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龍と鑑定士 ~ 絵から出てきた美少女は実はドラゴンで、鑑定士の弟子にしてくれと頼んでくるんだが ~  作者: ふっしー
第一部 第二章 競売都市マリアステル編 『贋作士と違法品』
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競売都市『マリアステル』

 芸術大陸――『アレクアテナ』。

 そこに住まう人々は、芸術や美術に対し並々ならぬ情熱を燃やし、貴族から農民、老人から子供至るまで幅広く浸透しおり、豊かで美しい文化を築いてきた。

 

 そして芸術品や神器を鑑定して価値をつける専門家を、プロ鑑定士(プロアプレイザー)という。


 鑑定士のつける鑑定結果は、市場を形成し、流通にも非常に重要な役割を果たしていた。


 芸術で経済が成り立っているといっても過言でないアレクアテナ大陸において、プロ鑑定士とは必要不可欠な存在である。


 そんなプロ鑑定士の一人である青年ウェイルは、龍の少女フレスと共に、鑑定依頼をこなしながら大陸中を旅していた。





 ――●○●○●○――





 ――ガタン、ゴトン……。


 聞き慣れた汽車の音の中、今までの旅の中にはなかった声がそこにあった。


「ねーねー、ウェイル、すごいよ!! 速いよ!!」


 もう何度聞いたか判らない、フレスの「すごい」という台詞。


「はいはい、すごいすごい」

「もうウェイルってば、さっきからずっと投げ槍な返事ばかりして!」

「あのなぁ、こっちだってさっきからずっと「すごいすごい」とばかり聞かされ続けているんだぞ。いい加減返事をするのも面倒になるってもんだ。少し落ち着けよ」


 やれやれと嘆息したのは、プロ鑑定士のウェイル。

 初めて汽車に乗ったという弟子フレスと共に、プロ鑑定士協会本部のある都市『競売都市マリアステル』へと向かっていた。


「だってだって! 本当にすごいんだもん! 風もとっても気持ちがいいし!」

「危ないから大人しく座っていろよ」


 身を乗り出して外の景色を眺めるフレスを、無理やり席に座らせる。

 初めて乗る汽車に興奮が収まらないようだ。

 対するウェイルはというと手元を見つめ、何やら黙々と作業していた。


「ねーねー、ウェイル!! 見てよ、あの村! ヒツジがいっぱいいるよ!! 可愛いよ! 撫でたいよ!! 食べたいよ!!」

「マリアステルに着いたら食わせてやるよ」

「ウェイル、ウェイル!! あっちの山、凄くキレイだね!! あの雪、気持ちいいんだろうなぁ……。ねぇ、今度あの山にも行ってみようよ!!」

「ああー! もう、うるさい!! 少し黙ってろ!! それにお前、興奮しすぎるとまた――」


「――あっ」


 ――バサァッッ、バリッ……!


 景気の良い音と共に、フレスの背中には青白い光を放つ翼が現れた。


「だから言わんこっちゃない……」


 フレスは極度に興奮すると、龍の姿に変身する体質なのだという。

 ラルガ教会での戦いでは、キスをするという方法によって興奮し、フレス本来の姿である神龍フレスベルグの姿へと戻っていた。


「ま、また翼を出しちゃった……」

「お前、今日はこれで何度目だ?」

「むぅ、三度目……」


 ギロリとフレスを睨むと、フレスはウェイルの目線から逃げるように顔を背けながら答えた。


「はぁ……。あのな、お前が興奮するのは別にいいんだ。お前にとっては初めての汽車なんだ。気持ちが昂るのは仕方ないと思う。だから少しくらいはしゃいでくれたって構わないさ。だがな――」


