異端なカップル
「――遅くなった」
「――なった~」
唐突に、胸を凍てつかせるほどの鋭く冷たい声と、気が抜けるほどのんびりとした声が聞こえたかと思うと、
「なっ――!?」
声をあげた男は、すでに首と胴体が分かれていて。
「後は俺達に任せとけ」
「任せて」
「ぐがっ……!?」
残りの追手達からは美麗な鮮血が、噴水の様に飛んでいた。
崩れ落ちた傷だらけの躯を踏みながら、やってきたのは、黒いコートに身を包んだ赤い髪の男と、ゴスロリドレスに身を包んだ白髪おかっぱの女。
「ルシカ、だいじょうぶ?」
「はい、ありがとうございます、スメラギ」
「いいの、いいの。ルシカのため、なんのその」
「でもドレス汚れちゃいましたね。私、洗濯しますよ?」
「うん。お願い」
「ちょっとスメラギ!? ここで脱いじゃダメでしょ!? 後で洗濯するってこと!」
「うん? うん、りょーかい」
人目もはばからず服を脱ぎ始めたスメラギという女。
その背後に立つ黒コートの男に、イドゥは声を掛けた。
「ルシャブテ、久しぶりだな。お前さんは滅多にワシに会いに来てはくれんからのう」
「誰が好き好んでジジイなんかに会いに来るかって。今回はスメラギがどうしても参加したいっていうから、仕方なく来ただけだ」
「プロ鑑定士協会に逮捕された青二才が偉そうなことだ」
「ジジイ、殺してやろうか?」
スメラギと共にいた赤髪の男は、以前『競売都市マリアステル』にて真珠胎児の競売を仕切っていた男、ルシャブテであった。
あの後自力で牢獄から脱出したものの、アムステリアに負わされた傷の回復が間に合わず、治安局員に取り囲まれしまった。
そこを助けたのがスメラギであった。
ルシャブテもスメラギにだけは強く言えないようで常に振り回されっぱなしだ。
「ルーシャ、イドゥを殺しちゃダメ。イドゥは恩人」
「……おい、スメラギ。どうしてイチイチ腕を組んでくる? いい加減離せ」
「いーや。私、ルーシャと一緒がいい」
そう言ってスメラギは、腕を抱く力をさらに強めた。
このスメラギという女、なまじ普通の男よりも腕力が強いものだから、ルシャブテとしてはとにかく腕が痛い。
「俺が嫌なんだよ。お前怪力だし、腕が痛む」
「大丈夫。痛んだら私、介抱する」
「お前に介抱されるなら死んだ方がマシだ」
「そう? なら一緒に死のう? ルーシャと一緒なら死んでもいいよ?」
「ふざけんな」
「ふざけてなんかないのに……」
当然ふざけて言っているわけではない。
スメラギは至極正直に物を言う性格なのだ。ルシャブテに対しての限定ではあるが。
「スメラギ。ルシャブテも歩き辛そうだ。少し距離を置くのも、女を上げるコツだぞ?」
「……うん。イドゥの言う通りにする」
渋々といった様子で離れるスメラギ。
未だ名残惜しいのか、ルシャブテに対し指を唇に当てつつ、熱い視線を送っている。
そんなスメラギと、ようやく腕が自由になったとホッとしながらも強烈な熱視線に辟易するルシャブテの姿に、ルシカとイドゥは相変わらずの光景だと安心しつつ微笑んでいた。
「さて、欲しいものは手に入ったし、そろそろリーダーのところへ向かおうか。大方決着がつく前だろうさ」
「でもイドゥさん、三つ欲しいものがあるんですよね。一つは三種の神器で、一つはリーダーが今回クーデターを起こしてまで手に入れる予定のもので。残り一つはどうするんですか?」
「それは大丈夫だ。後から来るフロリアが持っているはずだからな」
王都ヴェクトルビアにて、現在ヴェクトルビア王アレスに仕えているフロリア。
若干19歳という若さでメイド長にまで上り詰めた彼女には、『不完全』に属していたという裏の顔があった。
しかしクルパーカー戦争にて、直属の上司であった『不完全』過激派トップのイングが治安局によって逮捕されたことで、過激派は大幅に影響力を失墜させ、その影響で彼女は『不完全』を半ば辞めた状態にある。
とはいえ『不完全』との縁が疎遠になったとはいえ、幼少の頃からの付き合いである『異端児』仲間には、定期的に連絡を取っていたようだ。
「王宮に仕えているんですよね? 来られるんですかね?」
「あいつは王の目とか気にする奴じゃないだろう。しかも今は龍を一体連れているようだし」
「そういえばフロリアさん、クルパーカー事件以後、アジトに戻っていないんでしたね」
「定期連絡では元気にしているようだ。たまにニーズヘッグから電信が来ることもある。内容は意味不明だが」
あのニーズヘッグが、ポチポチと慣れない手つきで電信を打つ姿を想像すると、何ともシュールではある。
「私、フロリアさんのこと、未だによく分からないんですけどね」
「いかんせんあいつの性格は掴みづらいからな。それも仕方ない。ワシですら何を考えているか分からん」
「俺としてはリーダーの考えの方が理解出来んがな」
「私、ルーシャの考えること、全部判るよ?」
なんて飛びっきりの笑顔を浮かべて、またもや腕に抱きついてくるものだから、ルシャブテとしても嫌な予感しかしない。
「……言ってみろ」
「私と結婚したい」
「それは違うから安心しろ」
「ん……、ルーシャのバカ……!」
ムッとご機嫌斜めなスメラギはいつも以上に加減が出来ない。
その直後、ルシャブテは強烈な腕の痛みを感じるとともに子供のように叫んでしまったという。
「まあいい。さっさと先に行った連中と合流するぞ。リーダーのアホが無事に情報を引き出せていればいいが……。あいつはすぐに遊ぶからな。聞き出す前に殺しそうで困る」
「殺しちゃっても大丈夫ですよ? 私がいますから」
「お前は本当に素晴らしい参謀役だよ、ルシカ」
「ええ!? 私ほど可憐で美しく、頭の回転が速い天才は他にいないって!? もう、イドゥさんったら、ちょっと褒めすぎですよ!!」
「お前の耳には素晴らしいフィルターが付いていて羨ましいよ」
「そんな、そんなに褒められたら私、照れ死んでしまいます!」
顔を真っ赤に染めてやんやんと腰を振るルシカに対してイドゥが嘆息している最中、その隣はというと。
「……スメラギ、お前いつか殺す……!!」
先程の痛みがまだ残るルシャブテが、恨むようにスメラギを睨み付けた。
「ルーシャに殺されるなら本望。でも出来れば死ぬなら一緒に死にたい。一緒に、死ぬ?」
「絶対に御免だ。一人で死ね」
「嫌だ。一人で死ぬなら先にルーシャを殺す」
「……それを冗談でなく本気で言うからお前は怖いんだよ」
「私、怖くない。可憐」
「はいはい、可憐だ。だからもう腕を離せ」
「嫌」
「ルシャブテ、多分お前さんは一生スメラギには勝てんぞ?」
「……ほっとけ……」
嘆息しているのは、こっちにもいたのだった。




