『異端児』
時を少しだけ遡り、アレクアテナ大陸では教会暴動や神器暴走事件で賑わっていた頃の事。
この後、アルカディアル教会が大変な事件を巻き起こしてくれたのだが、実はそれ以上の大事件が裏でひっそりと起こっていたことを、アレクアテナ大陸に住まう住人達は誰一人として気づいていなかった。
――全ては静かに、そして賑やかに始まったのだ。
薄暗い空が、まさにこれから起こる惨劇を予期するかの如く、雷鳴を轟かせ、乾いた大地に雨を落としていた。
贋作士集団『不完全』の本拠地があるこの場所は、他都市の干渉を受けない無法地区となっており、貧困都市リグラスラム以上に治安の悪い場所である。
そのような危険地帯にアジトである古城は存在する。
湿気の多い石畳の廊下。
揺らめくのはランプに灯した蝋燭の火だけで、視界は非常に悪い。
「聞いたか? 『穏健派』は『過激派』の連中を完全に締め出すんだとさ」
「聞いたわよ。酷い話よね、『過激派』にはイドゥさんみたいな人格者もいるというのに……」
「上の連中は何を考えているんだか」
神器の光を頼りに、二人の贋作士が、最近『不完全』内で流れている噂を口にしていた。
「『過激派』の残党は、これに徹底抗戦するって。そもそも『不完全』が贋作士集団として有名になったのも、過激派の連中の功績が大きいから。手柄を立てたのに締め出しってのは納得いかないのも無理はないよ」
「となると、『穏健派』と『過激派』との全面戦争になり得るのかもしれないわね。今のうちにどちらに付くか決めておかないと」
「僕としては当分組織から距離を置いておいた方がいいと思う。中立派は何を強いられるか判らないから」
「今度の幹部会議が勝負だってね」
「一応両派閥は血を流すことだけは避けようと話し合いに持ち込もうとしているんだよね。会議が上手くいけばいいんだけど」
「過激派が会議で暴れてくれなければいいけど」
最近続いたプロ鑑定士協会の活躍、つまり裏を返せば贋作士達の失敗は、もはや黙認できるレベルではなくなっていた。
市場から贋作の姿はがっつりと減り、新リベア社の崩壊による奴隷貿易での利益が見込めなくなり、『不完全』という組織自体が今、かなり勢力を弱めてしまっていた。
「正直、今は争っている場合じゃないんだよね」
「このまま行くと贋作製作の資金もだいぶ減る感じだし。徐々に仕事も減ってくるかもね」
贋作士だって、職業であるしビジネスだ。
生きていくためには、仕事をして稼がねばならない。
そんな人間の根本的な悩みを考えなければならぬほど、状況は緊迫していると言える。
「でも、僕はこの二勢力の争い以上に気になる噂があるんだ」
「……なんなの、それ?」
唐突に話が変わる。
しかも話す男の表情は、二派閥の争いの話に比べ、やけに慎重だった。
「――『異端児』って知ってるかい?」
「ええ。あの仮面をつけた若い男が頭をしている、中立派グループでしょ?」
「そいつら、近々何かやらかすって噂が流れているんだけどさ。どう思う?」
「う~ん、確かあの仮面の男、イドゥさんと仲が良いよね。なら過激派に付くんじゃないかしら」
「それなら別にいいんだけどね……」
男はこの時、少しだけだが感じていたのかもしれない。
『異端児』と呼ばれる連中の、本当の目的についてだ。




