ダンケルクとアノエ
攻撃対象であったアノエの姿が消えたことで、思考が出来ないゾンビ達は、安直にすぐ後ろにいたダンケルクに襲い掛かった。
ダンケルクも当然、軽い身のこなしで襲撃を回避。
それでも数が多いため、少しばかり回避に専念することに。
おかげでダンケルクの理想通りの展開となった。
ダンケルクを中心として、周囲を犬や狼たちが円となって囲んでいたのである。
「予定通りことが進むのは気持ちが良い」
ダンケルクは双剣をしまうと、自分の両手の指を眺めた。
彼の両手の指には、全てに指輪がはめられてある。
「今日はこいつとこいつにするか」
選んだのは、右手の人差し指と、左手の薬指。
ダンケルクは指輪型神器マニアで、その鑑定を得意としたプロ鑑定士だった時期がある。
「属性は『炎舞』と特性『拡散』。この状況にピッタリだ」
右手の指輪には『属性』が、左手の指輪には『特性』が込められている。
ダンケルクは魔力を込めて神器を発動させた。
「――『炎舞』!!」
右手の指輪から猛烈な熱が噴出し、ダンケルクの頭上には巨大な炎の塊が現れた。
周囲には蜃気楼。
じりじりとゾンビ達も、腐った肉体を焦がしていく。
熱の中心点にいるダンケルクに襲い掛かるのは逆に自殺行為であったが、やはり彼らはゾンビ。
安直な命令により、二、三匹がダンケルクに突っ込んでいく。
「普通近寄れないはずなんだがな。やはりゾンビか。――なら」
このままゾンビ全員が熱で力尽きるのも悪くはないのだが、今は時間があまりなく、こうして無謀に突っ込んでくる奴がいる以上、早めにことを終わらせるのが賢明だ。
ダンケルクは左手の指輪に命令する。
「――『拡散』!!」
直後、頭上にあった炎が円状に弾けていく。
巨大な炎の塊は小さな隕石と化して、ダンケルクの周囲に拡散していった。
腐った肉体には、炎がよく効く。
元々消えていた命を、さらに消し炭にすべく、拡散した炎は高く燃え上がっていく。
ゾンビの動く音が聞こえなくなる頃、炎は鎮火していった。
周囲は腐臭と焦げた臭いが漂い、慣れない者なら吐き気を催すだろう。
廊下は全面煤で真っ黒に。
ゾンビ達が跡形もなく消え去ったことに、ダンケルクの持つ神器の力が窺い知れた。
「炎舞は強いんだが、いかんせん汗をかいてしまうのが困り者だな。熱すぎる」
「ダンケルク、空気が薄くなっているのは君のせいだよね」
軽く汗を拭ったところへ、のほほんとやってきたのはリーダーだ。
「外に出て新鮮な空気でも吸ってこい」
「ここ地下だよ? 外に出るの面倒くさいよ。それでアノエの方はどうなんだろ?」
「あそこにいる」
「あら、まだ戦闘中」
少し先で戦っていたアノエは、やはり豪快に大剣を振っていた。
獰猛な力を振りかざすアノエであるが、この時は少しばかり苦戦を強いられていた。
相手の贋作士が、防御に特化した盾型の神器を使用していたからだ。
「いくら神器の剣であろうと、この盾は破れん!」
盾にはいくつも魔力を込めたガラス玉が装着されており、盾そのものが結界の役割を果たしている。
「…………」
何度斬りつけても弾かれるほどの強固な結界を持つ盾であった。
それでもアノエは無言で盾を剣で叩き続ける。
「無駄だというのが判らんのか? これだから戦闘しか興味のないメンバーは役に立たんのだ! 知恵というものがない」
「…………」
どんなに侮辱されようと、アノエの心が揺らぐことはない。
根本的に、他人の言うことを頭に入れていないからだ。
アノエが剣を振り続けてどれほど経ったのだろうか。
時間にしてみれば五分と経ってはいないが、盾を構えている連中は、その時間が無限の時間のように感じていた。
たとえ魔力玉のサポートがあるとはいえ、神器は基本的に自分自身の魔力を発動源、そして持続源とする。
アノエの凶暴な攻撃を抑えるには、それ相応に魔力の消費と、そして疲労が溜まっていく。
(一体、いつになったら攻撃を止めるんだ……!?)
あれだけの大剣だ。振り続ければ必ず疲労が溜まり、アノエの攻撃も鈍るはず。
そう高を括っていたのがそもそもの間違いだった。
「…………」
アノエの剣撃は止まらない。
弱まるどころか、勢いはより一層激しくなるばかり。
「――――くっ……!!」
先に根負けしたのは、盾の方だった。
剣を振りながら前進するアノエに対し、ジリジリと後退していくばかり。
そしてついに、決着の時が来る。
――ピキッ。
盾に装着されていたガラス玉にヒビが入り、魔力の供給が足りなくなっていく。
展開されていた結界も徐々に薄れ始め、そして。
「…………!!」
トドメとばかりに大きく振りかぶった一撃で、盾は結界ごと砕け散っていった。
残された贋作士らは、まず呆然とし、そして焦り、最後は恐怖に顔を歪めていく。
「貰い受ける」
尻込み、後ずさり。
背中を向けて逃走する敵に向かって、アノエは容赦などしない。
無表情で、淡々と、何の感情も持たずに大剣を高々と振っていった。
その十秒後には、人間であったであろう肉塊が、周囲に散らばっていたのだった。




