長い旅のプロローグ
ウェイル達は、サスデルセル駅に集まっていた。
これから向かうのは、プロ鑑定士協会本部がある『競売都市マリアステル』だ。
「もう行くのか?」
「ああ、協会本部に今回の事件を報告しないとならないからな。新たなセルクナンバーも見つかったことだし、報告書の枚数を考えると気が重いよ。はぁ……」
「大変だな、プロの鑑定士は」
これからすべき仕事を思うと嘆息も出てくる。
ここでは言わなかったが、フレスを弟子として登録する必要もある。報告すべき内容は盛りだくさんだ。
そんなウェイルの胸中を知ってか、ルークは肩に手を置いて慰めてくれた。
「今回のこと、本当に感謝している。お前のおかげで俺のオークションハウスは潰れずに済んだ」
「困った時はお互い様だろ?」
「もし俺に何かできることがあったら何でも言ってくれよ?」
「ああ。その時は頼むよ」
ウェイルとルークは、互いにがっしりと握手を交わす。
それを横から見ていたヤンクとステイリィがこっそりとぼやいた。
「なんか私たち、蚊帳の外でしたね……。そりゃ私が駆けつけた時には、全部ウェイルさんが片付けた後でしたけど……。ちぇ、せっかくウェイルさんを拘束してイチャイチャ事情聴取するチャンスだったのに」
「確かにな。俺も今回は完全に助けられただけだ。俺がしたのは豚肉を焼いたくらいだ」
「何言ってんだ。二人がいてくれたからこそ事件は解決出来たんだ。ステイリィが治安局にいなかったら、きっと通報は後回しにされていただろうし、ヤンクはデーモンから俺を救ってくれたじゃないか。感謝しているんだ。二人とも、ありがとな」
ウェイルはヤンクとステイリィにも礼を言った後、握手を交わす。
「それにしてもサスデルセルに来てから不運続きだったな。こんな事件に巻き込まれて」
「わざと巻き込まれたって感じだったけどな。それに今回の件では得たものも大きい。悪いことばかりではなかったさ」
ウェイルはフレスの方へ視線を向けると、その意味に気づいたルークとヤンクは、うんうんと頷いていた。
ステイリィはというと、わざわざハンカチを噛んでキーッと睨んできた。
フレス本人は、どうして自分が注目されているのか理解できず、頭の上に?マークをいくつも乗っけていた。
「ダイヤの原石を拾ったようだな、ウェイル」
「何億ハクロア積んでも買えないくらい、大きなダイヤだな!」
「ああ。これから磨いていくさ」
ハハハ、と豪快に笑う三人である。
「そろそろ汽車が来る時間だ。世話になったな」
「お世話になりました」
フレスも慣れないお辞儀で、ペコリと三人に頭を下げる。
「ああ、また来てくれよ! お嬢ちゃん、次来るときはクマを用意しておいてやる!」
「本当!?」
「おいおい、ヤンク。本当に出来るのかよ」
「なぁに、心配するな。俺はデイルーラの会長だぞ? 財力にものを言わせば何だってできるわい。それにいざとなれば俺自ら捕まえにいってやるよ」
「……ヤンクなら本当にやりかねんな」
デーモン相手にハンマーを振り回す男だ。クマ相手でも余裕かも知れない。
「そうそう、ウェイルさん。これ、今回の事件の調書です。加害側の情報は教会側が口封じをしてきたので詳しい捜査資料はないのですが、被害側の情報だけは詳細に載せてありますので。是非、報告の際に参考にしてください」
「それは助かる」
ステイリィはバッグから治安局の資料を取り出すと、ウェイルに手渡してくれた。
「ありがとな。恩に着るよ、ステイリィ」
「お役に立てて何よりです。それよりもウェイルさん、そしてフレスさん。これだけは憶えておいてくださいね……」
「何だ?」
「何?」
ウェイルとフレスが首を傾げる中、ステイリィが勿体つけた後、ズビシッと言い放った。
