最高のお姉ちゃん
彼は自分をウェイルと名乗った。
その名前には少しだけ聞き覚えがあった。
最近プロになった若者で、贋作士を過剰に恨んでいる者がいると。
「へぇ、貴方が噂の鑑定士さんね……」
「君は早く立ち去ってくれ。巻き込みたくはない」
ウェイルはそれだけを告げると更なる獲物を求めて、この場を後にしようとする。
「――待って!」
アムステリアは、どうしてだろうか、彼を引き留めてしまった。
「……まだ何か用か?」
「私も手伝うわ」
「……はぁ!?」
突然のことに、ウェイルは素っ頓狂な声をあげる。
ちなみに引き留めたアムステリア自身も驚いていた。
今の今まで人殺しをしていた人間の手伝いをすることに、いささかの抵抗もなかったからだ。
「君――いや、お前、俺の話を聞いてなかったのか? ここにいるのは『不完全』っていう卑劣な贋作士集団なんだぞ!? お前なんかに相手の出来る敵じゃない」
「あら、失礼ね。私だって、元『不完全』なのよ? 組織を脱退して追われているところだったの」
「……なんだと……!? 元『不完全』……!?」
「そうよ。人の命を弄ぶようなやり方が気に入らなくて、抜け出して来ちゃったの。だから今は貴方と同じ『不完全』を討伐したいと思っている。ね? いいでしょ?」
「……そりゃ『不完全』に詳しい味方ってんなら有難いかもしれないが。だが俺は、元とは言えど『不完全』に属していた者を信用することは出来ない」
「いいわよ、別に。鑑定士さんだもんね、それも仕方ないわ。だから私が勝手に手伝う。それでいいでしょ? それに私、結構強いし。味方にしておいた方がお得よ」
「……勝手にし――なっ!?」
二人の会話の最中、こっそりと忍び寄っていた小柄な贋作士。
ウェイルが嘆息して振り向いた、絶妙なタイミングでレイピアを振ってきた。
氷の剣で受け止めようと、剣を盾にした時である。
「――勝手にさせてもらうわ」
突如として、目の前から贋作士が姿を消す。
その贋作士がどこへ行ったかというと、ここから二十メートル以上離れた建物の壁にめり込んでいたのだった。
「どう? 敵に回さない方が得ってことだけは、理解出来たんじゃない?」
「あ、ああ」
何とか目に捉えることが出来たのは、アムステリアがその贋作士の顔面に飛び蹴りをブチかます瞬間だけであった。
「ふぅ。ようやく身体の調子が戻ったわね。さ、敵はまだかなり残ってるわ。一緒にぶち殺しましょ?」
「……なんて女だよ……」
アムステリアは久々に胸に高揚感を覚えていた。
自分の命を助けてくれた恩人だから、と最初は思っていた。
だがそうじゃない。
(彼、全然リューリクに似てないのになぁ……)
似ても似つかぬ性格ではあったのだが、その時はどうしてかウェイルの姿をリューリクに重ねて見えていた。
でもいつしか気づく。
リューリクの姿と重ねていたのではないと。
重ねていたのは、自分の気持ち。
(思えばリューリクも一目惚れだったもんなぁ)
そう、アムステリアは、一目見てウェイルのことを気に入ってしまったのだった。
ちなみに、本気を出した二人が『不完全』の連中を全滅させるのに、一時間も掛からなかったという。
――●○●○●○――
「……懐かしい話よね」
「そんなことがあったのか……」
「苦労したんだね、テリアさん……」
ウルウルと涙ぐむフレス。
ポケットからハンカチを取り出して、大袈裟に鼻をかんでいた。
「全て、終わったんだよな?」
「お陰様でね」
クルパーカー戦争の後、二人はアムステリアの元を訪れ、彼女の身の上話を聞いていたのだ。
「イングの奴、結局リューリクの遺体を完璧にコントロールできていなかったみたい」
「『無限地獄の風穴』だったか。あの神器、そんなに弱い神器じゃないだろ? むしろ精神介入系の中では最強だったはずだ。死者すら意のままに操れるんだからな」
「そうよ。でもリューリクの遺体はイングの命令を無視して、一人戦場から逃げていたの。まるで彼がイングに操られるのを拒否したみたいに、ね」
「……そんなことって、あるんだね……」
そしてアムステリアは自分の両手を、目を細めて見つめる。
「私、大切な妹と幼馴染、両方を、この手で……!!」
「いいんだ、アムステリア。お前のせいじゃない。お前は悪くないよ」
ルミナステリアは狂い果て、実の姉すらも手にかけようとしていた。
アムステリアの行為。
それは正当防衛に他ならない。
ましてリューリクはすでに亡くなっている。これもアムステリアのせいなんかじゃない。
「そうだよ、テリアさん! テリアさんがいなかったら、被害はもっと甚大になってたんだよ! クルパーカーの人達を守ったんだよ!」
「……そっか。それなら、まあ、良かったのかな……?」
ふぅ、と一息入れたアムステリア。
ウェイルの心には切なさだけが残る。
実の妹を手にかけるというのは、どれほど精神的に辛いものなのか、到底心中を計り知ることは出来ない。
同情することさえ、おこがましいと感じたのだ。
そんなウェイルの表情を見て、アムステリアはこう言ってくれた。
「ウェイル、そんな顔しないで。私ね、あの雨の中、天空墓地で言ってくれたウェイルの一言に、本当に救われたの。あの時の言葉、一生忘れないからね」
「……今思えば中々に恥ずかしいことを言ってしまったような……」
「テリアさん! ボク、その言葉聞きたい! 一体、ウェイルはなんて言ったの!?」
「どうしてアンタに教えなきゃならないのよ小娘。それにテリアって呼ぶなって何度も言ってるわよ!?」
「いいじゃない! ボクだってテリアさんと仲良くしたいもん!」
「仲良くしたいんだったらその呼び名を止めなさい! それで私を呼んでいいのはウェイルだけよ!」
「むぅ、ケチ!」
「なんだと、このクソ小娘がっ!!」
「お前ら、本当に仲が良いよな……」
世界競売協会に侵入し、雨の降る中、アムステリアの過去を聞き終わったウェイルは、耳元でこう囁いたのだった。
―― アムステリアは最高の『お姉ちゃん』だ ――と。




