愛に狂った朧月
「ねぇ、ルミナス、最近ずっとイングって男と一緒にいるけど、一体何をしているの?」
「何って、いつも通り贋作を作ってるわ。お姉様」
「……あのね、ルミナス。我慢できないから言うけど、もうイングとつるむのはもう止めなさい。あいつ、何考えているか全くわからないわ」
「そりゃそうでしょう? イング様のお考えは、凡人の私達には判らないわ」
あの日以来、ルミナステリアはイングのことを心酔していた。
呼称に様までつけるほど、彼のことを頼り切っていた。
洗脳とはまた少し違うのだろう、ルミナステリアに虚ろな目はない。
むしろ逆。
その瞳は爛々と輝き、人によっては恐怖し、思わず避けてしまいそうなほど恍惚に狂った表情。
「そうじゃないわ。あの男はなんだか不気味。贋作士の連中でも、特に危ない目をしているわ」
「お姉様。イング様は私の為にこれまで働いてくれたの。いくらお姉様でも、イング様を馬鹿にするのは許せないわ」
「どうしてそこまでイングを信じるの!?」
「全部私達と、そしてリューリクの為よ」
「……リューリクの……!?」
「そのうち判るよ。『お姉ちゃん』だって幸せになれる」
「私も……?」
「皆、幸せになれるよ」
ルミナステリアの視線は、およそ十年前にリューリクを埋めたあの墓標に集中していた。
アムステリアのことを十年前と同じ呼び方をしながら。
――●○●○●○――
――深夜二時頃。
「……何かしら……?」
何やら聞き慣れない音に、アムステリアは目を覚まして周囲の様子を窺った。
「外から……?」
一応泥棒という可能性も考えて、慎重に庭へと出た。
「……ルミナス?」
こんな深夜にも関わらず、庭には何故かルミナステリアがいて、何やら作業をしていた。
「何してるの? こんな時間に――……えっ――!?」
思わず目を疑った。
「あら、お姉様。起きてきたの?」
「――……!?」
絶句。
ルミナステリアがしていたこと。
それはリューリクの墓を掘り返すことであった。
「お姉様。ついに準備が整ったの! これでまた三人で仲良く暮らしていける……!!」
ルミナステリアの目は、すでに狂気に駆られている色をしていた。
アハハと笑いながら墓を掘り返すその姿は、不気味としか言いようがない。
「ルミナス! 自分が何をしているか判っているの!? 止めなさい!!」
愚行を犯す妹に必死にしがみつく。
ルミナステリアは、そんな姉の行動を嫌がり、突き飛ばした。
「……止めるもんですか。これでリューリクは生き返るの……!! お姉様とて邪魔するのは許さないわよ!」
「ルミナス、貴方本当におかしくなっちゃったの!? リューリクは十年も前に死んじゃったのよ! 人が生き返るわけがないの! 現実を見なさい!!」
「お姉様は直接聞いていなかったもんね。リューリクの最後の言葉を!! リューリクは『生まれ変わってもまた私達と生きたい』と、そう言ったの。だから私は、彼の願いを果たすだけ。そのための力だってある! リューリクの遺体、いいえ、骨だけでもいい。それさえあれば!」
ルミナステリアは掘ることを止めない。
そしてスコップは棺桶を掘り当てた。
「お願い、止めて、ルミナス! それ以上、リューリクを命を冒とくするような真似は! そっと眠らせてあげてよ!!」
「アハハハ、リューリク、今、助けるから! 薬を間に合わせることが出来なかったお姉様と違って、私は完璧にやるからね!」
「……ルミナスっ!!」
今の台詞。それだけは許せなかった。
もう一度ルミナスを力づくで止めてやろうと、アムステリアが走り出そうとした。
しかし、その瞬間、首のあたりに冷たい感覚。
キラリと光る、冷たい金属が当てられた。
「動かない方がいいよ?」
ゾッとするほど冷たい声。
初めて聞いた声だったが、それが誰だかアムステリアは判っていた。
「貴方が、イング……!!」
「あら、どうして僕を知ってるのかな? 会った事、あるっけ?」
「ルミナスがいつも貴方のことばかり喋るの。いつからあの子をあんなに狂わせたの……!!」
「狂わせる? それはおかしいね。あれこそが彼女の本当の姿だ。もう十年も前に亡くなった大切な恋人の為に、全てを投げ捨てることの出来る、覚悟のある素晴らしい狂いきった人材さ」
「ふざけないで! リューリクの墓を掘り返しているのも貴方の命令!?」
「命令した覚えはないよ。ただリューリクって子を復活させるには、その遺体が必要だって、教えてあげただけさ」
「…………!!」
これではっきり判った。
やはりルミナスを狂わせたのは、この男だったんだって。
この男は危険だ。
アムステリアはこの場での始末も考えた。
「イング様! リューリクの体、発見しました~!!」
「……リューリク……!?」
もう十年も前に埋めたというのに、リューリクの遺体は残っていた。
だが、それは本当にリューリクの身体だったのかと疑いを持ってしまうほど、白骨化して朽ち果てていた。
「リューリク、久しぶり……。大好きだよ」
そんな遺体を、ルミナステリアは愛おしそうに撫でている。
「ご苦労様。じゃあ、持って帰ろうか」
「は~い!」
「……それはさせない。リューリクの命を弄ぶようなことは、絶対にさせない」
アムステリアは、当てられていたナイフを素手で掴むと、握力を込めてナイフを折り曲げてやった。
「凄い握力だね、お姉さんの方は」
「お姉様は昔から怪力だったからね。リューリクはお姉様のそんな力強いところも好きだったと思うよ!」
「いちいちリューリクの話を出さないで。ルミナス、これ以上リューリクの命を冒とくするのなら、許さないわよ」
「許さないって? それは私の台詞よ」
「なんですって……?」
「お姉様はあの時、結局リューリクを見殺しにしたじゃない! いくらリューリクが嫌がっても無理やり医者に見せていれば助かっていたかもしれない! お姉様がリューリクを殺したようなものよ!」
「……ルミナス……!!」
アムステリアだって、本当はそうしたかった。
どれだけリューリクが嫌がっても、後でどれだけ嫌われようとも、そうした方がいいことは判っていた。
「…………ッ!」
唇を噛みしめる。血が出るほど強く。
あの時のことを、アムステリアだってどれほど後悔した事か判らない。
悔しさで震えるアムステリアを見て、ルミナスも多少落ち着いたのか。
今度の言葉は優しかった。
「お姉様。私はただリューリクの為にしているだけ。またみんなで幸せになろうよ。お姉様がパイを焼いて、私が準備して。三人でまた一緒に寝たい。私はただ、それがしたいだけ」
懐かしいことを口にするルミナステリアの目は、その一瞬だけは昔の色だった。
でも、その目の色は、もうルミナステリアは捨て去ろうと思っているのかも知れない。
「そんな幸せな時間を取り戻そうとする私の邪魔をするのなら、いくらお姉様でも許せない」
ルミナステリアがナイフを抜き、アムステリアの前で立ち塞がった。




