ルシカの『魅覚』
一方その頃、別行動中のイドゥとルシカはというと、リーダー達の動きをサポートするために時限式の爆弾を用いて相手を攪乱しながら、とある目的地へ向けて足を急がせていた。
「これが最後の爆弾です」
「もうすぐ目的地だ。問題ない。仕掛けてくれ」
「はい」
この爆弾が爆発する頃、二人は目的地であるアジトの地下にある情報管理室に辿り着いていた。
情報管理室には、過去二十年分の大陸中で開催されたオークションに関する取引情報が漏れなく保管されてある。
贋作が『どんな競売方法』で『どれほどの値段』で『誰が落札したか』を全て記録しており、ここの情報から次の裏オークションの開催場所を決定している。
イドゥはここにある取引記録の一つに、大変な興味を持っていた。
「見つけたか? ルシカ」
「う~ん、何せ資料が膨大ありますからね~。それに何を探しているかも私には判らないですし」
情報管理室の警備員を全員始末した後、二人は取引記録保管書庫の巨大な本棚群の前で、手についた血を拭きながら呑気に会話をしていた。
「心配しなくとも、お前の『魅覚』は必ずそれに反応を示す」
「取引記録を見たいんですか?」
「そういうことだ。この膨大な資料の中から目当ての資料を探すのは億劫だ。お前に任せる」
「全くもう、イドゥさんまで私任せなんですから」
「ルシカは頼り甲斐があるからな」
そのイドゥの一言で、ルシカのスイッチがONになった。
「そ、そうですか!? 私、頼り甲斐ありますか!?」
「もちろんだとも。ルシカがいないと皆が困る」
「そ、そっかぁ。私、必要とされてるんだぁ……!」
「当たり前だ。お前はワシらの大切な仲間だよ」
「エヘヘヘ、エヘヘヘヘヘ!! 判りました! やりましょう! 私の事を誰よりも大切にしてくれるイドゥさんの為に!」
「……本当に扱いやすい奴だな」
目をキラキラさせるルシカに、イドウは育ての親として溜息すら漏れてしまう。
「イドゥさん、本当にここにあるんですか? その取引資料」
「おそらくな。ワシとて直接見たわけではないから確信はない。が、自信はある。例の神器は、間違いなく『不完全』が以前取引したことのある代物だからだ。いつ使ったかも覚えている。だから取引記録は残っているはずなのだ。ここで粘るしかない」
「気の遠くなるような話ですよ。普通は」
「だからこそルシカ、君に頼んだんだよ」
「判っていますって」
ルシカはそう言うと、両手を胸元にあて、ゆっくり深呼吸した後、書類の積まれた書庫を見渡した。
この時のルシカは――ルシカ自身は知る由もないだろうが――彼女の碧色の瞳には輝きが増し、全身から緑色のオーラを放っていた。
そしてすぐに、ルシカは迷わず、とある本棚を指差した。
「たぶんあの本棚にあると思いますよ」
「感か?」
「感ですよ、もちろん」
感といっても、ルシカの感というのは、所謂なんとなくだとか、気まぐれだとか、そんな類のものではない。
ルシカはエルフ族なのだ。しかも混血ではなく純粋の。
エルフ族は、人間の持つ五感と呼ばれる感覚の他に、『察覚』と『魅覚』という七つの感覚を持っている。
『察覚』とは気配を察する力。
人間でいう第六感と呼ばれる感覚で、エルフはこの感覚が非常に鋭いのだ。
鋭すぎる故に、イルアリルマは視覚がなくとも、不自由なく暮らしていけている。
そしてもう一つの感覚である魅覚を、己の武器としているのだ。
そして『魅覚』とは、その名の通り、魅力を感じ取る感覚だ。
人間とて、セルクやリンネなどの最高レベルの作品をその目にするとき、途方もない感動に包まれることがある。
だがこの感動を口にしようものにも、その作品がどう美しいか、どう凄いのか、それを具体的に話すことはできない。
