友ではなく、女として
「実は私、あの『ウィルハーゲンコーポレーション』の社長の一人娘でね」
「……あ、あのウィルハーゲン社の……?」
ウェイルが声のトーンを落としたのは理由がある。
ウィルハーゲン社は、一時期デイルーラ社やリベア社を凌ぐほどの大成長を遂げたのだが、最近では依然の栄華はとうに落ちぶれ、株価も安定しない世界競売協会としても困り種な大企業なのである。
そんな大企業の社長の一人娘というのだ。さぞかしややこしい事情があると見える。
「今でこそいつ潰れてもおかしくない企業だけど、昔の繁栄っぷりは君の耳にも届いているはずだ」
「ああ。あまり詳しくはないが、ウィルハーゲンと言えばデイルーラ、リベアと並ぶ大企業だったとか」
「何故あんなに栄えた大企業がここまで落ちぶれたのか、理由は知っているかい?」
「上層部の経営戦略がことごとく失敗したと聞いた。もっともウィルハーゲン社が波に乗っていた時、俺はまだガキだったからな。ほとんど話は師匠から聞いただけだし、あまり詳しくはない」
ウィルハーゲン社が市場で話題になったのも、十数年以上前の話。
ウェイルがその時の詳しいことを覚えているはずもない。
あの時は鑑定士になるための勉強で必死だったからだ。
「ウィルハーゲン社が落ちぶれてしまったのは、私がいなくなったからなのさ」
「……お前がいなくなったから? そんな理由で?」
「ウィルハーゲン社の社長は私の父だけど、実質的な経営指揮は私がやっていたようなものだからね。どこの株を買えば得をするか、どことの契約を打ち切れば損をしないか、幼い頃からそんな銭勘定ばかりしていたよ。おかげで今は自分の力だけで儲けることが出来ている」
「お前の商才はそんな昔からあったのか……」
聞けば唖然とする内容ではある。
まさかあの大企業を、年端も行かぬ少女が動かしていたとは。
そしてその少女がいなくなった途端、あの落ちぶれ方だ。
「そんなわけで私は父から軟禁されていてね。そりゃこんなに金になる娘、手放したくはないだろう? 父の気持ちも判らないことはないさ。でも私はそれが窮屈で退屈で仕方がなかった。株取引や企業交渉とかいうのは楽しかったけど、それしかさせてもらえなかったのはいささか我慢ならなくてね。外出すらほとんどさせてもらえず、外出をしたらしたで監視の目が光っていた。だから脱走してやったのさ」
「子供一人で脱出したのか……」
「そうさ。事前に脱出経路を調べ上げていたから実際に上手くいったよ。父の追手からも逃げるのは簡単だった。船に乗り込み、リグラスラムに着くまではね」
「孤児の多いリグラスラムなら、幼い子が一人でうろついていても誰も何も思わないしな」
「それなのさ。だけど私は一つ大きなミスを犯した。そのミスとはリグラスラムを舐めていたことさ」
「どれだけ調べても、人から話を聞いても、あの貧困都市だけは実際に行かないと判らないことが多いからな。すれ違う人間、全てが敵だと言える」
「父はリグラスラムの貧民達にも金をばらまき、私を追い詰めた。いやぁ、リグラスラムの貧民達は優秀だね。金が絡むと命を懸けて追ってくる。普通の人ならばやらない様なことを平然とやってのける。裏のコネを使って情報を探る。流石の私もそんな連中から逃げることは出来なかった。彼らに囲まれた時、正直死を覚悟したね。リグラスラムの人間は乱暴だから、幼い私に色々と乱暴した後、売り払う予定だったのかも」
ハハッと笑えない話なのに笑いながら語るテメレイアに対し、ウェイルは徐々にだが昔の記憶を掘り起こしていた。
「なぁ、テメレイア。その話、やっぱり俺にも関係があるんだよな?」
「最初からそう言っているけど。話を続けると、その絶体絶命を救ってくれたのは、ウェイル。君だよ」
「リグラスラムで、女の子を大人から……――――まさか……!?」
「思い出したかい?」
一度思い出せば、浮かび上がった鮮明な記憶。
(そうだ。あの時は師匠とオークションに出かけていて、そこで悲鳴を聞いて……、そこにいた大人を全員『氷龍王の牙』を使ってぶちのめしたんだった)
幼いながらも神器を操り暴れ回る、当時のウェイルはシュラディンにとって問題児そのものであった。
いつもこっぴどく叱られたものだが、事情を話すとその時ばかりは珍しく褒めてくれた師匠。
『人を守るために神器を使ったお前は正しい。これからは今日みたいに使ってけ』
シュラディンのその言葉に、ウェイルはそれ以降、神器を持って暴れ回ることをしなくなった。
「完璧に思い出したよ。あの時助けた女の子はテメレイア、お前だったのか」
「思い出してくれて嬉しいよ。そうさ、あの時のか弱い少女は今、君の前に立つプロ鑑定士だよ」
「どうして男装なんかしていたんだ?」
「父の目から逃れるため、それだけさ」
簡単そうに言うが、実際は苦労の連続だったのだろう。
ただでさえ生きていくのが困難なリグラスラム。
そんな中、幼き少女がたった一人で、しかも男装して生きていくなんて生半可な気持ちではなかったのだろう。
「生活は粗悪の一言だったよ。それでも私には夢があったから生き抜けた。プロ鑑定士になってやるってね。私は君に一言お礼を言う為に、プロ鑑定士を目指し、そしてなった」
「……は?」
さらっと言い除けたが、今、とんでもないことが聞こえた。
(……俺にお礼を言う為に、プロになった……?)
「そんな下らない理由でプロに、なんて思ったかな?」
「あ、え、いや、……まあな……」
誤魔化そうとは思ったが、生憎テメレイアにはどうせ通じやしない。
「だろうね。それが普通の反応さ。私だって君の立場なら同じ風に思う」
「そこまで判ってても、プロになったのか……」
「勿論、理由はそれだけじゃない。まだ半分なんだ。でももう半分の理由も、聞く人が聞けば今と同じように下らなく思えるんだろうね」
「なんなんだ、そのもう半分って」
「その半分こそ、君に伝えたい三つ目のこと」
ウェイルのその質問に、テメレイアは一度深呼吸すると、意を決して告白した。
「――私はね。ウェイル、君のことが好き――ううん、愛してるのさ。一人の友人としてではなく、一人の――――女として」




