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龍と鑑定士 ~ 絵から出てきた美少女は実はドラゴンで、鑑定士の弟子にしてくれと頼んでくるんだが ~  作者: ふっしー
Side Episode 5 アムステリア編『愛に狂った朧月』
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神器『無限龍心―ドラゴン・ハート―』


「イング様? 先にリューリクを持って帰っていて下さい。私がお姉様を止めますから」

「うん、そうして貰える? あ、そうだ。ルミナス、頼みがあるんだけど、帰ってくる前に、誰かの心臓を取ってきて欲しいんだ。それをリューリクに埋め込めば、リューリクは動くことが出来るようになる」

「本当ですか!? でも、その人、死んじゃいますよね? 大丈夫なんです?」

「大丈夫大丈夫。僕等は贋作士だからね。当然代わりの心臓を持ってきているよ」


 イングが取り出したのは、鈍く赤く光る、心臓の形をした神器だった。


「ほら、この神器『無限龍心(ドラゴン・ハート)』を埋め込めば、埋め込まれた人間は心臓が要らなくなる。それどころか身体は人並み以上に丈夫になるようだよ。そうだ! 君のお姉さんに、これをプレゼントしたらいいよ。これまで迷惑を掛けたお返しにさ」

「それ、名案です! お姉様、リューリクの為に、その心臓をくださいな♪」

「何頭イカれたこと言ってんの……!?」


 もう、アムステリアの我慢は限界だった。

 妹のルミナステリアは、この気持ち悪い男イングの、操り人形と化している。

 なんとしてもイングをここで殺さなければ、ルミナステリアは二度と普通には戻れない。


「リューリクの遺体を持っていかせはしない」


 アムステリアは起きて、着の身着のまま外へ出たため、何も武器を持っていない。

 目の前にはナイフを持ったルミナステリアに、神器を持っているであろうイング。

 やるなら命懸けになる。勝つ見込みなど薄いだろう。


「よいしょっと」


 イングはリューリクの身体を担ぎ、アムステリアのことなんて無視して持っていこうとする。


「てやあああああっ!!」


 それがアムステリアには許せなかった。

 あの男を蹴り飛ばして、リューリクを取り戻さねば。

 目標はイングただ一人。ルミナステリアには手を出したくない。

 ルミナステリアを避けて、イングへと突っ込み、アムステリアは蹴りを入れた。


(――捉えた――!!)


 ――はずだった。


 だがアムステリアの蹴りは、無情にも空を切る。


「…………どうして……!?」


 今、自分の蹴りは完璧に敵を捕らえたはずだった。

 しかし目の前にイングはいない。

 どこへ行ったか、周囲を見渡す。


「どこへ……!?」

「ここだよ?」


 声がしたのは、なんと上空だった。

 見るとイングの身体が、ほんのりと輝いている。

 咄嗟に悟る。これは神器が発動する時に光る、魔力光だと。

 イングの背には、何故か黒い翼が出現していた。それで咄嗟に空へと逃げたのだ。


「あら、イング様ったら。またコレクションが増えたのかしら?」

「コレクション……!?」

「ええ。多分大型の鳥型神獣の死体ね、あれ」

「神獣の死体ですって……!?」


 イングが死体収集愛好家(ネクロフィリア)であることは『不完全』でも有名な話であったが、まさか神獣の死体まで集めているとは思わなかった。

 そしてその死体を自由に操れるとも、知らなかったのだ。

 

