買わせる側の人間に
優しい声に、一瞬気を緩めそうになったが、アムステリアはその手を払う。
「もう、どっか行って! 私達まで殺す気なの!?」
恐怖で涙が止まらなかったけど、ルミナステリアを守るためならば何だってする。
アムステリアはそのことをずっと昔から心に誓い、今もルミナステリアの盾となった。
「……素晴らしい」
そんなアムステリアの姿を見て、中年の男はニヤリと笑い、アムステリアに手を向ける。
「い、嫌!」
足が震えて逃げることも出来ない。
それにルミナスを放って自分だけ逃げるわけにもいかない。
もう、アムステリアに出来ることは、目を瞑る事だけだった。
「……え……?」
だが、その男の手はどうしてかアムステリアの頭の上に、優しく置かれただけだった。
キョトンとするアムステリア。思わずルミナスと顔を見合わせる。
男はさらにもう片方の手を、ルミナスの頭の上に置く。
そして優しく二人の頭を撫で始めたのだ。
「君達は美しい。これほどの才能がこんな場所で朽ち果てるのは、このアレクアテナ大陸にとって大きな損失だ。どうかな。私と一緒に来ないか」
その台詞に、アムステリアは、こいつも人買いか、と一瞬思ったのだが、その男の雰囲気は、どうしてかそんな下種な連中とは一線を画しているように思えた。
「私達を、買う気なの……?」
単刀直入に聞いてみる。
すると男はにっこりと、そして優しく答えた。
「逆だよ。君達は買われる側の人間になるべきじゃない。逆だ。君らは人に買わせる側につくべきだ」
男の言う意味は全く分からなかったが、少なくとも自分達の身体が目的ではないことだけは理解出来た。
「ただね。もし君らを買うとすれば、それは身体なんかじゃない。君らの才能を買いたい」
「才能……?」
「その通り。私は何度か見たことがある。君らがゴミを集めて、何やら作っていたところを。捨てられていた張り紙を使って、貼り絵を作っていただろう」
「……あれを売ってお金にしようと思った。……売れなかったけど」
「そうか。それは実にもったいない。私はあの作品に未来を感じてね。是非君らを、芸術家にしてやりたいと考えているのだ」
「芸術家……?」
「そうさ。君らなら制作できる。人を騙すほど、綺麗に、精密に、正確に、煌びやかで美しい作品を」
「私と、ルミナスが……?」
「そうです」
貧民街で、浮浪児として暮らしていた二人に、芸術という言葉が身近になる日が来るなんて想像すらつかなかった。
アムステリアは、ずっと芸術に憧れていた。
金持ちにしか持てない、素晴らしい作品の数々を、いつも影からこっそり覗いていた。
夢にまで見た芸術の世界が、手を伸ばせば届くところにあると言われているのだ。
「君、お金持ちのことを憎いと思ったことはないか?」
唐突に変なことを尋ねられて、戸惑うアムステリアだったが、首は自然と縦に振られていた。
「君がそう思うのは正しい。金持ちの連中は、本当に芸術を愛しているわけじゃない。ただ自分の資産がどれだけあるのか周りに示し、自慢がしたいだけなのだ。君みたいに、本当に芸術が好きで作品を買っているわけではない」
男の言うことは、薄々と感じていたことであった。
何度か金持ちの家を覗いたことがあるが、一部の著名な作者の作品以外は雑に扱い、傷つけ、見飽きればすぐに売り払う。そんなことの繰り返しだった。
その様子を見る度に憤慨したものだ。
「お金持ちは嫌い。芸術を馬鹿にしている」
「君は本当に素晴らしい。実際にその様子を見たことがあるのだね?」
「……うん。ルミナスと一緒に見た」
コクリとルミナスも頷く。
「本当に腹立たしいことだ。芸術を冒涜している。私は、いや、我々はそれが見るに堪えないのだ」
大袈裟に項垂れる男。まるで演技だ。
だが幼い二人には、それが本当に落ち込んでいるようにしか見えなかった。
「私達に、何か出来るの?」
その問いに、男は急に元気になり、アムステリアの手を両手で包む。
「それが出来るのだ。我々が力を貸せば」
「オジサン達は、何をしている人なの……?」
「我々は、『贋作士』なんだよ」
「がん、さく……?」
「偽物の芸術品を作る人?」
「そうさ。あんな金持ち連中が本物の絵画を持ったところで意味がないだろう? だからそういう連中には贋作を与え、本物はその価値が本当に判る人達だけで保存していこうと、そういう考えで集まったのが我々だ」
「私達を、贋作士にしたいの?」
「大好きな芸術がいくらでも楽しめて、お金も稼げて、さらにお金持ちに復讐も出来る。これ以上、最高の仕事があるかい?」
そんなこと言われても、幼い二人には他に何も思いつかない。
「君らはこのままだとここで飢え死にだ。私はそれが勿体ないと思う。この男を殺したのも、こんな汚い奴に、才能を潰されたくなかっただけなんだ」
命の恩人である男が、さらに自分達を認めてくれている。
しかも大好きな芸術で、ルミナスを守っていける。
アムステリアにとって、これより良い条件などあろうはずもなかった。
「オジサン。私を贋作士にしてください」
「……ください」
アムステリアが頭を下げ、続くようにルミナスも下げる。
「もちろん、大歓迎さ。これで君達は我々の仲間だ。贋作士集団『不完全』へようこそ。私の名はイドゥ。存分に芸術を楽しもう」
二人はそのイドゥと名乗った男に連れられて、リグラスラムを後にする。
イドゥや他の贋作士の厳しい修行の元、二人の芸術的センスは飛躍的に向上していく。
二人は贋作士として、少しずつ名を馳せていった。
――そしてイドゥとの出会いの三年後。
その後の二人の人生を大きく変える出会いが、ここで待ち構えていた。




