甘美な悪魔の言葉
ある日、アムステリアは気分転換に買い物をしに他都市へ出ていた。
その頃、アムステリアの家には、一人の来訪者が現れた。
ルミナステリアの状況を聞いて、『不完全』の中の一人が、様子を見に来ていたのだ。
「お邪魔するよ。勝手に入るね」
見た目の年齢は十二、三くらいの少年だろうか。
いつも依頼に来る連中とは違い、あまりにも若い。
ルミナスはいつものようにベッドに塞ぎ込んでいた為、男の来訪には気付かなかった。
その来訪者の名前は――イングと言う。
「あらら、噂通りベッドで寝てる。お姉ちゃんの方は……いない、か。都合が良いね」
そしてイングは、塞ぎこむルミナステリアにこう囁いた。
「――大切な人を、生き返らせる方法がある。知りたくはないかい?」
「――……え……?」
今のルミナステリアにとって、それはあまりにも甘美な悪魔の言葉。
その瞬間から、ルミナステリアの時間は動き出した。
「貴方、誰……?」
「僕はイング。君と同じ『不完全』に所属している」
「……ねぇ、今言ったこと、本当なの? リューリク、生き返るの……?」
もぞもぞと頭だけベッドから出して、目の前にいる男に問う。
それに対し、イングはニコッと笑顔を向けた。
「僕なら出来るよ。そういう神器を持っているんだ。それに僕等は贋作士だよ? 人間を一人作り直すくらい、簡単だよね」
「私は、リューリクを生き返らせるために、何をしたらいいの……?」
「何もしなくていいさ。僕はただ、君の大切な人を蘇らせるお手伝いをしたいだけなんだから」
その方法とやらを、イングは耳打ちして、そして帰っていった。
――●○●○●○――
「ただいま、ルミナス。今日はルミナスの好きな梨のハチミツ漬けを買って来たんだ。食べようよ」
イングの来訪を露も知らないアムステリアは、ルミナステリアの大好物を買って、今日こそは元気を出してもらおうと意気揚々と帰ってきた。
「ルミナス、起きてる?」
ルミナステリアのベッドを見てみる。そこでアムステリアは驚いた。
「ルミナスがいない……?」
「お姉ちゃん、お帰り! 私、お腹すいちゃった」
「ルミナス!?」
アムステリアの背後から、聞き慣れた、そしてもう一度聞きたいと願っていた声があった。
「どうしたのルミナス!? 大丈夫なの!?」
「うん。お姉ちゃん、心配かけてごめんね。私、リューリクの為に生きなくちゃならないよね」
「そうだよ! 二人で頑張って生きていこうね!」
「うん。でもお姉ちゃんじゃ無理かな? 私はイングにお願いする」
「イング……?」
「イングと一緒に、私、頑張るからね!」
その時アムステリアは、ルミナステリアの発言の意味が全く判らなかった。
――この日以降のことである。
ルミナステリアの行動は、日に日におかしくなっていった。
行動は残虐性を増してきたし、贋作だって、気持ちの悪いほど精密に作り始めた。
特に興味を示したのは、人間の身体の標本や骨であった。
イングと共に外に出ることも多くなった。
何をしているか、最後までルミナステリアは教えてくれなかった。
そんな日々が、アムステリアが十九歳になるまで続いたのだった。




