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会えない一週間に

　リューリクと共に、ささやかながらも幸せな日々を送る二人に、ある日突然人生の転機が訪れた。

「そろそろ難易度レベル４の贋作に挑戦してみるか」

　久々にイドゥが二人に仕事を持ってやってきた。

　若干九歳と八歳に、難易度レベル４の仕事を任せるのは、業界初だという。

　ちなみに難易度レベルとは、贋作を制作するにあたって元となる本物の作品の作者の知名度や功績によって定められている。

　例えば『シアトレル焼きの壺』のような、不特定多数のアトリエが制作する作品は作者の名声とは関係がないため、レベルは最低の１に指定されている。

　しかしながらラルガポットの様に神器指定を受けている芸術品であれば、レベルは３に上昇する。

　レベルの最高は６で、セルクやリンネ、ゴルディア、ラクイエ等、著名な作者の作品がここに属している。

　二人に与えられたレベル４は、作者は判っているが、今はまださほど人気がないという作品に対して与えられている。

　逆に言えばこれから大幅に価値が生まれる可能性もあるので、レベル４の贋作を制作するのは相当難しいと言えるのだ。

「私達に出来るかなぁ……？」

「二人なら大丈夫だ。君らは下手な贋作士よりも上手いからな」

　二人が作るのは、すでに滅亡した都市『遺跡都市アルハーグ』の王、シャルジルドの像であった。

　石膏で出来たその像の贋作を二人はこれから作ることになる。

「材料はこちらで用意した。構図や像の特徴はこの紙に書いてある」

　渡されたのは、たった一枚の紙きれ。

「これだけ？　実物を見せてはくれないの？」

「実物はここにはない。お前達は、この紙の情報だけで像を作らなければならない」

「う～ん、難しそう」

「出来そうにないか？」

「やろう、ルミナス。大丈夫。私、たぶんある程度想像できるから。文献でシャルジルドの姿も見たし、構図だってここに書いてある通りにすればいい。そうだよね？　イドゥ？」

