我が支部は今日も平和です。
「大丈夫か?」
氷の剣の男は、ステイリィを縛っていた縄を切る。
「は、はい。大丈夫です」
ちゃんと礼を言おうと、立ち上がったその時だった。
――パンッと、乾いた音が響き渡る。
「えっ……?」
遅れて頬に痛み。
自分が叩かれたことに気づく。
「お前は馬鹿か!?」
自分を助けてくれた救世主が、突如として激昂し始める。
思わずキョトンと腰を落としてしまったステイリィ。
「どうして治安局員が単独行動をとっているんだ!? 一歩間違えば、お前は取り返しのつかないことになっていたんだぞ!? 」
「……は、はい」
「もっと危機感を持て! 自分一人で何もかも出来るとでも思っているのか!? そんなわけがないだろう!! いいか!? お前は弱い!! その自覚を持て!!」
突然のことに、呆然と首を縦に振るステイリィ。
だけど、この男は正論しか言っていなくて、自分の行動は軽率だった。
そこまでは彼女自身、大いに反省したのだった。
ただ、その反省した事以上に、ステイリィには胸の奥から湧いてくる感情があった。
「全く、聞いているのか!?」
「……勿論です」
その後もガミガミとこっぴどく叱られていたのだが、正直な話、ほとんど聞いてなどいなかった。
「……まあ、危機一髪だったが助かってよかったよ」
(決めた。この人だ)
ステイリィが咄嗟に固めた決心がある。
(――この人こそが運命の人!!)
そう決めたら、ステイリィの行動は早い。
「――好きです。結婚してください」
「全く、最近の治安局員はどうなって――――……ハァ!?」
驚くのは男の番だった。
今の告白には、流石に思考が追い付かない。
「プロの鑑定士さんでしたっけ。お名前はなんと?」
「……――ウェイルという」
思考が鈍っていたウェイルは、言われるままに名乗ってしまう。
「ウェイルさん! 改めて言います! 私と結婚してください!!」
「いやいや、待て待て、意味が判らん」
「でしょうね! 私にも意味が判りません!!」
「なんじゃそりゃ……」
「ですが仕方ないでしょう! 惚れちゃったんですから!」
「そんなに堂々と言われても困るぞ……」
「ほらほら、幸いなことに私今、こんな格好ですし! 貴方になら何されちゃっても構いませんよ?」
「しねーよ、そんなこと! ……ほら」
下着姿のステイリィに、ウェイルは来ていたコートを脱いで掛けてやる。
だがその行為が、さらにステイリィの行動に火をつける結果となった。
簡単に言えば、目が完全にハートになっていたわけだ。
「や、優しすぎる……!! 結婚して!」
「するか! それより先に治安局にも連絡を入れておけ! こいつらは俺が見ておいてやるから!」
「判りました! すぐに教会に連絡してきます! 式は明日でいいですか?」
「人の話を聞け!? 冗談もいい加減にしろ!」
「いひゃい!? 冗談じゃないのに……。ハッ!? この痛みこそ愛!? ちょっと危険な愛情!?」
「もう一発ゲンコツくらわすぞ」
その日、ステイリィの頭には大きなたんこぶ、胸には大きな恋心が芽生えたという。
――●○●○●○――
「……ということがあったそうですよ」
「ステイリィ上官は昔から今とあんまり変わらないんですね」
「そりゃそうでしょう。考えてもみれば私よりも貴方よりも若いんですから」
ステイリィは今月23歳になったばかり。
まだ若いと言えるし、何よりあの背丈+態度+容姿からすれば、23と言われても信じない者もいるほどだ。汽車なんて子供料金で乗ってもバレないだろう。
英雄的な手柄ばかり立てているが、中身は年相応の女の子に違いないのだ。
だからこそビャクヤは彼女をサポートする気でいるし、周囲も彼女を支えたいと思っている。
茶会も終わり、ビャクヤがカップやティーポットを片付けていると。
「よーし、終わったーー!!」
最後の書類にサインをし終ったステイリィが、大きくうんと背伸びして立ち上がる。
「ビャクヤ! 勝負はどうなった!? 私の勝ちか!?」
「ウフフ、上官の勝ちです。ほら、私がサインしたのは0枚ですから」
「なんですと!?」
サインし終わった書類は、確かに全てステイリィ直筆の物であった。
そこでようやく自分がビャクヤに嵌められたことに気が付く。
「な、なぬー!? ではこの書類、全部私がやったというのか!? ビャクヤはサボりまくっていたのか!?」
「サボるも何も、元々上官の仕事でしたからね。私がやったらまずいでしょう?」
「ひ、卑怯だぞ! 競争とか言って私を煽って、自分は遊んでいたなんて!! おかげで仕事が全部終わってしまったではないか!?」
「いいことじゃないですか。ほら、商品の万年筆。差し上げますね」
「私は万年筆でなく、鑑定書の方が欲しいんだ!」
「ですよね。はい、鑑定書です。大切にしてくださいね」
「やっほーい! ウェイルさんの直筆サインだ! ……額縁に入れておかねば! おい、ビャクヤ! 経費で額縁買ってこい!」
「それは無理ですので、ステイリィ上官のお給金から引いておきますね」
「それで構わん! さっさと買ってこい! あ、でも先に紅茶を一杯くれ」
「はいはい」
鑑定書一つでここまで喜ぶ我らが上官は、やっぱり面白い存在で、ビャクヤもこれからしばらくお仕えしてもいいかな、とそう思ったのだった。
今日も治安局サスデルセル支部は、ステイリィの大声がこだまする平和な支部であった。