だが魅覚に優れる者であれば、その作品の美しさを数値化することすら可能であり、作品の特徴を適確に伝えることができるし、言葉も浮かんでくるという。
ルシカはその魅覚が異常に発達しているのだ。
本来無根拠であるはずの感を、限りなく事実に近づかせるほどに。
つまり鋭すぎるこの感覚を使って、一体どういうことが出来るのかというと――
「ああ、なんか上から五段目の棚から匂いますね。そうだなぁ、相当なお宝が眠っている感じ」
「どれ……、おお、これか」
――魅力的なモノがどこにあるか、それが感としてルシカに伝わるというわけだ。
イドゥが探し求めていた資料も、一発で見つけることが出来てしまったのだった。
「でもそれ、一体何の取引資料なんですか?」
それが素晴らしいものと感じることが出来るが、流石に内容まで知ることは出来ない。
頭の上に?マークを浮かべるルシカに、イドゥは含み笑いを浮かべる。
「こいつはな――――『三種の神器』に関する取引記録だ」
「『三種の神器』!? 実在したんですか!?」
「無論だ。ワシは長年『三種の神器』を探していてな。もっとも、この資料だけでは何の意味も為さないが」
「まだ探し物があるなら探しますよ?」
「いや、ワシやリーダーが欲しているものは全部で三つほどあるんだが、そのうち『三種の神器』以外の情報ならすでに掴んでいるのだ。そもそも今回リーダーが『不完全』にクーデターを仕掛けたのも、その三つの内の一つが欲しいからだ」
「リーダーは何か欲しがってるんですか? これまたどうして」
「奴の目的に必要不可欠だろうからな。もっとも、奴の真の目的などワシにもよく判らんが」
ルシカはリーダーやイドゥとの関係はそこそこ長く、親しい間柄であると思っているが、だからと言って彼らが一体何を考えているのか、実のところ全く知らなかった。
昔からリーダー達は自分のことをほとんど話したがらなかったし、仲間達も尋ねる気などさらさらなかったからだ。
だけど、今は少しだけ気になっている。
伝説の代物である『三種の神器』を必要とするリーダー達の秘密を、自分も共有したかった。
「……一体何をする気なんです?」
「さあな。リーダー本人に聞いた方が早い」
「話してくれますかね?」
「話さないだろうな。今はまだな。どうしても気になるというのであれば、この次の計画後に聞いてみるといいだろう」
「…………?」
(リーダー、何考えてるのかな……。……でもリーダーのすることなら、別になんでもいいや)
結局、ルシカは彼の秘密を探るのを止めた。
彼のやることだ。きっと面白いことに違いない。
そう思うだけで簡単に納得できるのが、リーダーの持つ最大の魅力であるかも知れない。
「おい、そこで何をしている!?」
探索に結構時間が掛かってしまい、敵の追手がここに辿り着いてしまう。
「イドゥさん、見つかっちゃいましたね」
「だな。ルシカ、戦えるのか?」
二人の姿を互いに見てみる。
どちらも武器など持ってはおらず丸腰であった。
「いやいや、私は戦闘担当じゃないですからね! 戦いなんて嫌ですよ!?」
「お前は実に出来る参謀役だからな。それでいい」
「何でも華麗にこなす天才クール美女だなんて!? そんな、イドゥさん、褒めすぎです!」
「……そこまでは言ってないがな」
どんな状況であれ、ルシカはいつも通りなのだ。
「おい、貴様ら! 武器を捨てて投降しろ!」
妙に余裕な二人に痺れを切らしたのか、敵がズイズイと迫ってくる。
「どうします? 武器を捨てるも何も、何も持ってはいないんですけど」
「まあこのままでいいだろう。どうやら奴らも到着したようだしな」
それはこの状況を、彼女はこれっぽっちもピンチとは思っていなくて、そして――