「――本妻は私です!!」
「知るか!!」
お約束のやり取りを聞いて、ルークとヤンクは爆笑していた。
フレスはぷーと顔を膨らませて不機嫌になっていたが、そのことをウェイルが気づくことはなかった。
「ウェイル、礼ついでに一つ聞いた噂話をしておく。何でも近々マリアステルで、裏オークションが開催されるらしい」
「――裏オークションだと?」
「ああ、なんでも奴らが絡んでいるそうだ。その裏オークションには世界中の富豪が欲しがる『違法品』が多数出品されるらしいと聞いた。どんな違法品かは判らないがな」
「『違法品』が……?」
ルークは封をした資料を、こっそりとウェイルに手渡す。
「――これはうちに客として来ていた富豪達が持っていた資料を、こっそり写させてもらったものだ。どうも裏オークションのことは違法品マニアの間では大きな噂になっているらしい。この資料には裏オークションの概要や開催場所などが記されている。お前にとって相当有益になるかも知れない情報だ。近いうちマリアステルでも噂が流れるだろう。情報は回るのは早いからな、早めに手を打った方がいい」
「……すまないな、ルーク。恩に着る。お前こそあんまり無茶するなよ」
ルークの語るそれは、鑑定士にとって聞き捨てならない情報だった。
――『違法品』。
それは人道や倫理に反する芸術品の総称で、違法品に指定されている品は、アレクアテナ大陸全土で取引を禁止されている。
だが皮肉にも違法品には美しい品が多く、価値だって非常に高い。
違法品を欲して止まないコレクターは数多くいる。
プロ鑑定士とって、違法品の取り締まりも職務の一つなのだ。
そしてその違法品売買に『不完全』が絡んでいるというルークの話。
(調べる価値はあるな)
そう思ったとき、汽車が汽笛を鳴らしてホームへ入ってきた。
「行くぞ、フレス」
「うん!」
ウェイルが荷物を担いで乗車すると、それに続こうとしたフレスをルークが呼び止めた。
「どうしたの? ルークさん」
「フレスちゃん。ウェイルは腕っ節も強いし鑑定士としての実力も最高だ。だが変な正義感からしばしば無茶をする。ほどよくコントロールしてやってくれ」
「大丈夫だよ! ボク、ウェイルの弟子だもん! 弟子は師匠の面倒を見ないといけないんだもんね! 任せてよ!」
二人は汽車に乗り込み席に座ると、汽車は大きく汽笛を鳴らして動き始めた。
「――ウェイルさん! ウェイルさん!!」
その時、駅のホームでウェイルを呼ぶ声が響く。
「――シュクリア!?」
汽車は少しずつ加速していくが、それを追いかけるようにシュクリアは必死に歩いて叫んだ。
「ありがとうございました! 私、この子と一緒に必死で生きていきます! 是非またサスデルセルに来てくださいね! 歓迎しますから!!」
叫びながら手を振るシュクリアに、フレスと顔を見合わせニッと笑うと、同じように叫び返してやった。
「その子が生まれる頃にまた来るよ! 腕のいい占星術鑑定士を紹介する約束だからな! だから――」
汽車の蒸気の音に消され、ウェイルの言葉はここまでしかホームに残らなかった。
今のやり取りを見たステイリィは浮気だと喚いて憤慨し、それを温い目で見るルークとヤンクはやれやれと肩をすくめた。
四人は汽車が見えなくなるまで二人を見送った。
「……ヤンク、フレスちゃんのこと、聞いたか?」
「直接聞いてはないさ。ただあいつらの会話は聞こえたがな」
「あの二人のこと、どう思うよ?」
「どうって、そりゃ決まっているだろ?」
汽車が影が見えなくなった時、ルークは吹き出し、ヤンクはニカッと笑ってこう答えた。
「――龍と鑑定士。なかなか面白いコンビだよ!」