「そうだ。この紙に書かれた通りにすればいい。報酬は弾むぞ？」

　報酬という言葉が二人には何よりも効果的だ。

「うん、お姉ちゃん、やろう！」

　それから二人は、しばらく贋作製作に専念することに。

　一度贋作を作り始めると、二人は家の中に閉じ籠もって作業する。

　贋作を制作する行為は、いくらリグラスラムでも罪を問われるし、何より集中するために、外部との接触を断つのだ。

　贋作の完成には一週間かかった。

　渾身の出来となった贋作の像は、イドゥの舌を巻かせるほど素晴らしい出来だったという。

　その作品は、『不完全』内でも話題となり、二人の評価はうなぎ登りであったという。

「そういえばリューリクのところに行くのは久しぶりだね」

「うん。一週間ぶり。リューリクってば寂しがってないかなぁ」

　ようやく仕事も終わり、時間の出来た二人は、一週間分の時間を穴埋めすべく、リューリクの元へ行く準備をしていた。

「仕事が忙しかったもんね。でもたっぷり報酬を貰ったから、今日は奮発してリューリクの好きな物、全部持ってってあげるつもり！」

「楽しみだね！　早く行こうよ、お姉ちゃん！」

「うん！」

　一週間も閉じ籠もっていた二人には、外部の情報は一切入っていなかった。

　だから二人は知らなかった。

　――リューリクの容態は、かなり深刻な状態になっていることを。

　――●○●○●○――

「リューリク！　久しぶりに来たよ！」

　いつものようにバタっと思いっきり扉を開けて、テンションの高いルミナステリアが部屋に入った。

「もう、ルミナスってば、はしゃぎすぎよ」

　やれやれと苦笑しながら遅れて入って来たアムステリア。

「お姉ちゃん、なんだか変だよ」

　扉を開けたは良いが、そこで立ち止まっていたルミナステリアは、何やら違和感を覚えていた。

「ん？　どうしたの？」

「リューリクから返事がないよ？」

　いつもなら二人がこうして部屋に入ると、リューリクは必ず迎えに来てくれる。

　しかし、今日はどうしてかリューリクは返事すらしてくれなかった。

　……何やら様子がおかしい。

「どうしたのかな？」

　持ってきたバッグをテーブルへ置いて、部屋の中を調べてみる。

「お、お姉ちゃん!?　あそこに、リューリクが!!」

　最初に気が付いたのはルミナステリアの方だった。

　見ると、リューリクが床に倒れている。

　一瞬、アムステリアの時間が止まり、――――そして。

「リューリク!?　一体何があったの!?　大丈夫!?」

「ぜぇ、ぜぇ……、あ……、テリアと、ルミナス……、ひさし、ぶり、だね……」

　何とか返事があったが、息は絶え絶えで、全身汗まみれだった。

「発作があったの!?　どうして、私達を呼ばなかったの!?」

「だって、二人には、大切な仕事、あったんでしょ……？　邪魔、したく、なかった……」

「馬鹿！　貴方に何かある方が嫌よ！　ルミナス、急いでお医者様呼んで！」

「駄目だよ、テリア……！　僕は、大丈夫、だから……!!」

「こんなところで倒れていたのに、説得力なんかない！　貴方は今すぐに治療を受けなければいけないの！　とにかくベッドに……!!」

「お姉ちゃん、私、行ってくる！」

「お願い！」

　アムステリアはベッドまでリューリクを運ぶ。

　その間にも、リューリクの咳と汗は止まらなかった。

「ゲホ、ゲホ、ゲホ……!!」

「大丈夫、すぐにお医者様が来るからね……!!」

　アムステリアも自分が出来ることは、少しでもリューリクが楽になればいいと、熱心に背中をさすることだけだった。

　咳をしすぎて疲れていたのだろうか。

　アムステリアのおかげで多少楽になったのか、リューリクは眠りにつく。

　しばらくするとルミナステリアが医者を連れてきた。

　寝ているリューリクを診察していく医者。

　二人はその様子を見守ることしか出来なかった。

　一通り診察し、最後に脈拍を調べた医者は神妙な顔で、こう告げた。

「これから三、四時間が山だろう。おそらく慢性の肺炎だ。どうしてここまで酷くなる前に医者に見せなかったんだ？　……と言いたいところだが、ここでは仕方ないことか……」

　医者だってこの都市の現状は判っている。

　孤児が一人で暮らしている状態で、医者を呼ぶ余裕なんてないことを。

「え……？　後三、四時間……？」

「そうだ。それほど症状は芳しくない」

「お医者様！　なんとかならないの!?」

「お薬は!?　お金なら用意するから！」

「薬なら無論ある。だがここはリグラスラム。高価な薬を常備している病院なんてほとんどないだろう。私のところにもないんだ。あったとしてもとんでもない額になる」

「金額なんてどうでもいい！　私たち、お金なら持ってるの！　いくら払ってでもリューリクを助けたい！　お医者様、どこへ行けばその薬は手に入るの!?」

「……確実に手に入れるには、医療都市ソクソマハーツまで行かなければ。だがソクソマハーツまでは汽車で三時間はかかる。往復で言えば六時間だ。その他の待ち時間や移動時間を含めれば八時間かかる。果たしてそれまで彼が耐えられるかどうか……」

　医者はそう言って俯いたが、アムステリアにとっては、助かる見込みが出来ただけありがたかった。

「リューリクは死なない！　リューリクはとても強い男の子だもん！　私はそれを良く知ってる！」

「お姉ちゃん！　私が行ってくる！」

「駄目、ルミナスはリューリクの傍にいて！　ルミナスがリューリクを元気づけるの！　薬を買いに行くのは私の方が早いから！」

「う、うん……！　お姉ちゃん、お願い！」

「行ってくる！」

　アムステリアは、すぐさま家を飛び出した。

　一度家に戻って、金庫から札束を取り出して、ポケットに詰める。

　自慢の脚力を駆使して、ものの数分で駅に辿り着くと、アムステリアはソクソマハーツ行きの汽車に飛び乗った。

（待ってて、リューリク……!!　すぐに薬を届けるから、それまで頑張って……!!）