 ――だからこそ、アムステリアは心臓を失うことになる。


「さあ、ルミナス! 大切なリューリクを取り戻したいなら、お姉さんの心臓を取らないとね! 大丈夫、僕が手伝ってあげる」

「……くっ!」


 上空から見下ろしてくるイングを、恨めしそうに睨むアムステリアは、この時自分の足元の警戒などしてはいなかった。


「……え!?」


 土が突如として盛り上がり、アムステリアは何者かに足を掴まれた感覚があったのだ。


「な、なんなの、これ!?」


 地面から次々と手が生えてきて、アムステリアの足を掴んでいく。


「は、離しなさい!」


 自慢の蹴りで、何とかその手から逃れようと試みるも、その手の握力は尋常ではなく、それも数が膨大であったため、アムステリアは動くことすら出来なかった。


「さあ、ルミナス。お姉さんは拘束したよ? 後は、心臓を貰うだけだ」

「ありがとうございます、イング様。後はやっておくので、先に帰っていてください」

「そうするね」


 イングはリューリクの体を空へ向かって投げると、その体に対して、腹を向けた。

 イングの腹から、巨大なリングが飛び出ると、リングはリューリクの身体を吸い込んでいく。


「リューリク!!」


 アムステリアの叫びも空しく、リューリクの遺体はイングの身体へと収まっていった。


「じゃあね~」


 にっこりとこちらに手を振ると、イングはそのままどこかへ飛んで行ってしまった。


「さあ、お姉様。心臓を頂戴しますね。大丈夫、代わりのこの神器をあげるね。私、お姉様を殺すことなんて出来ないから」

「ルミナス、止めなさい……!! もう、リューリクは戻ってこないのだから……!!」


 ルミナステリアは、少しだけ憂いた表情を浮かべていたが、今度は一気に表情をしかめていく。


「違う! リューリクは戻ってくる! 私はこの十年以上、それだけを願って生きてきた! そしてようやくリューリクを助ける方法を見つけることが出来た!」

「イングはただの死体収集家(ネクロフィリア)よ。リューリクのことを大切に思っているわけじゃない。ただのコレクションとしか見ていないのよ!? そんな男を信用するの!?」

「だって、それしか方法がないんだから!!」


 はぁ、はぁ、とルミナステリアが息を切らす。

 ルミナステリアがこんなに大声を出したのは、リューリクが亡くなったあの日以来だ。

 そして改めて悟った。

 ルミナスは、本当にリューリクのことを愛していたのだと。

 愛し過ぎて、恋焦がれすぎて、リューリクを失った朧月(ルミナステリア)は、狂ってしまった。


「ルミナス。これが最後にするわ。止めなさい。リューリクの為にも」


 アムステリアは、最後の望みを賭けた。

 これでも聞いてくれないのであれば、もうどうしようもないと思った。

 ルミナステリアは本気だ。

 これまでの異常な行動も、全てはリューリクのことを想っての、ただそれだけの行動だったのだ。


「……私はただ、彼に会いたいだけ。もう一度、彼と会って、話がしたいだけ。私と、”お姉ちゃん”と、リューリクの三人で、もう一度仲良くパイを食べたい、ただそれだけなの……」

「……そう」


 ルミナステリアは、改めてナイフを向けてきた。

 心臓の上、アムステリアの形の良い胸の上を、ナイフがなぞっていく。

 だが不思議とアムステリアに恐怖はない。

 ただ『ならば仕方ないと』そう思ってしまったのだ。

 ルミナステリアの今の台詞、アムステリアを『お姉様』ではなく『お姉ちゃん』と呼んだ。

 その二人称が酷く懐かしく、そして当時を思い出して、切なくなった。


「……好きに、しなさい」


 もう、止める必要もない。ルミナステリアに止まる気など、最初から無いのだから。


「ごめんね、お姉ちゃん」


 ナイフが、アムステリアの胸に突き刺さる。

 それと同時にルミナステリアは神器を発動させていた。

 その影響だからだろうか。

 心臓をえぐられているというのに、全然痛くなかったのだ。

 それどころか心地がいい。

 例えるなら運動した後、水を浴びて、すぐにベッドに横たわる感覚。

 全身が気持ちの良い疲労に包まれて、意識を手放すかのごとく眠りにつく。

 そんな感覚が強くなった感じだった。


 ――無意識に思う。


 自分はもう、人間の枠を超えたのではないかと。

 心臓が抜かれたのが判った。それと同時に、神器が入ってくるのも分かる。

 入れられた神器は、不思議と最初からそこにあったかのようにしっくりとくるもので、しかもアムステリアの肉体に劇的な変化をもたらし始めた。

 身体中に、力が満ち溢れてくる。

 人間の心臓が、どれほど脆弱なものだったのか、今ならよく理解できる。

 代わりに入った神器は、人間の心臓とは比べ物にならないほどタフで、身体全体を強化してくれた。


「……お、終わったの……?」

「ええ、終わったわ、お姉様」


 二人称が元に戻ったことに、少し落胆する。


「心臓を抜かれたんだもの。お姉様、少し休んだ方がよくってよ」

「余計なお世話よ……」


 とはいえ、限界に近いのは間違いない。

 確かに肉体が強化されたという実感はあったのだが、いかんせん、頭がボーッとする。

 それもそのはず、周囲は真っ赤に染まっている。

 出血が多すぎたのだ。


「ありがとう、お姉様。ゆっくり休んで」


 意識を失う直前のルミナステリアの顔には、涙が浮かんであった。





 ――●○●○●○――





 アムステリアが目覚めたのは、それから三日後の、ベッドの上でのこと。


「ルミナス……」


 律儀にも妹はあの後、自分をベッドへ運んでくれたようだ。

 あの神器の影響だろうか。体調はすこぶる良い。

 胸を見てみると、刺されたはずの心臓の傷など、どこにも見当たらなかった。

 改めて、胸に入った神器の強さを感じる。


「……決めた」


 アムステリアは決断した。


 私は、今日限りで『不完全』から脱退すると。


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