 作業している手を止め、少し間を置いて言い放つ。


「翼を出すたびに服を破くな!! もう三回目なんだぞ!! いい加減にしろ!!」

「だって、仕方ないじゃない!! 外の景色が凄いんだもん!!」

「そうやって破った服を、一体誰が繕っていると思ってるんだ!?」


 ウェイルがさっきから黙々とこなしていた作業とは裁縫だった。

 鑑定士は職業柄、様々な技能を習得していることが多い。

 専門分野に詳しくなっていくと、自然と技能も磨かれていくことが多いからだ。

 裁縫もその然りであり、もちろんウェイルは裁縫の心得もある。

 しかもどちらかというとウェイルは裁縫が得意な方だ。

 だからといって一度直した服を何度も何度も直すのはいい加減嫌気が差してくる。


「うう、ごめんなさい。でもどうしても興奮してしまうんだよ……」


 フレスは、うるうると涙目で、しかも上目遣いで謝ってきた。

 まさに女性に与えられたの武器のフル投入である。

 あまり女性に慣れていないウェイルには、この攻撃には立ち向かう術はない。


「……わ、判った、次が最後だぞ……。もう縫わないからな!」

「ありがとう、ウェイル! だから好きー!!」


(男って弱い生き物だよな……)


 そう改めて実感したウェイルである。


「ほら、できたぞ。早く着替えろよ」

「うん! ボクのお着替え、覗いてもいいからね!」

「目を瞑っておくからさっさとしろ!」


 ちぇーっ、つまんないと、フレスが愚痴を漏らしているが無視して目を瞑った。


(――龍の考えることは判らんな……)


 何度も服を破いてくれたおかげで聞き慣れてしまった衣服の擦れる音。

 慣れすぎて赤面することもなくなったのは、果たして男として正しいのかどうか。

 音が止んだのでどうやら着替え終わったようだ。


「終わったか?」

「終わったよ~」


 目を開くと、しっかりと服を着たフレスがいた。


「本当に見なかったの? ウェイルになら見せても良かったのに~」

「何言ってんだ、お前……。もう翼を出すんじゃないぞ!」

「わかってるってば!」


 龍には恥じらいってものがないのだろうか。ことごとく龍のイメージを壊してくれる奴である。


「そういえばさ。ルークさんからもらってた資料には、何が書いてあったの?」


 ラルガ教会の事件が終った後、駅で別れ際にルークからとある資料を渡された。

 何でもその資料には、違法品と裏オークションに関する情報が載っているという。


「まだ見てないんだ。見ようと思っていたんだが、誰かさんが服を破り散らしてくれたおかげで見る時間が無かったよ」

「むぅ、ウェイルの意地悪!」


 フレスはぷくーっと頬を膨らませる。


「なら今から見ればいいじゃない」

「そろそろマリアステルに着く時間だ。プロ鑑定士協会に戻ってからゆっくりと読むとするよ」


 これから向かうのは、競売都市マリアステル。

 王都ヴェクトルビア、運河都市ラインレピアと並び、アレクアテナ大陸屈指の大都市である。

 ほとんどのオークションハウスの本社がこの都市にあり、大陸中から多くの商売人、オークショニア、鑑定士、そして大富豪が集まり、日々商売に明け暮れている。

 アレクアテナ大陸でもっとも貨幣が流通する都市だと云われているほどだ。

 そしてこのマリアステルには、商いに関する二大組織『プロ鑑定士協会』と『世界競売協会』が本部を構えており、その巨大な建物はこの都市のシンボルとなっている。


「そろそろマリアステルの街並みが見えてくる頃だ。ああ、あれだ、あの二つの塔があるところだ」


 ウェイルは窓から見えた、都市の中心にそびえ立つ二つの塔を指差した。


「左の塔がプロ鑑定士協会本部だ。そして右が世界競売協会本部。どちらも迫力のある建物だろう?」

「す、すごーい!! 高いよ、あの塔、高すぎるよ!! 頂上が雲で隠れてるよ!! 今からあの塔に行くんだよね!?」

「ああ、そうだ。頼めば屋上まで案内してくれるかも知れん」

「本当!? 早く行きたいよ、ウェイル!! すぐ行こ! 早く行こ!! さっさと行こ!!」

「おい、フレス、あんまりはしゃぐと――」


「――あ」


 ――ビリッ、バサァッ……。

 何度聞いても景気の良い音である。


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