格でいることに違和感があって戸惑っている」
「心配するな。いずれ元に戻る。それよりデザートはないのか?」
「もう財布の中は空っぽだっての」
「やれやれ、貧乏な師匠につくと弟子は大変だな」
「やかましい」
食事を終えてウェイルの部屋に戻ると、そこにはテメレイアと、そしてイレイズの姿があった。
勿論その傍らには、パートナーである龍の少女が付いている。
「フレスちゃんが目覚めたと聞いて飛んできましたよ。比喩じゃなく」
「はいはい」
イレイズはどんな時でも、いつも通りの調子である。
「おい、ウェイル。イレイズの渾身のギャグなんだ。少しは笑ってやれよ」
「だな。イレイズならこの程度のギャグしか出来ないか」
「あの、ウェイルさん? 言葉の棘はもう少し隠していただければ嬉しいのですが。そしてサラーさん。そのフォローはなんだか私が痛いキャラみたいに聞こえませんか?」
「ようやく気が付いたか。このバカ王子め」
フン、と腕を組むサラー。
「最近サラーが私に対して厳しくなったように思います。昔はとても素直でしたのに」
「いつ私がお前に素直になった」
「クルパーカー戦争の後、私を抱きしめてくれたではないですか」
「…………ッ!!」
思い出すと恥ずかしかったのか、サラーは顔を真っ赤にしながら無言でポカポカとイレイズを殴っている。
もはや夫婦漫才と化した二人のやり取りに、苦笑を浮かべるしかない。
――とはいえ、ウェイルとしてはありがたかった。
ここ数日、ずっとフレスの看病をしていたのだ。気が滅入っているのも事実である。
そして目が覚ました肝心のフレスがこの状態である。
フレスベルグ本人が大丈夫と太鼓判を押しても、不安は未だ拭いきれていない。
二人のおかげで幾分気が紛れた。
「イレイズ、いいのか? クルパーカーだって復興で忙しいんだろうに」
「優秀な部下達がいますからね。それにサラーがどうしてもフレスちゃんに会いたいって」
「少し様子が見たかっただけだ。ただそれだけだ」
イレイズにこう言われると、いつもは照れているサラーだが、この度はその照れすらない。
一応フレスの状況は二人に伝えている。
サラーはそれを心配してきてくれたのだろう。
「フレスベルグ、どうしてお前が出てきている?」
「はぁ、それを何度我に説明させるのか。もう飽いたぞ」
サラーのこの質問は、ウェイルが何度も問うており、今ので通算四度目になる。
サラー自身は初めて問いかけることになるのだが、フレスベルグはうんざりだと嘆息した。
「私は今初めて尋ねたんだ。答えろ」
「ふん。サラマンドラよ、いつから我に命令できるようになった? 偉くなったものだな」
「なんだと……!?」
その瞬間、部屋の温度はサラー側は燃えるように熱く、フレス側は凍る様に冷えていく。
「おい、ちょっと待て! 俺の部屋で何をするつもりだ!? フレス、止めろ!」
「ちょっと、サラーも落ち着きなさいって」
二人の間にウェイルとイレイズが立つと、温度も元に戻っていく。
だが、二人の視線のぶつけ合いは止まらない。
「フレス、いいからサラーに教えてやれ。サラーだって心配してここまで来てくれたんだ。それに俺だって詳しいことはまだ聞いてない」
「……ああ。判ったよ。お師匠殿がそこまで言うならな」
ふぅと、フレスは今一度嘆息すると、スカートがめくれるのも気にせずに、ベッドに身を投げた後、仕方なくと言った表情で答えた。
「フレスはな。今は少し考え事をしたいんだと。だから代わりに我が出た」
「何を考えている?」
「それは教えられんな。別に答えてもいいんだが、フレスに悪い」
「それはウェイルにも言えないのか?」
「別に我としてはウェイルに話してもいいとは思うのだがな。この前『氷龍王の牙』を使ったとき、あることを思い出してな」
「『氷龍王の牙』を……?」
ウェイルは思わずベルトに刺さった神器を見る。
「こいつについて、フレスは何を考えているんだ……?」
「ちょっとした記憶の整理さ。色々とあるんだよ、フレスにもな。いずれ全てを打ち明ける。それにフレスも近い内に元に戻る気でいる。早ければ明日にでもな。オライオンを倒した魔力の譲渡の影響は、もうない」
「そうか、ならいいんだ」
「我とて少しばかり小娘の姿で遊んでみたかった。丁度いいではないか。少々付き合ってもらうぞ」
「……そうか」
フレスが元に戻ると聞いて、サラーもホッと胸を撫で下ろしていた。
「良かったですね、サラー。フレスちゃん、無事だったみたいです」
「ああ。良かった」
意外にもサラーは素直だった。
なんだかんだ言って、フレスとサラーは仲が良い。
やっぱり、相当心配だったのだろう。
「よーし、ならばひとまず帰りましょうか。フレスちゃんの無事と、そしてミルちゃんの無事も見届けられましたし。バルバードに託すのも、そろそろ限界でしょうから」
「お前はもう少し王としての自覚が欲しいところだ」
「自覚はありますよ。ただ貴方のことを優先してしまうだけで」
「…………もういいよ」
なんて再び夫婦漫才を繰り広げながら、ウェイル達の見送りを受けて二人は帰っていった。