――●○●○●○――
「なぁ、フレス。そういえばお前さ、ダイダロスと戦っている時、何か考えていたよな?」
サスデルセルを出発して少し経ったとき、移り変わる窓の景色を眺めながら、ふとラルガ教会での出来事を思い出していた。
「うん。考えていたよ」
「なんだったんだ?」
「…………」
フレスは少し迷ったような表情を浮かべていたが、
「今は秘密だよ!」
と、妙に明るい声で答えてきた。
「なんだよ、秘密って。教えてくれたっていいだろ?」
そう言うと、フレスはズビッと人差し指をウェイルの顔に向けてきた。
「ウェイルだって、ボクに秘密、あるよね!」
「……うっ」
――『不完全』に対する怒りというものを、ある意味最悪の形でフレスに見られてしまった。
しかし、その理由については、まだ教えていない。
「誰にだって知られたくない秘密があるでしょ? 鑑定士なら尚更!」
「……そうだな。お前の言う通りだ」
「だから今はいいじゃない。いつか打ち明けられる日も来るよ!」
――今は話す気がない。
ウェイルもフレスも、その気持ちは同じだった。
今話すとお互いに関係が重くなる。
丁度良い距離感を無理やり縮めて、この雰囲気を壊したくない。
二人は直感的にそう感じたのかも知れない。
「よし。じゃあさっさとマリアステルに行くぞ! あっちにはクマの丸焼きだってあるかも知れない」
「本当!? 早く行こうよ、ウェイル!!」
「コラ、抱きつくな!」
「クマ~~~~!!」
――こうして龍と鑑定士の、長い長い旅が始まったのだった。
――●○●○●○――
――カツ……、カツ……、カツ……。
(なんだ? 食事の時間か?)
バルハーは牢獄の中から音がする方へと視線を向ける。
驚いたことに、そこにはいるはずのない見知った人影があった。
「よう、バルハーさん。こんなところに幽閉されちまって、不運だな」
「――ル、ルシャブテ殿!?」
バルハーは驚愕のあまり腰を抜かし、ルシャブテはクックッと笑いながらその様子を見下していた。
「ルシャブテ殿! 頼む、助けてくれ! このままだと私は死刑を待つだけだ!!」
バルハーは拝むようにルシャブテに頭を下げる。
だがルシャブテは、それを見て鼻で笑うだけだった。
「助ける? 馬鹿言うな。こちらの目的も終わり、お前らの役目も終った。お前はよくやってくれたよ。だがもはや不要だ。もはや助ける必要もない」
「……では何しに……!?」
「何をしにって、忘れたのか? 報酬は後日、一括で払ってもらうと――」
「い、今の私に支払い能力があると思うのか!? 大体どうして『妊婦』なんか……!」
「それをお前が知る必要はない。報酬が払えないなら、代わりのものを払ってもらう」
――バルハーは理解した。これから自分は殺されるのだと。
だが恐怖で声も発せず、身体は震えて動かない。
「知っているか? 人間が持っているもので、一番価値が有るものは何なのかを――」
バルハーはふるふると首を必死に振った。
「それはな――目と心臓なんだよ」
言うが早いかルシャブテの手は、すでにバルハーの胸を貫いていた。
すぐさま抜き取り、その後両目を繰り抜いた。
「特に目はな。特殊な加工を加えると人体マニアに人気の美術品になって高く売れるんだ。勉強になっただろ」
動きが速すぎて、バルハーは一体自分が何をされたか、それを理解する間もなく息絶えた。
「……ふん、汚い目をしてやがる……。これでは素材にもならんな」
暗い地下牢獄に、血溜まりが広がっていく。
「――領収書は要らないよな?」
ルシャブテはそのまま闇へと姿を溶かした。
――バルハーの死体が発見されたのは、それから一時間後のことだった。




